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(4)

(社交辞令社交辞令社交辞令……。あれは社交辞令社交辞令……)

 修行僧が一心不乱にお経を唱えるように、霊夢は脳内で同じ言葉を繰り返し、煩悩が沸いてくるのを抑えようとした。

 だけど、抑えよう抑えようと意識している時点で、すでに煩悩に負けている。それは、傷口を突っつきながら、痛くない痛くないと暗示をかけているに等しく、効果は無い。

「ダメだわ。ぜんぜん集中できない」

 神社の境内を掃除していた霊夢は、ため息をついた。

 ほかにやることでもあれば、気がまぎれるかもしれないが、いまのところ、掃き掃除くらいしか仕事が無い。

 幻想郷の治安を維持するべく、妖怪退治を行うのが生業である博麗の巫女だが、先日のような異変が起こることは無くなってきた。

 原因はやはり、妖怪どもの気力の無さ。

(暇だわ……)

 霊夢が暇なのは、幻想郷が平和だということだ。

 だからそれは良い。

 でも、こう暇だと、頭ばっかりが働いてしまって、あのことを考えてしまう。

「これだけ暇なんだから、結子さんの顔を見に行っても……」

 いいや待て待て。

 昨日の今日で結子さんの家を訪ねるなんて、厚顔無恥の所業。

 それに、また来てねというのは、社交辞令に違い無いのだ。

 言われたことをそのまま受け取って行動してしまうなんて、まるで子どものようじゃないか。 

 子どものように、欲のままに動くなんてありえない。理性を保て。

 と自制を課すほどに、欲はむくむくと大きくなって体をうずかせる。

「会いたいなぁ」

 結子と一緒にいると、日向ぼっこをしながらお茶をしているかのように心が落ち着く。あの感覚が忘れられない。

 自分は、なにものにも執着しない性格だと思っていたのに、ただ一人の女性に、こんなにもこだわるなんて。

 結子に会いに行けないならば、せめてなにか仕事を与えてほしい。

 あの吸血鬼並みにとは言わない。適度に体を動かすくらいの、いい感じの異変を、誰か起こしてはくれぬだろうか。

「あの妖怪たちじゃ、無理でしょうね」

 吸血鬼に降った妖怪たちは、紫の命令に従って、今日も元気に城の破壊活動に勤しんでいる。

 そんな連中に、異変を起こす気骨なんてありはしない。

「霊夢さん。精が出ますね」

 羽を広げた烏天狗が、境内に降りて来た。

 にこにこと霊夢の機嫌をうかがって笑っているが、それがむしろ、霊夢の機嫌を損ねた。

 妖怪が、人間みたいにおべっかを使って、相手の機嫌なんかうかがっているんじゃないよ。

 おまえらがそんなだから、幻想郷は平和なのだ。

 そのせいで仕事が無いから、こうして悶々とするハメになってしまうのだ。

「精が出てるように見える?」

 霊夢は、箒を持って突っ立っていただけなのに。

「嫌だなぁ、ただの社交辞令じゃないですか」

 霊夢の機嫌が斜めであることを察した射命丸文。とり繕おうとするも、社交辞令という四文字熟語は、いまの霊夢には禁句である。

「そんなことくらい、わかってるわよっ!」

 わかってるから、自制してるんだろうが!

 霊夢は、文に向かって箒を投げつけた。

「あやややや。これはそうとうに機嫌が悪いようですね」

 片手で箒をキャッチした文は、短髪を掻いた。霊夢が機嫌を損ねてしまったのは、自分のせいだとは思っていない。彼女が妖怪だからというわけでは無く、純粋に、図太い性格をしているだけである。

「で? 異変に関与せずに、傍観を決め込んで妖怪の山にひき籠ってた天狗様が、なんの用事かしら?」

「もう。そんなにトゲのある言いかたをしなくてもいいじゃないですか。紫さんにも、たっぷり皮肉を言われたんですから」

「自業自得じゃない」

 そっ気無く言って母屋へ向かう霊夢。

 鳥居に箒を立てかけて、その後を追う文。

「待ってくださいよ。ちゃんと反省はしてるんですよ」

「謝意とか誠意っていうのは、形や態度で示すものよ。本当に悪いと思ってるなら、お賽銭のひとつも入れなさい」

 機嫌の悪さも手伝い、今日の霊夢はシビアであった。

「霊夢。そういじめてやるな」

 母屋の台所から、いきなり藍が現れた。手にはお盆、急須、湯飲みを持っている。

 続いて、やかんを持った橙。

 さらに、せんべい片手に、妖怪の賢者も現れる。

 ぞろぞろと母屋から出て来る八雲一家。

 こいつらはいったい、いつから家の中に居たのだろう。プライバシーもへったくれもあったもんじゃない。

「まぁなんだ。とりあえず、お茶にしようじゃないか」

 藍が朗らかに言うものだから、霊夢は押し黙った。

 母屋の縁側に、文、霊夢、藍、紫の四人が並んで座った。

 橙は、紫と藍が許可をしたので、遊びに行った。今日も氷精や妖精とつるんで、魔法の森辺りで遊ぶのだろう。

(なんだかなぁ……)

 仮にも、人間の信仰の拠り所である神社なのに、人間が一人で妖怪が三人という人数比はいかがなものだろう。

 博麗神社は、人間の里に、背中を向けて建っている。

 神社に参拝しようとするなら、獣道みたいな山道を登ってくるか、ぐるりと山を迂回して、整備された参道を登って来るかの二択しか無いので、非常に参拝しづらい。

 それでも、先代博麗の巫女の時代までは、それなりに参拝客がいたらしい。

 ぱったりと参拝客が訪れなくなったのは、霊夢の代になってからだ。

 その理由は、こうして、良く妖怪たちが出没するためである。

 博麗神社を訪れる妖怪たちは、人間に危害を加えることはしないけれど、妖怪なんかと積極的にお近づきになりたい者はいない。

 それが、普通の人間の感性であって、もの怖じせずに妖怪と接することができる霊夢が異端なのである。

「当代博麗の巫女の、お知恵を拝借したいの」

「妖怪の賢者様が、人間ごときの知恵を借りたいと?」

 紫の殊勝なもの言いに、霊夢は警戒心をあらわにした。

 天よりも気位が高い紫が、下手に出ているのだ。それだけでただ事では無いとわかる。

「かわい気の無い子ねぇ。頼られているのだから、ちょっとは喜んでくれてもいいじゃない」

「あんたとつき合ってたら、自然にこうなるわよ」

 紫の言うことを素直に受け取っていたら、命がいくつあっても足りやしない。

 言葉の裏になにがあるのか、腹の中になにを抱えているのかを見極めてからでなければ、こっちも腹の中は見せない。

 紫ら妖怪とつき合うにあたっての心構えの、初歩も初歩である。

「じゃあ、言いかたを変えるわ。当代博麗の巫女だからこそ、やってほしい仕事があるの」

「ふむ」

 霊夢は、湯飲みに口づけてお茶をすすった。

「霊夢も知ってのとおり、昨今の妖怪たちは気力を失っている」

 異変も怪異も起こさず、ただのんびりと暮らしている。

「一つには、ものわかりが良すぎるということが理由に挙げられるわ」

 こないだの吸血鬼男爵のように、力でもって幻想郷を支配するのは不可能に近いと、みな知っている。

「それはなぜか。博麗大結界の源が、博麗の巫女たる霊夢だからと知っているから。故に、霊夢が異変解決に乗り出したなら、危害を加えることはできない」

 もし霊夢が命を落としたりなどしたら、博麗大結界の庇護を受けることができなくなってしまうかもしれない。妖怪らしくも無いそんな理性が、霊夢に手を出すことをためらわせているのだ。

「しかし、妖怪は怪異を起こしてこそ妖怪です」

 文が、紫と交代して言葉を継いだ。

「怪異を起こさない妖怪に存在意義はありません。外の世界のように、妖怪の存在が薄れれば、幻想郷は、均衡を失って崩壊するかもしれません。大天狗様方も、紫さんも、それを心配していらっしゃるのです」

「まえ置きは理解したわ。私の仕事とやらはなに?」

 紫は、おほんと咳ばらいをした。

「妖怪が、怪異を起こしやすくする手段を考えること。ただし、霊夢を始めとした人間たちに、危害を与えない方法であることが絶対条件」

 紫が言うことは、めちゃくちゃだった。


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