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(5)

 魔理沙は、両手で箒を握った。

 背後から霊夢が、札を模した弾を放ってくる。

「当たるかっ……!」

 ジグザグに飛行してそれを回避し、ぎゅうんと箒のスピードを上げる。

 妖怪にはおよばないけれど、人間離れしたスピードだ。

 風を切り、飛ばしに飛ばして霊夢をひき離す。

 帽子が飛ばないように片手で押さえながら、後方を確認すると、霊夢の姿が小さくなっていた。

 霊夢でも、魔理沙には追いつけない。

 自分は、霊夢よりも速い。

 霊夢よりも。

 そのことが、魔理沙に一時的な安息を与える。

 魔理沙は、スピードを緩めずに旋回した。

「いけっ!」

 左手を振るえば、色とりどりの星型の弾幕が放出された。

 まだ昼間だというのに、博麗神社の上空には、星空が広がった。

 霊夢は、不規則に動く魔理沙の弾幕を、一個一個、丁寧にかわしていく。

 そのため、霊夢の移動速度が遅くなり、ねらいがつけやすくなった。

(もらったぜ)

 魔理沙は八卦炉を構えて、霊夢に向けて閃光を放出した。

 間違い無く当たった。

 油断では無く、確信。

 霊夢が閃光に被弾する姿を、はっきりとイメージすることができた。

 だが。

 霊夢は、紙一重のところで閃光をかわしたのだ。

「なに!?」

 なんでいまのを避けられる。

(なんで……?)

 霊夢には、予知能力のような、特別な力が備わっているんじゃないか。

 そうでなかったら、いま起こった現象の説明がつかない。

「あっ」

 魔理沙があっ気にとられていると、目のまえに数枚の札が飛来していて。

 魔理沙の体に触れると爆散した。

「うわっ!」

 軽い衝撃はあるけれど、痛みは無い。

 箒から落ちそうになった魔理沙は、右手一本で箒にぶら下がり、境内に着地した。

「危ないところだったわ」

 同じく神社に降り立った霊夢は、涼やかに笑った。

 もう、何回も同じ台詞を聞いている。

 スペルカードルール施行を控え、霊夢と魔理沙はスペルカード戦の実戦練習を行っていたのだが、魔理沙は霊夢に負け続けだった。

「ひと息入れましょう」

 という霊夢の背中を、魔理沙は無言で追った。

 二人の勝負の星勘定は、霊夢の全勝で、魔理沙の全敗。

 惨めな結果だけど、勝負の内容だけ見れば、そこまで実力差があるようには感じない。

 ほとんど互角で、さっきの勝負のように、魔理沙にチャンスが訪れたことも、一度や二度では無かった。

 しかし霊夢は、紙一重のところで窮地をきり抜けて、魔理沙に競り勝ってしまう。

(もしかして、気を遣われてるんじゃ……)

 本当は、魔理沙なんて相手にならないけれど、圧勝してしまわないように、力を調節しているのではないか。

 魔理沙がそう不安になってしまうほどに、霊夢の強さの正体が見えない。

 それは、霊夢が持って生まれた才能ではないのか。

 天才だけが持つことが許される、独特の勘と、勝負運。

 霊夢がそんなものを持っていたら、持っていない自分は、どうしたらいいのだろう。

 魔理沙は、ポケットから白紙のスペルカードを取り出した。

 この白紙のスペルカードに、どんな絵を描いたらいいのか、そのイメージがぜんぜん湧いてこない。

 霊夢と手合わせをしているうちに、ピンとひらめくものがあるかもしれないと思って、実戦練習の相手を引き受けたが、逆効果になってしまった。

 負ける、というのは、自分を否定されることだ。

 それまでに魔理沙が築いてきた持論や、誇りや、信念を根底から覆されてしまうものだ。

(永遠に描けなかったらどうしよう……)

 魔理沙は、その不安に押し潰されないようにするので、精一杯だった。

 いるのかもしれない。

 天才ってやつが、いるのかもしれない。

 それも、目の前に。

 対等の仲だと思っていた霊夢が、まさに天性の才能を持っていたとしたら……。

(そりゃあ、この歳で博麗の巫女なんか任されるくらいだから、普通の人間とは違うんだろうが)

 そこの、「普通とは違う」というところと、「普通の魔法使い」との差は、努力で埋められるはずなのだ。魔理沙の理論では。

 実は、このスペルカードが、すでに完成されているとしたら?

 この白紙のスペルカードは、特別な才を持っていない、普通の魔法使いである魔理沙を表しているとしたら?

 心が弱気で満たされてしまいそうになる。

「今日も手合わせ? 精が出るわね」

「アリスか」

 そこに、バスケットを抱えたアリスが、神社の境内に降り立って来た。

 魔理沙は隠すように、白紙のスペルカードをしまった。

「そろそろお茶の時間でしょう」

「いつも悪いな」

 アリスは、ときおり博麗神社を訪ねて来るようになっていた。

 細かい気遣いができる性格のようで、霊夢と魔理沙がお茶をする時間を把握して、差し入れに、お菓子を作って持って来てくれる。

「今日はどうだった?」

「聞いてくれるな」

 魔法使い二人で並んで歩く。

「どうして……」

 肩をすくめて苦笑いする魔理沙とは対照的に、真顔になるアリス。

「どうして、そんなに負けられるの?」

 皮肉にも聞こえるが、純粋に気になって質問しているのだと魔理沙は思った。

「私だって、好きで負けてるわけじゃない」

「そうじゃなくて、もっと根本的な話よ」

 アリスがなにを聞きたいのか、魔理沙にはわからなかった。

 このとき、アリス本人も、なにに対して疑問を抱いているのか、わかっていなかったのかもしれない。

「負けって、自分を否定されることでしょう?」

「そうだな」

 負けという現象は、勝つために積み上げてきたものを、一瞬で崩してしまう。

 自分が積み上げてきたものを崩されるのを受け入れるのは、かなりメンタルにくる。

 現に魔理沙は、霊夢に負け続けて心が弱っている。

「だから言ったろ。好きで負けてるわけじゃないって」

 勝負の結果がどうなるかなんて、誰にもわからない。

 魔理沙にできることなんて、勝負が始まるまえに努力することだけだ。

(少なくとも、私には、そのくらいしか……)

 努力を積み上げるしか、できない。

 努力をしなくなったら、いよいよ魔理沙は、なんにも無い人間になってしまうから。

 そうなってしまうのが、怖いから。

 風が吹き抜ける。

 木の葉が舞った。

「だんだん、寒くなってきたな」

「そうね……」

 アリスの表情も、どこか冴えないように見えた。

 魔理沙の心ほどでは無いけれど。

(枯葉か……)

 どれだけ木の枝にしがみつこうとしても、季節が移れば枯れ果て、風に吹かれてどこかに飛ばされてしまう。

 一生懸命に努力を積み上げてみたところで、いつかは老いさばらえてやがて死ぬ。

 自分の意思とか、努力なんて、まったくの無力。

 自然の摂理。才能。天才。

 幻想郷という小さな箱の中で、自分の力ではどうしようもできないものに振り回されて、日々を消化していく。

 生きるっていうことは、そんな虚しいものなのだろうか。

(それが真理だとしても、私には……)

 これまで、信じて守り抜いてきたものがある。

 それを簡単に捨てることなんて、できない。

 見上げた秋空は、高い。

(空は、あんなに広くて高いのになぁ)

 いま、自分が生きている世界は狭い。

 世界は、こんなにも狭くて、つまらない。

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