表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

(2)

 魔理沙は、スペルカードを天にかざしてみた。

 白紙のカードだ。

 空からは無情にも、雪が降り続いていた。

 雪は、家々を、木々を、野を山を白く染める。

 なにものも抗えぬ、自然の力。

 無力な人間である自分には、凍えながら春を待つことしかできない。

(私は、なんなんだろうな)

 瞳を閉じた。

 昔の光景を思い出す。

―――やった。やったぞ師匠! 私、空を飛べたんだ!―――

 いまでは、あたりまえになってしまった、空を飛べるということ。

 でも、最初の一回目は、あんなにうれしかった。あの感動は、どこに行ってしまったんだろう。

 魔理沙が空を飛べるようになるまで、魔法の師匠は、ずっと魔理沙を見守ってくれた。

 ふらふらと頼りなく宙に浮いては落ち、浮いては落ちを繰り返した。

 そうして、顔や足に擦り傷をたくさん作った。

―――手のかかる弟子だよ、まったく―――

 師匠は、ぶっきらぼうなもの言いをする。

 魔理沙がいくら傷を作っても、知らん顔をしていた。

 表向きは魔理沙に暴力をふるった父に似ていたけれど、中身はぜんぜん違う。

 豪気で、堂々とした立ち振る舞い。自分に対しての絶対的な自信。

 それは、かつての父が持っていた、孤高な誇りだった。

 そんな師匠のもとで魔法の勉強を積んだ魔理沙も、師匠が乗り移ったように、自信を持つようになった。

 普通の人間でも、努力すれば、なんでもできるんだ。という、絶対の信念が芽生えた。

 あの自信は、信念は、どこに行った。

―――なんで魔理沙は、箒に乗ることにこだわるんだい?―――

 師匠は不思議がった。

 不便だし、戦いになったら被弾面積が増えるし、合理性を重んじる魔法使いとは思えないと。

 しかし魔理沙は、自信満々で返した。

 それが、魔理沙が理想とする魔法使いだ。魔法使いたるもの、箒に乗っているものだ。それのせいで、戦いで不利になってもかまわない。

 そんなこだわりは、どこにいった。

 目先の、勝つとか負けるとか。

 失敗だとか成功だとか。

 そういうものにとらわれず、おもしろみを求める霧雨魔理沙は、いったいどこにいったんだ。

(無様、だな)

 このうえに、まだ自分に依ろうというのか。

 人間の魔法使い、霧雨魔理沙の限界も、分際もはっきりしたというのに。

 魔理沙は箒をぎゅっと握りしめて、天を仰いだ。

 厚い雲が空を覆ってしまえば、魔理沙の空は、よりいっそう狭くなる。

 うらめしい。

 自分の世界を狭めてしまう存在が。

 狭い世界の中でしか生息できない自分が。

「私は、なんなんだろうな」

 憧れていた、魔法使いという職業。

 魔法の力さえあれば、なんでもできる、どんな場所にだって行けるはずだった。

 でも、それはしょせん、夢物語。

 現実を知らぬものが描く、夢物語でしかなかった。

「いや、違うか」

 現実では無く、自分を知らなかったのだ。

 魔理沙が持っている器は、霊夢に比べて小さい。

 人間は誰も、器を持って生まれてくるんだ。

 魔法使いになろうが、魔法の力を得ようが、自分自身の器が小さければ、容量が少なければ、持てる力だって、限られる。

 こんな簡単なことにも気づかず、魔法を覚えて得意になっていた、昔の自分が憎い。 

「つまるところ、私は、私が好きだったんだろうな」

 家のまえに降り立った。

 父親に殴られ、罵倒されて、ひたすら否定されまくった自分を守るためには、自分を好きでいるしか無かった。

 そして、傷だらけになった自分を慰めるための術が必要だった。

 魔理沙にとって、それは魔法だったのだ。

 玄関のドアを開けて、壁に箒を立てかけた。

 箒はしっかりと立たずに、からんころんと床に転がった。

 魔理沙は、見向きもしなかった。

 もはや、魔法の力なんて、無価値。

 なりたい自分にもなれない。

 狭い世界から抜け出すこともできない。

 そんな自分が、魔法の力なんて持っていたところで、なんの価値があるのか。

「消えたいな……」

 窓の外は、白一色の景色。

 この中に溶け込んで消えてしまいたい。

 魔理沙はそう思った。






                      ※





 窓の外は、白一色の世界。

(静かね……)

 雪は、どこまでも静かに、外界とこの空間とを隔てようとする。

 まるで、世界にとり残されたよう。

 アリスの右肩には上海が、左肩には蓬莱が乗っかっている。

 棚には、人形たちがずらりと並んでいる。

 独りでは無い。

 親友と、友人たちと一緒なのだ。

「上海、蓬莱、寒く無い?」

 アリスは、暖炉に薪をくべた。

 炎が薪を燃やして、ぱちぱちと音を立てる。

 それ以外の音は聞こえない。

 上海と蓬莱は、アリスのまえで、左右に首を振った。

 寒くは無い。という意思表示だった。

「そう。良かったわ。今夜もきっと冷えるから、温かくしておかないとね」

 リビングのソファーに腰かけたアリスは、中断していた編みものを再開した。

 すでに、毛糸の帽子やマフラーがいくつかできあがっていたけれど、人間が身に着けるにしては、サイズが小さい。もちろん、アリスが身に着けるにしてもだ。せいぜい、生まれたての赤ちゃんが着られるかどうか……、というくらいのサイズだった。

「本格的に寒くなるまえに、みんなのぶんを作らなくちゃね」

 目じりを下げて笑う。

 アリスの目元には、クマができていた。

 寝食もそこそこに、編みものに熱中していたからだ。

 だけど、アリスは気にしていなかった。

 どうせこの雪だ。誰かに会うことも無い。

 それに、魔女であるアリスは、食事を摂らなくても平気だし、睡眠をとらなかったとしても、体は壊れない。

 なにより、こうして黙々となにかにとり組んでいるのが楽しい。

 大事な友人たちへの贈りものを作っているのだから、なおさらだ。

 これが、私のあるべき姿だったのだ。

 なににも触れず、誰にも会わなければ、嫌な感情は湧いてこない。嫌な自分に気づくことも無い。

 不思議の国のアリスだって、好奇心に駆られて兎を追いかけなければ、珍妙な体験をせずに済んだのだ。だから、こうしていればいい。

「風が出てきたわね」

 窓が揺れている。

 風にあおられた雪が、斜めになって大地に下りてくる。

 軽い吹雪になるかと思ったが、風はすぐに収まった。

「雪は良いわね」

 自分だけの空間に閉じ籠らせてくれるから。

 自分だけの世界を守ってくれるから。

 アリスの胸に、すきま風が吹いた。

(独り芝居……)

 こんなにも、充実している時をすごしているのに、どうして、その言葉がつきまとってくるのだろうか。

 だがたしかに、いまのアリスは、端から見れば滑稽だろう。

 上海も、蓬莱も、他の人形たちも、アリスの意のままに動くのだ。

 ならばアリスは、不思議の国に迷い込んだ女の子では無くて、トランプの兵士を従える女王か。

 なるほど。思いどおりに事が運ばなければ、すぐに癇癪を起してしまう女王には、意のままに動く人形たちは、うってつけの部下だろう。

 こんな狭い世界の中で、人形たちを従えて、女王を気どっている。

 それはそれは滑稽なことだろう。

 だが、この狭い世界こそが、この狭い世界の中で、独りでいることこそが、アリスにとってのすべてなのだ。

 作業机のはしっこに置いてある、数枚の便せんに目をやる。

 差出人は母だ。

 整った綺麗な字で、でも、かわいらしさを感じさせる丸みがある。

 その字で、受取人のアリスの名が記されていた。

 字を目に映しただけで、心が穏やかになる。

 それは、その字を見ただけで、母が、アリスのことを愛していると感じることができるからだ。

 穏やかで、感情を乱すことが無い、大好きな母。

 アリスは、母のような女性になりたかった。

 そう、先日、霊夢に紹介された、あの結子という人のように、なりたかった。

 だが現実には、そういう人たちに憧れれば憧れるほど、それは無理なのだと理解できてしまう。

 表面だけを取り繕っても、心の奥の奥からあふれ出てくる感情、それぞれの人が持つ本性というのは、隠しようが無い。

 アリスには、あの穏やかな大人たちのようになる資質が欠けている。

 人形たちと一緒に、母から送られた便せんを抱きしめた。

「要するに、私は私が好きだったのね……」

 自作した、アリスの意志をくみ取ってくれる人形たちを愛すること。それは、自分を愛するという行為でもある。

 そして人形たちを母のように愛することで、アリスは、憧れていた大人の女性としての疑似体験をしていたのだ。

 つまり、どこまでいってもごっこ遊び。

「それでも、私は……」

 アリスの表情が険しくなる。

 憧れの存在に手が届かないと知ってなお、まだ、アリスはアリスをあきらめることができなかった。

 がたがたと、玄関のドアが揺れた。ドアがノックされたような音にも似ていた。

 また風が強くなったようだ。

「鍵、閉めたはずよね」

 念のために、鍵はかけていたはずだったが、いきなりドアが開いては敵わない。

 施錠されているかたしかめようと、アリスがソファから腰を上げると、

「アリス―?」

 ドアの外から、アリスの名を呼ぶ声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ