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(7)

 長屋に戻って来た霊夢は、一度、大きく深呼吸をしてから、

「戻りましたー」

 明るい声色で言った。

「ごめんなさいね。博麗の巫女におつかいをさせるなんて……」

 そんな里人は、たぶん前代未聞だ。

「気にしないでください」

 霊夢は鼻で歌いながら、野菜を籠から取り出して並べていった。

「里芋が安かったので、買いすぎてしまいました。あの八百屋のおじさん、勧めるのが上手じゃないですか。だからつい乗せられちゃって……」

「霊夢ちゃん。なにかあった?」

 霊夢の口がやけに良く回っているのを、結子は不審に感じた。

「なにかって……、別に、なにも無いですけど」

 草履を脱いで土間に上がった霊夢は、いっさい表情を変えずに応えた。

 紫を始めとした、狡猾な妖怪たちとつき合っている霊夢にとっては、考えていることを悟られないようにするのは造作も無いことだった。

「本当に?」

「どうしたんですか? ずいぶん疑るじゃないですか」

 小さく笑う。

 その霊夢の顔を、結子はじっと見つめた。

「う……」

 結子のまっすぐな瞳に抗しきれず、眼をそらす霊夢。

「やっぱり、なにかあったのね」

「どうしてそう思うんですか?」

「私とそっくりだもの」

「結子さんと、私が?」

 あり得ない。

 いい人オーラが溢れ出まくっている結子と、妖怪たちと接しているせいで、順調に性格がねじくれてきた霊夢が似ているなんて。

 しかし結子に言わせれば、

「機嫌が悪いときの私と、そっくりだわ」

 ということになるらしい。

 曰く、機嫌が悪いと、信頼している人に対しての口数が多くなる。

 曰く、機嫌が悪いと、むしろ笑顔になる。なんなら鼻歌とか歌っちゃう。

 それらが根拠だったが、霊夢が帰って来たときから、なんとなく様子が違うと直感したのだという。

「すごい勘の鋭さですね」

 霊夢のように特殊な能力を持っていない、普通の人間なのに。

「伊達に歳は食っていないわよ」

 年の功だと、自虐的に笑いながらお茶を煎れている結子だが、化粧もしていないのに肌つやは美しく、知らなければ、三十路を控えているとは思わない。

 そのうえで、妙齢の女性としての色香もあるし、粋な小料理屋の女将のような包容力もある。一本に結んだ髪を右肩から垂らしているのが、母性をさらに引き立てていた。

「それで、なにがあったの?」

「すみません。結子さんに言うことじゃ無いんです。いえその、結子さんを信用してないとかじゃなくて、そういうのとは別のところの話っていうか……」

 幻想郷の均衡とか秩序とか、普通の生活をしている人間には次元が違いすぎて、理解が追いつかないだろう。

 まして、妊娠している人に、いらぬ負担をかけるものでは無い。

「そうよね。博麗の巫女なんてやっていたら、人に言えないこともあるわよね」

 どうやら納得してくれたらしい。

 霊夢は胸を撫でおろしたが、

「じゃあ、それはいいわ。そのこと以外で、私にできることはあるかしら?」

 結子は簡単には引き下がらなかった。

 ずずいと身を乗り出しながら、強い意志を籠めた視線を送ってくる。

「ゆ、結子さんになにかをしてもらおうなんて……」

 これっぽっちも考えていない。

 霊夢は、結子の役に立ちたいと思ってやって来たのだ。

「それじゃ、私の気が済まないわ。買いものまでしてもらったのだから」

(この人、意外とめんどうくさいわね……)

 芯がしっかりしている人だとは思っていたけど、それは、頑固さにもつながるようだ。

 霊夢が距離をとろうとも、食らいついて離さんぞという意思が、ひしひしと感じられる。

「そこまでこだわることですか?」

「だって、霊夢ちゃんが心配だもの」

「っ……!」

 他に、なんの道理が必要なものかと、結子はあっさり言う。

 霊夢の全身が、ぼっと燃えた。

 それはもう、あっという間に消し炭になってしまいそうなほど、体が熱くなった。

 魔理沙のことや幻想郷のこと。基本、自分以外のことしか心配しない霊夢にとって、誰かから心配されるなんていうことは、初体験と言って良かったので、免疫が無いのである。

 しかしそれにしても、こうまで素直に、相手に自分の感情を伝えられるものだろうか。

 霊夢がズレているだけで、これが普通の人間同士の会話というものなのか。

「というか、なんで私が心配なんですか?」

 素朴な疑問だった。

 妊娠をしている大変なこの時期に、わざわざ他人の、しかも、ほっといても自分のことは自分で処理してしまいそうな霊夢のことを心配するなんて、理解できない。

「霊夢ちゃんが、好きだから」

「すっ……!?」

 ぞわぞわーっと、全身がむず痒くなった。

 それはそれはもう、体中をトカゲが這い、足の裏を蚊に刺されまくったような痒さであり、霊夢一人であれば、畳の上をのたうち回って悶絶していたことだろう。

「私たち、まだ会って二回めですよ!?」

 そういうのはまだ早いと思いますと、けっこう身持ちが固い博麗の巫女。

「あら? いけないかしら?」

 こちら、なにか悪いことをしたかしらと、平然としている結子。

 霊夢は確信した。

 結子を、普通の人間に区分してはいけないのだと。

 そう思っていないと、この人の言動一つで、大きく感情を揺さぶられてしまう。

「よく平気な顔をして、そんなことを言えますね」

 物語の登場人物が台詞を言わされているように、あっさりと、そんなこっずかしいことを口にするなんて……。少なくとも、霊夢にはできない芸当だ。

「だって、もったい無いじゃない」

 結子は、口元を押えて上品に笑った。

「霊夢ちゃんのように、役を与えられて、その責任を果たすことも大事だわ。嫌いことを克服できたら、とても素敵なことよ。でも、そのことだけに躍起になって、好きなことを好きと言えないうちに人生が終わってしまったら、とてももったい無いわ」

 清い山水を飲んだように、結子の言葉が、なんの抵抗も無く霊夢の体に染み渡る。

 まるで高僧の説法だ。

(私なんかよりも、結子さんのほうが、よっぽど巫女に向いてそうね)

 という霊夢は、脳内で巫女服を着た結子を想像して、ちょっとだけ興奮した。


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