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(5)

「妖怪が怪異を起こすっていうことは、人間に危害を与えるっていうことでしょうが」

 雪女は、人間を凍死させる。

 河童は、人間の尻子玉を抜く。

 小豆洗いはしゃかしゃかとうるさく、耳かき隠しは耳かきをどこかにやってしまう。

 妖怪が能力を発揮するということは、大なり小なり、人間に迷惑をかけるということなのだ。

 それは、1+1=2という数式のごとき、単純かつ普遍的なつながりである。

「その既存の常識を覆す方法を考えてほしいと言っているのよ」

「紫。あんた、一周回って、おかしくなったんじゃない?」

 頭が回り、切れすぎるせいで、できもしないことをできると錯覚しているのではなかろうか。だいたい、天才とか賢者なんていうのは、常人には及ばない思考能力を備えているせいで、狂人と紙一重なのだから。

「私は、正気です」

「だったら、なおのことどうかしてるわ」

 霊夢の忌憚の無いもの言いに、文はぷっと吹き出した。

「霊夢さん。妖怪の山のお偉方も紫さんも、幻想郷が安定していること自体は、悪いことでは無いという考えで一致しているのですよ」

 知能が低い妖怪は例外として、いまの幻想郷は、妖怪がみだりに人間を襲うことが減ってきて、治安は良い。

 しかし、あまりに妖怪がおとなしいと、人間が妖怪を甘く見てしまう。これがよろしく無い。

「そこの問題を解決できれば、より良い形で均衡は保たれるでしょう」

「なんで私が、そんなめんどうなことを……」

 そんなにも明確に問題点を洗い出せているのなら、自分たちで方策を考えればいいじゃないか。

 問題だけ炙り出しておいて、あとは霊夢に丸投げなんて、虫が良い。

「幻想郷の秩序は、あくまでも博麗の巫女によって護られるべきだわ」

「それは建前でしょうが」

「違う。理想論よ」

 霊夢の反論を、間髪を入れずに封殺する紫。霊夢は、不機嫌そうに奥歯を噛んだ。

「霊夢さん。妖怪の山も、おおむね、紫さんの考えに賛同です」

「あんたらは事無かれ主義なだけでしょ」

「そんなことはありません。私たちは、いつでも霊夢さんへの協力を惜しみませんよ」

 私たちは同志ですと笑う文。

 薄っぺらくて、胡散臭い笑顔であった。

「じゃあ、私がなんらかの方策を考えついたら、妖怪の山は、無条件で賛成するのね?」

「それは、お偉い方々がお決めになることです。私ごとき一介の烏天狗には、妖怪の山の総意を述べる権限などありません」

「いま、私たちは協力を惜しまないって言ったじゃない」

「私たちというのは、私こと射命丸文と、紫さんと藍さんという意味ですよ。いやぁ、日本語ってややこしいですねぇ」

「やかましい!」

「いやん。暴力反対」

 霊夢が繰り出した拳を、文は軽々と受け止めた。

 生身と生身のぶつかり合いでは、人間と妖怪の力の差が浮き彫りになってしまう。

 それをわかっていながら、本気で烏天狗をぶん殴ろうとした霊夢は、人間として間違っていると言わざるを得ない。

「霊夢。良い方法が思いつくかどうかは別として、とりあえず、考えてみてはどうだ?」

 良い間合いで、藍が議論に加わってきた。

「紫様がおっしゃるように、幻想郷は、博麗の巫女によって護られるべきだ。それは建前かもしれないが、実現できるのならば、それに越したことは無いだろう?」

「そうだけど……」

 柔和に正論を言われてしまえば、霊夢としては、気持ちを鎮めるしか無い。

 このように、霊夢には、上から目線で抑え込むよりも、理解を示しながら目線を合わせて対話をするほうが、有効なのだが……。紫にしろ文にしろ、それを知っていて、あえて霊夢をおちょくったり、尊大な態度で接したりする。

 紫と文は、妖怪相手にも卑屈にならない、霊夢の反骨精神が好きなのだ。

 そうして霊夢は妖怪に好かれ、博麗神社には妖怪が集まり、人間に敬遠される。

 博麗神社の賽銭箱は、今日もからっぽなのだった。



「それで、どうするつもりなんだ?」

 魔理沙は、きゅうりのぬか漬けに手を伸ばした。

 あんまり手入れされていない金色の髪に、洋風の衣服を身につけている彼女は、見ために反して和食派だった。

 いい塩梅に漬かってるなぁなんて、漬ものに舌鼓を打っていた。

「努力はするわ」

「霊夢が努力するなんて言っても、説得力が無いな」

 なぜなら、霊夢は努力が嫌いだからだ。

 努力したからといって、結果が伴うとは限らない。

 結果が伴わないかもしれないことに労力を注ぐのは無駄。というのが持論である。

「藍から、思いつくかどうかは別っていう言質をもらってるわ」

 結果が出なくてもかまわないという保険があるので、努力という言葉を使っていいよと、自らに許可したらしい。

「藍はいいかもしれんが、紫が、できませんでしたで納得するか?」

「そうなのよね」

 藍は、紫の従者にすぎない。

 藍が言ったことを、紫は反故にすることができる。

 いまにして思えば、高圧的な紫と柔和な藍という緩急は、連中の作戦どおりだったのではなかろうか。

 ひとたび霊夢が首を縦に振ったなら、あとはどうとでも屁理屈をこねて、霊夢がこの件から逃げられないようにすればいい。というわけである。

「安請け合いしちゃったかしらね」

「かもな」

 魔理沙は、けらけらと笑った。

「どころで魔理沙。また寝てないでしょ?」

 魔理沙の目元にクマができているのを、霊夢は見逃さなかった。

「バレたか。いや、久々に研究がはかどってな。いつの間にか朝になってたんだ」

 魔理沙は、霊夢の咎めるような視線も気にしたふうでは無かった。

 魔法の森に住居を構えている魔理沙は、森で採取した素材を使って、魔術の研究をするのが趣味だ。

 ひとたび興が乗ると、寝食を忘れてのめり込む。

「そんなにおもしろいものかしら」

 霊夢には、理解できなかった。

 体を害するようなことをしてまで、なぜに研究に没頭するのか。

「こないだなんて、崖に咲いている花を採りに行っちゃうし……」

 身を危険に晒してまで、なぜに素材採取に熱中するのか。

「いちいち理屈付けなんてしてたら、研究なんてできないぜ。おもしろそうだからで十分だろ」

「そうだけど……」

 霊夢は、魔理沙が心配だった。

 なぜかと聞かれれば、それこそ理屈付けができないのだが、とにかくこの人間の魔法使いが心配だった。

「あんまり無茶しないでよね」

「わかってるわかってる」

 魔理沙は、畳の上に仰向けになり、白いフリルで装飾された、黒色のとんがり帽子を顔にかぶせた。

 間も無く、すぅすぅと寝息を立て始めた。

(寝るんだったら、家に帰って寝なさいよ……)

 という思いを口から出すこと無く、霊夢は寝所から毛布を取ってきて、魔理沙にかけてやった。

 黒い服に白いシャツ。黒と白という、魔法使い伝統の色で身を包んでいる魔理沙は、ほとんど博麗神社の居候だ。

 お茶の時間にやって来る。

 ご飯どきにやって来る。

 晩酌をしているとやって来る。

 ぬか漬けがいい具合に漬かったころにやって来る。

 そして、神社に一泊して帰る。

 たいしたもてなしはしない。

 いっとき、霊夢の日常に加わるだけ。

 あとはまたどこかに行って、なにかに熱中して、疲れたら神社に来て寝る。

 そんな魔理沙が、うっとうしいと感じるときもあるけれど、縁は切れない。

(魔理沙は寝ちゃったし、出かけてこようかしら)

 霊夢は開いていた襖から外に出て、空に吸い込まれていった。

 魔理沙はほってけぼり。

 霊夢がいなくても、神社に居たければそのまま居座るだろうし、帰りたければ帰るだろう。

 魔理沙がどうしようと霊夢は気にしないし、魔理沙も、霊夢に気なんか遣わず、気まま勝手に行動する。

 二人は、そんな関係だった。





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