表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

(8)

(私は、この人には敵わないんだわ)

 妖怪の賢者である紫にすら対等に張り合おうとする霊夢なのに、普通の人間にすぎない結子には、あっさり白旗を掲げた。

 結子には、勝てない。

 いや、勝負をしようとすれば、かえって墓穴を掘って、深みに嵌ってしまいそうな予感がする。

「結子さん」

「なぁに?」

「その……、嬉しいですか? つまり……、子どもができて」

 霊夢は、胸の中の想いを、素直に見せることにした。

 結子相手に隠しごとはしないほうがいいと思ったのだ。

 結子は、お腹をさすって、

「嬉しい……、というよりも、素敵なことだと思うのよね」

「それは?」

「私と洋壱さんの血を継いだ命が生まれて、その命がまた新しい命を生み出して……。そうやって命がつながっていくことは、とても素敵なことだと私には思えるの。霊夢ちゃんも、そう思わない?」

「私は……」

 霊夢は言い淀んで、

「私はあまり、血のつながりとか、意識しないほうなので」

 それだけ応えた。

 結子は、その言葉の奥に、なにかが潜んでいると察したけれど、追求はしなかった。

 霊夢は、どこからともなく幻想郷にやって来て、博麗の巫女の座に収まった。

 その過程でなにかはあったのだろうけど、霊夢本人が言いたく無いのなら、無理にほじくることはしないほうが良い。

(まだ、こんなに若いのに……)

 弱音を吐いたり愚痴を漏らしたり、誰かに甘えたいときもあれば、好きなことをやりたいと思うこともあるだろう。

 でも、いったん博麗の巫女になったからには、役に殉じ、博麗の巫女として生涯をまっとうするしかない。

 そんな霊夢を、結子は不憫に思った。

「霊夢ちゃんは、なにか、やりたいことは無いの?」

「えっ?」

 そんなことは、聞かれたことも考えたことも無かったので、霊夢は当惑した。

「なんでもいいのよ。言うだけならタダだもの」

「……」

 そう言われても、特筆できるものは無い。

 その日その日を、博麗の巫女としてすごすだけ。そのうちに年老いてやがて死ぬ。

 そのくらいのことしか考えていなかったし、自分には、そのくらいで充分だと思っていた。

「私は、蝉の抜け殻みたいなものですから」

 空蝉のようなこの身に、世界に存在する意味がある。それだけで充分すぎる。

「そんなことは無いでしょう? 博麗の巫女になるのだって、少なくとも、霊夢ちゃんの意思でそうしたんじゃないの?」

「他に、しようが無かったんですよ」 

 例えば、ものすごく貧乏で、お金もなにも無い人がいたとしたら、職業を選り好みなんかしていられないだろう。

「私も、それと似たようなものなんです。だから、住む場所があって、役があって、はたすべき責任があれば、それでいいんです」

「霊夢ちゃん。質問があるのだけど」

「どうぞ」

「もしも、この人間の里が、妖怪かなにかに襲われたら、きっと霊夢ちゃんは助けてくれるでしょう?」

「もちろんです」

 それが、巫女としての使命ですから。とは言えなかった。

 そんな霊夢の思いを、結子は見抜いていたのかもしれない。

「それは、霊夢ちゃんが巫女だから? それとも、霊夢ちゃんが、そうしたいからそうするの?」

「……!」

 霊夢は、その質問に答えられなかった。

 答えは明白だった。

 でも、それを口から出すことができなかった。

「ごめんなさい」 

 折れたのは結子だった。

「大人気の無いことをしてしまったわ。意地悪だったわよね」

「いえ……」

 結子のさみしそうな顔が、ちくりと胸に刺さった。

「長居をしてしまいました。そろそろお暇します」

 いたたまれなくなって、霊夢は逃げるように土間に下りた。

「霊夢ちゃん」

 距離を置こうとする霊夢を、結子は許してくれなかった。

「また来てね」

 それは、結子の優しさであり、厳しさでもあった。

 本心から逃げてはいけない。

 そう言われているような気がした。



 数日間、霊夢は神社に籠もりっきりになっていた。

 夏まっ盛りだというのに障子を閉め、居間でもの思いに耽っていた。

 蝉の鳴く声が、ひどく遠くから聞こえてくる。

(博麗の巫女だからそうするのか、私がそうしたいからそうするのか……)

 結子に言われたことが、呪いのようにこびりついていた。

「考えてみたら、ずっと、自分以外のところに理由を求めてたのよね」

 幻想郷にやって来たことも、巫女になったことも、自分の意思ではどうしようも無かったのだと、逃げ道を作っていた。

 腹の探り合いの駆け引きばっかりを覚え、本心を遠ざけていた。

 怖がっていた。

 自分の意思で行動することを。

 自分の責任で失敗することを。

 おもいきって本心のままに行動して、失敗して、後が無くなってしまうのが怖かった。

 だから常に逃げ道を用意していた。

 そのせいで、好ましいと思える人に、好意を伝えることすらできない。

「もったい無いかぁ。確かにそうよね」

 好きなことをやらず、やりたいこともやらず、与えられた責任をはたすだけ。

 それで、後悔は無いのだろうか。

 いつか死ぬときに、自分はちゃんと生きたと思えるのだろうか。

 人生、やり直しはきかない。この身は、ひとつだけなのだ。

 一回こっきりの人生を、もっと大切にするべきではないだろうか。

 もしかしたら、結子との出会いは、隠してばかりいた本心が、外に出たいと訴えてきたから起きたのかもしれない。

 結子ほどまで素直になるのは無理としても、彼女から学ぶべき点は、大いにある。

 特に、ひねくれものの妖怪たちとかかわってばかりいる霊夢には。

「よし」

 両手で顔をぱちんと叩いて気合を入れた。

 がらっと障子を開けて空気を入れ替える。

 ぐーっと伸びをして、けたたましい蝉の鳴き声を受け止めた。

「いっちょ、やってみましょうか」

 妖怪が人間たちを傷つけず、かつ、妖怪が怪異を起こしやすくする方法。

 頭を絞れるだけ絞って考えてみよう。

 私がそうしたいからやるのだ。

 幻想郷の均衡を保ちたいから。博麗の巫女であり続けたいから。そして……。

 幻想郷の秩序を守ることが、結子のためになるから。

 屁理屈や建前をとっぱらい、裸一貫の自分の本心に従って行動するのは怖い。

 でも、空蝉のようなこの身に、〝わたし〟として存在する意味を自分で与えてやれば、気持ちが軽くなる。

 霊夢は、縁側から飛び立った。

 なんだか無性に、空を飛び回りたい気分だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ