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(5)

 霊夢の右腕が動いて、人差し指で、頭を指した。

「髪」

 ぴっ、と、指が伸びたのと同時に言葉を発する。

「髪?」

 アリスは、指し示された霊夢の髪を見た。

 頭のてっぺんから流れている黒髪が、後頭部と頬の横で、紅白のリボンで結われている。

「私のじゃないわ」

 霊夢は、人差し指を伸ばしたまま、右手だけを移動させて、アリスのほうに向けてきた。

 簡潔というか、ものぐさというか、霊夢は、無駄の無いもの言いを好むから、会話の先手先手をとられてしまう。

 特にアリスは、ゆっくり考えて行動を選択したいので、なおさら、霊夢に先手をとられる。

「あっ。そうだわ」

 ようやく霊夢が言いたいことがわかった。

 髪の乱れがいつもよりひどいのに、慌てていたせいで、整えるのを忘れていた。

 アリスは、余裕の無さを恥じたが、でも、霊夢を玄関先に立たせたままにするわけにもいかないし……。

(それで、霊夢の心証が悪くなったら嫌だし……)

 髪が乱れているところを見られるよりも、アリスにとっては、そのほうが重大事だった。

「急かしちゃったみたいね。ごめんなさい」

 いきなり訪問した自分が悪いのだと、スマートに謝罪できる霊夢に、アリスは感心した。

 アリスが霊夢の立場だったら、こんなに自然に詫びることができるか疑問だ。

(やっぱり、若いうちから博麗の巫女なんてやっているから……)

 自然と、大人の対応が身に着くのだろう。

(そうだとしたら、私は……)

 アリスは、視線を落とした。

「アリス?」

「え」

 はっとして顔を上げると、霊夢と目が合う。

 するとアリスは、自分で無い誰かに動かされたように、すぐ目を逸らした。

「と、ところで霊夢。どうしたの?」

 歯切れ悪く尋ねた。

 なんの用事で訪ねて来たのか、ということは、訪問者に対して、なにおかしなことは無く、やましさも感じない世間話を始める第一歩だ。

 だからアリスは、ごまかすために、霊夢にそれを聞いた。

 なんで、なにをごまかそうとしたのか、アリス自身、わかっていない。

 でも、これを霊夢に知られてはいけないという、恐怖観念のようなものだけは感じていた。

「あー……。えっと……、ね」

 しかし霊夢、アリスのように歯切れが悪い。

 なにか、言いにくい用事のようだ。

「とっ、とりあえず、上がらせてもらってもいいかしら?」

 やっと言葉をひねり出したような口調。

 さきほどまでとは一転。いきなり落ち着きが無くなってきた。

「いいけれど……」

 この寒空の下で立ち話なんて、したくも無いし。

「でも私、朝食、まだなのよ。食べながらでも大丈夫かしら?」

「気にしないで、私もだから」

「えっ?」

「え……?」

 ということは、霊夢は、食事も摂らずにやって来たということになる。

「そんなに急ぎの用事なら、食事なんてしている場合じゃないわね」

「あっ。気にしないで。そんなたいそうな用事でも無いし」

「えっ?」

「え……?」

 霊夢の言動には、一貫性というものが欠けている。

 朝一番、朝食も摂らずに訪ねて来たのに、急ぎの用事では無いという。

 アリスは、霊夢の心中を図りかねた。

「とにかく、中へどうぞ」

 アリスは、内開きのドアを開いて、霊夢を家の中に招いた。

(そういえば、幻想郷に来てから、誰かを家の中に入れたのは、初めてだったわね)

 その相手が、近くに住んでいる、同族の魔理沙では無く、霊夢というのが不思議だったが、自然な気もした。

 なんてことを考えていると、霊夢は、家の中に入ったところで立ちすくみ、

「すごい数ね」

 ずらりと棚に居並んでいる人形たちに、目を見張っていた。

「人形の収集癖でもあるの?」

「ちょっと違うわね。幼いころから、人形を作るのが趣味なの」

「これぜんぶ、アリスが作ったの?」

 はぁー、と感嘆の息を漏らす霊夢。

「魔理沙もそうだけど、よく飽きないわね」

「魔理沙はどうか知らないけれど……」

 アリスは、ピンク色のエプロンドレスを身に着けた。

「私は、霊夢たちと違って、長生きだから。熱中できることの一つも無いと、暇を持て余すのよ」

 座っていて、と、霊夢に促して、両手をぱちんと合わせる。

 呼応して、人形たちが一斉に動き出す。

 ある人形たちは、協力してテーブルクロスを広げて皿を並べ、またある人形は、植木の花に水をやり……。

 霊夢は、椅子に座りながら、飛び交う人形たちに見とれていた。

「暇を持て余してるなら、異変でも起こしたら?」

 これだけの能力を持っているなら、充分、異変を起こすに足りるだろう。

「スペルカードルールも施行されたことだし」

「博麗の巫女の言うこととは思えないわね」

 アリスは、異変でも起こしたらというのが霊夢流の冗談だとすぐにわかったから、自然に笑みを返すことができた。

 アリスは、パンが盛られたバスケットをテーブルに置いた。

「人間だって、暇を持て余すのよ」

「暇潰しで異変を起こされたら、霊夢が大変でしょ?」

 とんとんとん……。

 リズミカルな包丁の音を奏でながら、アリスは応じた。

 キッチンとリビングが同じ空間にあるので、調理している音がよく聞こえる。

 包丁の音を刻むテンポといい、話しながら調理をしていることといい、アリスの料理の腕は、なかなかのものだ。

「妖怪らしく無いわね。せっかく、気軽に異変を起こせるルールを作ってあげたんだから、遠慮しなくていいわよ」

 一体の人形が、ポットとカップをテーブルに置いた。

「私は、いいのよ」

 一滴の水が垂れるように、ぽつんとアリスは言った。

「アリス?」

 包丁の音が止む。

 お願い。とアリスが命じると、木皿に盛られたサラダを人形が運ぶ。

 そこで霊夢は、やっと気づいた。

 テーブルの上に、二人ぶんの皿やカップが置かれていることに。

「あっ!」

 慌てて立ち上がる。

「ごめんなさい! 私も手伝うわ!」

 霊夢も朝食を摂っていないと知ったアリスは、気を遣って二人ぶんの食事を用意してくれていたのだ。

 そうとは知らず、椅子に座ってのうのうとしているなんて、何様だろうか。

「いいわよ。座っていて」

「でも……」

「だって、霊夢って和食派でしょ? 調理方法も、博麗神社と勝手が違うから、かえって危ないわよ」

 アリスは、フライパンを手に取って霊夢に見せる。

 たしかに霊夢は、洋風の調理器具を扱ったことが無いし、洋食を作ったことも無い。

 こうなっては、悔やまれるのは、朝食を摂っていないと、正直に告げてしまったことだ。

 結果として、朝飯を食わせろと、催促したような形になってしまった。

(なんだかなぁ……)

 どうも、アリスといると調子がおかしい。

 それは、結子と一緒にいるときと似ているようで、どこか違っていた。








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