(6)
(なんか、落ち着か無いわね)
ソワソワしてしまうのは、博麗神社とは勝手が違う、洋風の空気だからというのも、多分に影響していた。
霊夢の知り合いにもう一人、魔法使いがいるけれど、魔理沙は見ためが洋風っぽいだけだ。
箸を淀み無く操り、白米や味噌汁や漬ものを、旨そうに食している。
「簡単なもので、悪いわね」
食事の準備を終えたアリスが、霊夢の対面に座った。
簡単なものと言われても、普段、ほとんど洋食を口にしない霊夢には、どれほどの手間がかかっているかはわからない。
それに、
「朝っぱらから、いきなり押しかけて来たのが悪いんだから」
食事を無心するようなこともしてしまった。食べられるものを出してもらえるだけでありがたいと、感謝するべきである。
「それじゃあ、いただきましょうか」
アリスは切り分けたフランスパンに手を伸ばし、スープに浸して食べた。
「パンなんて口にしたの、いつ以来かしら」
見よう見真似で、パンを口に入れる霊夢。
オニオンスープの汁を吸わせたパンは、なかなか旨かった。
「口に合わなかったら、無理しなくてもいいわよ」
「慣れてないだけで、食べられないということは無いわ。私は、おいしいものは拒まないから」
アリスが、パンにスクランブルエッグを乗せて食べていたので、霊夢もそうした。
こうやって、主食といろんな味を組み合わせるのは、米を食べているときにもやることだ。今日はそれが、パンに代わったというだけのこと。
姿形が違うだけで、やってることは、そんなに変わりはしないのだ。
それを、自分の習慣と違うという理由だけで拒むのは、もったいない。
「不味かったら、ちゃんと言うわよ。私は」
「料理を振る舞う身としては、そっちのほうが怖いわね」
二人が、ふっと笑みを交換していると、ティーカップに紅茶のお代わりが注がれた。
二体の小さな人形が協力して、ポットを傾けている様子を、霊夢は微笑ましく見守って、
「ありがとう」
と礼を述べた。
「同じような格好をしているけど、一つ一つ、微妙に造りが違うのね」
「わかるの?」
アリスは驚いて、目を開いた。
「なんとなくだけどね」
じっくり観察したわけでは無いけれど、一体一体の雰囲気が違うと、霊夢は感じたらしい。
「それで、良く断言できるわね」
「第一印象って、案外、裏切らないものよ」
霊夢は、事も無げに言って、紅茶を飲む。
(そんなふうに割りきって生きられたら、楽になれるんでしょうね……)
アリスは思わず、霊夢に羨望の眼差しを向けていた。
「霊夢から見て、私はどう?」
「あん? なによいきなり」
「ちょっと、聞いてみたくなったの。良い歳をした魔女が、人形作りが趣味だなんて、子どもっぽいって思わない?」
「趣味なんて、人それぞれでしょ。アリスが好きでやってるなら、私がどうこう言うことじゃないわ。もちろん、私や幻想郷に、害を与えるようなことをしようっていうなら、話は別だけどね」
でもアリスは、好きな人形たちに囲まれて、平穏に暮らしているにすぎない。
それをとやかく言う権利なんて、霊夢にはありはしない。
「霊夢はいいわね」
「はぁ。どこが?」
「偏見が無いところが、いいなって」
「普通よ、普通」
普通にものを見て、考えて、判断する。
たったそれだけのことだ。
「でも、それだけのことができない人も、多いでしょう?」
「そりゃ、まぁねぇ」
霊夢は、あきらめたような苦笑を浮かべた。
偏り無くものごとを判断しようとしても、どうしたって、好き嫌いっていうもんはある。
それはしかたが無いこととしても、あきらかに好き嫌いでものごとを判断しているのに、自分は偏っているという自覚が無い者もいるのが厄介なところ。
でも、世の中っていうのは、いろんな者が混ぜこぜになって形成されるものだ。愚痴っても詮無い。
食事が進むにつれて、からになった皿がでてきた。
それを、上海と蓬莱が回収して、流しに持って行った。
「アリスだって、あの子たちを特別扱いしてるしね」
「どうしてわかったの!?」
「あの子たちだけ、他の人形と違うじゃない」
霊夢は見抜いていた。
着ている服も、顔の形も、上海と蓬莱は、他の人形たちに比べて、丁寧に作られている。
それはすなわち、アリスの愛情の比重が、上海と蓬莱に偏っているということだ。
「あの二人は、最初に作った子たちだから」
まだ、人形作りの右も左もわからないころに、苦労しながらやっと作りあげたのが、上海と蓬莱。
「他の子たちに悪いとは思うんだけど……」
思い出が上乗せされているぶん、どうしてもひいき目になってしまう。
「悪いことなんて、無いでしょ」
「そうかしら?」
「そうよ。好きだって思えるものがたくさんあって、その中に、もっと好きだって思える存在があるんでしょ? それって、すごく素敵なことじゃ……」
語っている途中で、霊夢は口を開けたまま、固まった。
なんという、なんという恥ずかしいことを口走ってしまったのだろうか。
どう考えても、霊夢の性格には不似合いな台詞。
(結子さんが言いそうなことだわ……)
何度も会っているうちに、結子の論調の影響を受けてしまったのだろうか。
霊夢は、羞恥の余り、アリスの顔を直視することができなかった。
「……、だったらいいのに……」
「アリス……?」
「みんなが、そんなふうだったらいいのに……」
アリスは、霊夢に背を向けるようにして椅子から立った。
霊夢は、強烈な違和感を覚えた。
一歩、アリスに近寄ろうとすると、
「片づけましょうか?」
アリスは振り返って、微笑した。
(アリスだわ)
たしかに、さっきまで食事を共にしていたアリスに違い無かった。
(でも、さっきのは……?)
声こそアリスだたったけれど……。
(いや。いくらなんでも、妄想がすぎるわね)
霊夢は、その考察を掘り下げなかった。
第一印象は、案外、裏切らないもの。
自分でそう言っていたのに、
「今度は、手伝わせて」
アリスの返事を待たず、食事の片づけを始めてしまったのだった。




