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第2話 転生?私が?

 転生。


 物語の中で何度も読んだ展開だ。


 けれどそれが、自分に起こるとは思わなかった。


 ――本当に、巻き込まれてしまったらしい。


 私はベッドの端に腰掛けたまま、さっきの出来事を思い返す。


 天蓋付きの寝台。

 金糸の刺繍が施されたカーテン。

 磨き抜かれた床に、深紅の絨毯。

 壁には海図と交易航路の地図。

 本棚には経済史、関税法、各国の通商条約の写本。


 ……平民の部屋ではない。


 いや。


 正確に言えば、これは「特待生」の部屋だ。


 王立レグナリナ学園。


 貴族の子女が通うこの学園に、平民出身の私が入学できたのは、成績による特待制度のおかげだ。


 だから部屋は豪奢だが、居心地はよくない。


 この家具も、この絨毯も、この学園も。


 本来、私のものではない。


 ――リディア・エヴァレット。


 平民出身の特待生。


 そして、悪役令嬢を追い詰める“主人公”。


 ……最悪だ。


 額を押さえる。


 王太子の婚約者候補。


 つまり、アルセリア様の立場を脅かす存在。


 謝らなければ。


 まずは、推しに。


 そう思った瞬間、体が動いていた。






 アルセリア・ヴァレンティスの部屋は、私の部屋とは比べものにならないほど広い。


 公爵令嬢。


 未来の王妃候補。


 この国、レグナリナ王国の希望。


 扉の前で、息を整える。


 ノックを三回。


「……アルセリア様?」


 返事はない。


 おかしい。


 彼女はいつも完璧だ。

 時間にも、礼儀にも、隙がない。


 もう一度、軽く叩く。


 その拍子に、扉がわずかに開いた。


 鍵が、かかっていない。


 私は、ほんの少しだけ隙間から中を覗いた。


 ――泣いていた。


 窓辺に立ち、背を向けたまま。

 肩が、小さく震えている。


 静かに。


 声も上げず。


 ただ、耐えるように。


 本にはなかった。


 断罪の場面でも、

 婚約破棄の場面でも、

 彼女は泣かなかった。


 誇り高く、氷のように冷静で、

 最後まで取り乱さなかった。


 でも。


 これは、違う。


 氷の裏側。


 誰にも見せない、普通の少女。


 アルセリア様は、努力してきた。


 ただ王子に愛されるためではない。


 レグナリナ王国は交易国家だ。


 海を持ち、諸国と商業協定を結び、

 関税ひとつで国の収入が変わる。


 彼女はそのすべてを学んできた。


 為替の仕組み。

 商会との交渉術。

 海賊対策の軍事費配分。

 航路の安全保障。

 同盟国との通商条約の改定案。


 王子が投げ出した書類を引き受け、

 夜遅くまで灯りを消さず、

 外交官たちと議論を重ね、

 王妃として恥じない知識を身につけてきた。


 未来の王妃になるため。


 この国の希望になるため。


 それが。


 王子の気まぐれひとつで。


 “冷たい女”という一言で。


 なかったことにされた。


 努力も、

 覚悟も、

 誇りも。


 全部。


 私は扉からそっと手を離す。


 今、声をかけるのは違う。


 これは、彼女の時間だ。


 アルセリア様は、泣く権利がある。


 部屋を閉める。


 静かに廊下を歩きながら、思う。


 本の中では、彼女は強かった。


 でも本当は。


 ちゃんと傷つく、普通の少女だった。


 ――守らなければ。


 私は自室に戻る。


 胸の奥に、静かに火を灯したまま。

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