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(1)

 塵芥のような粒が空から舞い降り、木々や草原を白く染める。

 音も無く、静かに。

 しんしんと降り積もって、すべてを覆う。

 穢れたこの世界も。

 わたしの心も。

「もっと、つもればいいのに……」

 もっと降り積もって、世界を純白で覆ってしまえばいい。

 そうしたら、私はここに閉じ籠っていられるから。

 外に出なくても良くなるから。

 だからもっと、もっと、降り積もれ。

 すべてを、覆い尽くしてしまえ。






                   ※






「んぅ……」

 やわらかく頭を叩かれて、アリスは目を覚ました。

 ぼんやりとした視界の中に、二体の小さな影が映る。

「上海、蓬莱、おはよう」

 その姿をはっきりと見てとれなくても、確信をもって、固有名詞を口にすることができた。

 綺麗に掃除された部屋の棚には、きっちり整理された魔術書と、大勢の西洋人形が並んでいる。

 これらの人形たちは、すべて、アリスが手ずから制作したものだった。

 アリスは魔女だが、幼いころから人形を作るのが趣味で、人形師という顔も持っていた。

 作った人形の数は数十体にものぼり、自室の棚だけでは収まりきらないため、リビングの棚にも陳列している。

 アリスはだるそうに、ベッドから這い出た。

(最近、朝起きるのがおっくうなのよね……)

 布団から出れば、一気に寒気が襲ってくる。

 アリスは、自分の体を抱くようにして身を震わせた。

 窓は、霜でまっ白に曇っている。

 幻想郷に、冬がやって来たのだ。

 こう寒くては、朝起きて、ベッドから出るのもひと苦労というものだ。

 アリスは、素手で窓をなぞって、霜を除いた。

 魔法の森の木々と地面が濡れている。

 昨夜は、初雪だった。

 粉のような粒が降ってきただけだったので、明けがたには溶けて水になった。

「積もらなくて、良かったわ」

 雪が積もると、外に出づらくなる。

 ちょうど今日は、里に買い出しに行かないといけなかったので、幸いだった。

 二体の人形たちは、ハンガーにかけてある、アリスの服を持ってきた。

「ありがとう。上海、蓬莱」

 アリスはパジャマを脱いで、形の良い胸に下着を着けた。

 上海と蓬莱は、アリスが初めて作った人形だった。

 だから、作り終えたときの喜びや感動はひとしおで、以来、アリスはこの二体の人形に愛情を注いできた。

 タイツを履いてから、服に袖を通す。

 その間に、上海と蓬莱は、アリスのパジャマをたたんでくれていた。

 まるでメイドのように、アリスの行動を先読みして動いているけれど、上海も蓬莱も、自分の意思を持っているわけでは無い。

 二体の人形とアリスは、魔法の糸という、アリスが自作した糸でつながっていて、いちいち口に出して命じなくとも、アリスの気持ちを汲み取って動くことができる。

 上海と蓬莱は、言わば、アリスの分身のような存在だった。

 着替えを終えたアリスは、螺旋状の階段を下って、リビングに向かった。

「みんな。おはよう」

 アリスのそのひと言で、リビングの棚に収まっていた人形たちは、一斉に動き出す。

 ある人形は暖炉に薪をくべ、またある人形は、机にテーブルクロスをかけ、花瓶の花に水をやり……。

 人形たちが部屋を飛び交う光景は、とてもメルヘンチックだった。

 そんな人形たちに、アリスはほほ笑みかけた。

 家事のお手伝いをしてくれる、我が子を見守る母親のようだった。

 一つ一つ、丁寧に縫い上げて作った人形は、アリスにとって、自分の子どもも同然なのだ。

 ―――お嬢様は、変わっていらっしゃるわよね―――

 ずきっ……、と、アリスの胸が痛んだ。

 たまたま聞いてしまった、自分への陰口を思い出した。

 いつ聞いたのかすら忘れているのに、言われたことは、いつまでも覚えている。

 ―――そうね。部屋に籠もって、人形ばかり作っているものね―――

 その言葉を思い出すと、機嫌が斜めに傾く。

 どういうつもりで、こういうことを言っていたのかはわからない。

 あるいは、暇潰しに、噂話をしていただけかもしれない。

 でも、言われたほうには、言葉に込められた意味なんて関係が無い。

 悪意のある無しにかかわらず、傷つくのだ。

 アリスは、良くも悪くも魔法使い向きの性格。

 部屋に籠もって、独りで黙々となにかにうち込むのが苦にならない。

 そうして、自分が好きでやっていることを否定されるのは、自分そのものを否定されているようで、とても嫌な気分になる。

 アリスが好きなこと、アリスが大事にしていることを理解できないのはしかた無いにしても、だったらせめて、ほっておいてくれればいいのに。

 アリスは、軽食と化粧を済ませると、コートとマフラーを装着して家を出た。

 冬の空気は冷たいけれど、澄んでいる。

 すーっと大きく空気を吸い込めば、淀みかけていた気持ちが清浄に近づいていく。

 ふわりと体を浮かせて空を飛ぶ。

 空に出ると、よりいっそう冬の風を感じることができた。

 寒いけれど、嫌では無い。

 幻想郷に越してきたときは、馴染めるだろうかという不安もあったが、この世界の空気は、けっこう肌に合う。

 都市開発が進んでいないから、文化水準は低いかもしれないが、自然が豊かなので、魔力を養うにはうってつけ。

(ここは、良いところだわ)

 この世界で、ひっそりと静かに暮らしていきたい。

 アリスは、そう願っていた。

 霊夢や魔理沙は、スペルカードで戦うことを想定して、訓練なんかをしているみたいだけど、アリスは、まったく興味が無かった。

 いちおう、アリスも人外の存在だから、怪異を起こそうと思えば起こせるかもしれない。

 でも、人間を脅かすつもりなんて、毛の先ほども無い。

 好きな人形たちに囲まれて暮らしている自分を、ほっておいてくれれば、それ以上に望むものは無いのだ。

 人間の里が見えてきたので、アリスは地上に降りた。

 幻想郷の住人たちは、誰かが空を飛んでいるくらいで驚きはしないけれど、あんまりおおっぴらに、自分は特殊な能力を持っていると見せつけるものではない。

 基本、幻想郷は、来るもの拒まずというスタイルらしいが、里は和風建築の建物ばかりで、人間たちは、和服を着ている人がほとんどだ。

 そこに、洋服を着たアリスが紛れ込めば、それだけで目立ってしまうのだから、悪目立ちする要素は、できるだけ潰したほうがいい。

「あーっ! 人形のおねえちゃんだ!」

「ホントだー!」

 里の子どもたちは、アリスを見つけるや、一斉に駆け寄って来た。

「今日も髪きれい……」

「ねー、いいよねー」

 女の子たちは、うっとりとアリスの髪に見惚れる。

 黒髪の人間だらけの里の中では、アリスの金髪は非常に人目を惹く。

 それはさながら、煌々とライトを点灯しながら歩いているに等しい。

「こ、こんにちは……」

 獲物を狩る原住民のごとく、ぶわーっとアリスの周囲に群がる子どもたち。

 穏やかな笑みで挨拶をしようとしたけれど、その勢いに、アリスは引いてしまった。

(子どもは、嫌いじゃないんだけど……)

 背丈の小さな子どもたちが、みんなで固まって、わらわらと動いている様は、アリスの家の人形たちを連想させて、かわいらしい。

 しかし、人形たちと違うのは、

「おねえちゃん。お人形見せてー」

 とこうして自己主張してくることである。

「ごめんなさいね。お人形劇は、また今度やってあげるから」

 今日は、別の用事で里にやって来ている。

 それに、劇をするには準備不足。

 アリスは、やんわりと諭したのだが、

「えーっ!?」

 子どもたちは、アリスを非難するような声をあげた。

(あっ……)

 そのときアリスは、気づいてはならない感情に気づいてしまった。


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