(2)
弾幕遊戯決闘法。
公称、スペルカードルールは、霊夢が頭を悩ませた末に生まれたものだった。
決闘とは穏やかで無いように聞こえるが、あくまでもお遊びである。
なんといっても、人間に危害を加えないというのが絶対条件なのだから。
だから、この決闘で用いるのは、殺傷能力の無い弾と定めてある。
これで、人間が被弾しても、傷を負うことは無い。
「だけど、普通の人間は、弾幕を作ることすらできないだろ?」
「そうね。そこが悩みどころだったんだけど……」
霊夢は、ふっふっふと不敵に笑った。
決闘で用いる弾は、各々が持っている、特殊な能力を使って作ることになる。
妖怪は、妖力。魔理沙だったら魔力。といった具合に。
では、能力を持たない普通の人間は、決闘を挑まれたらどうするのか。
「この項よ!」
霊夢は、スペルカードルールを記した巻物を広げ、びしっと指さした。
「なになに? 〈美しきに勝るもの無し〉って、こりゃ、どういうことだ?」
「読んだままよ。単純に弾を打ち合うんじゃなくて、美しさも競うの」
「ほう?」
興味を惹かれた魔理沙は、ぐっと身を乗り出して、その一項に刮目した。
魔理沙の頭の中では、決闘とか弾とかっていう単語から、ガンマン同士が銃を打ち合うようなイメージが浮かんでいたが、スペルカードルールは、そうした殺伐とした行為とは一線を画しているようだ。
「だから、特殊な能力の無い者は、自分の得意な芸を披露すればいいの。踊りでも、あやとりでも、なんでもいい。対戦相手を感動させたら勝ち」
「はははは! なんだそりゃ!?」
魔理沙は高らかに笑った。
よくもまぁ、そんな法をひねり出したものだ。
「花火よ」
「花火……、そういやおまえ、夏祭り以降、留守がちになってたな」
「紫と、スペルカードルールの細かいところを詰めてたのよ」
霊夢は、夏祭りの打ち上げ花火で、みんなが感嘆しているのを見てヒントを得た。
神社に帰って来た霊夢は、すぐにスペルカードルールの草案を練り、紫に提案した。
その日は徹夜で筆を走らせ、いつの間にか朝になっていたという。
「こんなに、なにか一つのことに熱中したの、初めてかもしれないわ」
「発想に羽が生えたら、あとは昇華させるための方法を考えるだけだからな。その方法を考えるのがまた楽しい。夢中になるのもわかるぜ」
二人は、愉快そうに笑った。
スペルカードルールが施行されれば、妖怪は、気軽に怪異を起こすことができる。また、殺傷能力の無い弾を使用することで、人間に危害を加えることも無い。
特殊な能力を持っていない、普通の人間をどう守るか。
そこが一番の悩みの種で、そこがスペルカードルールの肝になった。
美しさを競い合う。
人間と妖怪が血生臭い争いを続けていた時代には、考えられなかったことだろう。
安定期に入りつつある幻想郷には、ぴったりな法と言えるかもしれない。
ひとしきり、笑い合ったところで。
「だが霊夢。知能の低い妖怪はどうする」
魔理沙は、スペルカードルールの抜け穴を突いた。
霊夢の顔から笑みが失せた。
「それは、私も紫も危惧しているところよ」
湯飲みを置いて、居間の外を見る。
霊夢が、スペルカードルール作りに奔走しているうちに、幻想郷には秋が訪れていた。
博麗神社を囲んでいる木々の葉は色づき始め、涼やかな秋風が、赤や黄に染まった葉をさらっていく。
里の水田は稲穂を実らせ、原っぱにはススキが生い茂っていた。
博麗神社から見下ろした景色には、金色が広がっている。
のどかで平和な田舎にしか見えない幻想郷だが、まだ、凶暴な妖怪が根絶されたわけでは無い。
知能が低く、他者を傷つけることしかできない妖怪は、スペルカードルールを理解できないだろう。
それに、先だって異変を起こした吸血鬼男爵のように、力づくで幻想郷を支配しようと考える者は、スペルカードルールを守るはずが無い。
この法は、ルールの下で決闘をするという合意があって、初めて成立するのだ。
「紫と、罰則を設けるべきかっていう議論もしたんだけどね……」
知能の低い妖怪は、そもそも、スペルカードルールを理解できないのだから、罰則なんて脅しにならない。
力づくで幻想郷をどうこうしようとする輩は、罰則が怖くて革命ができるかっていうノリなのだから、効果が無い。
「それに、このルールは、幻想郷が平和になりつつあることの象徴なのよ」
だから、スペルカードルールを守らない者がいることを想定するべきでは無いと、霊夢と紫は判断したそうだ。
「良心任せの法ってわけか」
ふーむと魔理沙はうなった。
「ルールは、いつから適用されるんだ?」
「この秋のうちに公表して、冬から試行されることになるわ」
「うむ……。どうなるかな……」
おもしろい試みだとは思うが、その実は脆い。
はたして、スペルカードルールは、幻想郷の新しい秩序として定着するのだろうか。
「分岐点がくると思うのよね」
「うん?」
「決断するときって言ってもいいかもしれないわ。右に行くか、左に行くか。正解が見えない状況だけど、一つの道しか選べない。そんなときがくるような気がするの」
「なんでそう思うんだ?」
霊夢は縁側に出た。
魔理沙もつられて縁側に立った。
ちらりと霊夢の横顔を見る。
霊夢の瞳は、先の出来事を予見することができるとでもいうのだろうか。
「ただの勘よ」
「あのなぁ」
魔理沙は、かくんと膝を折った。
霊夢の予言は、根拠があるわけでも、特別な能力に依るものでも無かったらしい。
「でも……」
霊夢は、秋空を見上げた。
「この勘には、自信があるの。きっとどこかで変化が訪れる。そのときを見誤らないようにしないといけない」
幻想郷を見守っている、博麗の巫女だから感じとれることがある。
霊夢は、確信めいた声色で言った。
「具体的にはどうするんだ?」
ずいぶんと自信があるようだが、霊夢の言うことは抽象的で、雲をつかむようにフワフワしている。
もっと、はっきりとした形で提示してもらわないと、話にならない。
「まぁ……、さしあたっては……」
居間に戻った霊夢は、押入れを開けた。
「これ。でしょうね」
その両手には、酒瓶が抱かれていた。
果報は、酒を呑んで待つべし。
それが幻想郷流なのである。




