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(3)

 その日の夜。

 霊夢は約束したとおり、自ら酒肴を用意した。

 水菜の浅漬け、おぼろ豆腐、川魚の素揚げ、だし巻き卵、鶏肉の煮もの……。

 スペルカードルール制定の労をねぎらうため、紫から、臨時に金子を与えてもらった霊夢は、ここぞとばかり、食費を気にせず材料をかき集め、腕を振るったのだった。

 ちゃぶ台に乗りきらないほどの料理に舌鼓を打ちながら、霊夢と魔理沙は、一升瓶の酒を飲み干した。

 明けて翌日。

 早朝、まだ太陽が昇るか昇らないかという時間に、霊夢は目を覚ます。そして寝間着のまま縁側に出て、朝の空気を吸い込むところまでが一つの流れだった。

 次に、つっかけを履いた霊夢は、拝殿へと歩みを進め、賽銭箱を覗き込んだ。これは、霊夢の朝の日課だが、賽銭箱の中身は、いつもからっぽだ。

 参拝しにくいうえに、頻繁に妖怪が出没する博麗神社。

 わざわざ、そんな神社にやって来て、賽銭を投げ入れて手を合わせようなんていう奇特な人間は、幻想郷には存在しないのである。

「お金、欲しいなぁ……」

 霊夢はさみしそうに、ぽつりと漏らした。

 からっぽの賽銭箱を覗き見て、天を見上げて軽い愚痴をこぼすのも、霊夢の日課だった。

 金が欲しい。だから博麗神社をもっと信仰して、賽銭を入れてほしい。

 それは、霊夢の切実な願いであった。

「俗な奴だなぁ。おまえ、本当に巫女か?」

 そこに、目を覚ました魔理沙がやって来た。

 霊夢の独り言を耳にして、呆れ顔であくびをした。

「そんなに贅沢がしたいのか?」

「そんなことは言ってないでしょ」

 昨夜のような贅沢は、たまにでいい。たまにだからありがたみを感じることができて、酒も料理も旨くなろうというもの。

 だから、生活水準は、いまのままでいいのだと霊夢は言う。

「じゃあ、なにが不満なんだよ?」

 いまの生活に不満が無いのなら、朝っぱらから愚痴をこぼすなんて、景気の悪い日課をこなすことは無いだろう。

「八雲一家に飼い慣らされてるような現状が、ちょっとね……」

 普通、宗教者に支払われるお賽銭やお布施というのは、施設の維持や、その施設に詰めている、宗教者の生活費に充てられる。

 だが霊夢の場合、生活費は藍が完璧に計算して支給してくれるし、施設が壊れたり、神具が不足していれば、やっぱり藍に相談すれば、すぐに対応してくれる。

 ということで、博麗神社には、お布施とか賽銭とかいうものが不要なのである。

「この仕組みって、表向きは、博麗の巫女が、仕事以外のことを考えなくていいようにっていう配慮だと思うのよね」

「そういう言いかたをするってことは、裏があると思ってるのか?」

「本当のところはわからないわ」

 賽銭やお布施などの収入が無く、生活費は八雲家頼り。

 ということは、博麗の巫女の生活は、八雲家に依存している状態だ。

 そこには、博麗の巫女を手のひらの中で飼い慣らしたいという、紫の思惑があるのではと考察することもできる。

「でも、きっとこれは、私のわがままなのよ」

 衣食住がそろっていて、生活に不満は無い。

 それでも、紫に縛られているような状態は、ちょっとだけ息苦しい。

 それは、霊夢の反骨精神とか、独立心がうずいているだけで、突き詰めたら、ただのわがままだ。

 お金が欲しい。

 自分だけのお金が手に入れば、巫女の仕事なんてほったらかしにして、自由に生きることができるから。

 そうして叶わぬ夢を想えば、自分の心も、多少なりとも落ち着く。

 だから霊夢は、今日も明日も、朝一番で愚痴をこぼすのである。

「興味本位で聞くんだが……」

「なによ?」

「もし、金が貯まったら、本当に巫女の仕事を辞めるのか?」

「あり得ないわね」

 紫は、霊夢の手綱をしっかりと握るべく、日夜、霊夢の生活を監視している。

 霊夢が、こっそりと自立のための金を貯めようなどと画策したところで、無駄も無駄。没収されるのがオチというものだ。

「いや、仮想の話で現実的な話をされてもな……。もしもの話をしているんだよ、私は」

 魔理沙が頭を掻きながら言うと、

「辞めないわよ」

 霊夢は、口調を強めて返した。

 その声に、魔理沙は面食らった。

 霊夢はそんな魔理沙を見やりながら、

「私は私を信じているから」

 と、力の籠もった言葉を発した。

 霊夢は自分を信じている。自分が選んだ道を信じている。だから自分に殉じるだけだ。

 それは、理屈じゃない。

 自分に殉じることで、裏目を引いたり失敗したりと、嫌な思いをすることもあるかもしれない。

 でも、そんなのは一時のこと。死にさえしなければ、人生は続いていく。

 長く続くこの道を、わたしとして生き、わたしをまっとうする。

「なんの縁があって、こうやって博麗の巫女をやってるか知らないけど、自分を貫いた先に、なにがあるのか見てみたいの。魔理沙じゃないけれど、ただの興味本位ね」

 霊夢は、

「ほんっと、しょうもないわね」

 自虐的に笑って言葉を締めたが、魔理沙は、表情を変えることも言葉を返すこともできなかった。

 霊夢とは、それなりに長い付き合いになるが、霊夢の内面を見たのは初めてだ。

 普段は、ぶちぶちと文句を言いながら仕事をこなし、隙があれば楽をしようとする。

 また、先ほどのように、金が欲しいだのと、およそ巫女としてあるまじき、俗っぽい言動を見せる。

 そんな霊夢の中に、ここまでちゃんとした持論があるとは、魔理沙は思ってもみなかったのだ。

「さて、朝食にしましょうか」

 霊夢はそう言って母屋へ向かい、魔理沙も後に続いたが、なぜだか、霊夢と並んで歩くことがためらわれた。

 自分と霊夢は対等。ずっとそう思っていたけれど、もしかしたら、思い違いをしていたのだろうか。

「魔理沙。どうかした?」

「い、いや……。なんでも無い」

 魔理沙は、本心からなんでも無いと思っていた。

 気にはなったけれど、紙に、わずかなシミができた程度のものだったから。

 だからこのときは、気にかけなかった。




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