(1)
白色に身をゆだねる。
すると、立っているのか、寝転がっているのか、それとも、浮いているのかがわからなくなってくる。
生きているのか、死んでいるのかすら、わからなくってくる。
いまの自分には、そのどれもが当てはまり、また、どれもが当てはまらない。
つまり、中途半端。
でも、強いて言うならば、浮いている状態に近くて、死に寄っている。
ふわふわの羊毛の毛布にくるまってまどろみ、すぐにでも眠りに落ちてしまいそうな感触から、心地良さを差っ引いた感覚。とでも例えれば良いだろうか。
白くて冷たいものが身を包んでいき、やがて全身を埋め尽くしてしまうだろう。
寒い。
痛い。
ついには、なにも感じなくなる。
息苦しさは無い。
土の中に埋もれ、地の底へ堕ちて往くような不快感も無い。
むしろ、大地から解放されるようだ。
まるで、空に向かって浮いていくような……。
そうか。
人間、死んでやっと、空の上に行くことができるんだ。
死ぬことで、この、狭い箱庭から逃れることができるんだ。
だったら、いっそのこと、このまま……。
「魔理沙。風邪をひくわよ」
雪の中で仰向けになっていた魔理沙に、霊夢が手を伸ばしてきた。
「ああ。すまん」
霊夢の手を取って、身を起こす。
背中に手を回して、雪を払った。
ほとんど水気を含んでいない、綿のような雪だったから、服が濡れずに済んだ。
「はい、箒」
「ああ……」
魔理沙は、愛用の箒を受け取って、肩で担いだ。
霊夢との模擬戦の結果は、負け、負け、負け……、虚しく、負け続き。
「だいぶ、強くなってきたわね」
霊夢が見上げた先には、厚い雲。
そこから、大粒の雪が降ってきて、幻想郷の大地を白く染めていた。
「中で温まりましょう」
という霊夢に、魔理沙は無言でうなずいた。
霊夢にそう言われたならば、従順に従う以外に選択肢が無い。
まるで、格付けが済んでしまった犬っころ。
こいつには敵わぬのだと脳に刷り込まれて、あとはもう、二度とそいつに勝つことはできなくなる。
そのうち、勝とうとも思わなくなる。
一生涯、そいつよりも劣った人間として、生き続けるしか無くなる。
見えてしまう。
踏み越えることができない、霊夢と、自分との一線。
その線の内側が、魔理沙の限界。
その線の内側だけが、魔理沙の世界。
息苦しいが、さほど嫌な気分はしない。
おまえは、ここから先は立ち入ってはいけないよと、はっきり分際を示してもらったほうが、かえって楽なものだ。
根拠が不確かな、無限の可能性とやらを追いかけているほうが、苦痛。
敵わぬものは、敵わぬままにしていたほうがいいのだ。
大地が雪で覆われていくように、そのままにしておけばいい。
そのうち、自分も雪で覆われて、静かに消えていく。
ある意味、魔理沙は悟った。
死ぬこととは、消えていくことだ。
存在が、無くなることだ。
「早く、春になればいいのにな」
生だの死だのと、陰鬱なことを考えてしまうのは、この、薄暗い天気のせいかもしれない。
無慈悲にも、幻想郷を白く塗りつぶしてしまう、雪のせいかもしれない。
※
「早く、春になればいいのにな」
魔理沙のつぶやきに、霊夢は、湯飲みを落としそうになった。
(危うい……)
魔理沙のまえに茶を置いてやったが、気もそぞろに外の景色を見つめている。
昼間だというのに薄暗く、大地は雪で覆われている。
彩りの無い、白と黒の世界。
勝つとか負けるとか、優れているとか劣っているとか、魔理沙の頭は、つまらない二択でいっぱいになっているように霊夢には見えた。
(そうじゃないでしょ、魔理沙)
魔理沙は、そんな頭でっかちな人間では無かったはずだ。
理屈なんて後回しで、おもしろいと感じたことには、まっすぐに向かっていく、感性が豊かな人間だったはずだ。
それが、最近はどうだ。
霊夢にスペルカード戦で負け続けたことで、すっかり意欲を失っている。
負けることが目的であるように。
自分を、明らめることが目的であるように。
そして、自分を嫌うことが目的であるように。
およそ生気というものが感じられない。
あまつさえ、早く春になればいいのになどと、他力本願なことを言い出す始末。
いつもの魔理沙なら、春になるのなんかを待っていないで、自分から行動を起こしている。そういう活力にあふれていた。
(それが、なによ)
半死人みたいに、ぼけーっとしているだけなんて。
霊夢は、乱暴に自分の湯飲みをちゃぶ台に置いた。
どんと音が鳴って、湯飲みの中で茶が揺れた。
だが、魔理沙は反応しない。
(しっかりしなさいよ、魔理沙!)
固く結ばれた口に、湯飲みを運んだ。
悟りきった顔をして、賢いふりをするのをやめろ。
ぼりっ、ぼりっと、煎餅を咀嚼する霊夢。
そこまで魔理沙の内面が読めていながら、助言することはしない。
(まぁ、結局は……)
魔理沙が、自分でどうにかしないといけないことだ。
霊夢には、その手助けをすることくらいしかできない。
それが、魔理沙と友人になるための過程に、必要なことだと信じている。
だから霊夢は、魔理沙の心が危ういと知りながら、スペルカード戦の手合わせとなったら、手を抜くことを、絶対にしなかった。
そして魔理沙は、今日も霊夢に勝つことはできなかった。




