表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

(5)

「やあ霊夢。よく来たね」

 藍が出迎えてくれた。

 目のまえには、家族の憩いの空間が広がっている。

 キッチン、テーブル、足の長い椅子。

 博麗神社のそれとは正反対の、西洋風の居間リビングだった。

 霊夢がそこに足を踏み入れると、虚空にぽっかりと開いていた穴が閉じた。

 紫の能力だ。

 霊夢は、この穴を通ってここにやって来た。

 紫の能力は、スキマと呼ばれる空間を操ることで、ありとあらゆる場所に、即座に移動したり、他人を移動させることができる。

(便利は便利なんだろうけど……)

 良い気分はしない。

 なぜなら、意味がわからないからだ。

 射命丸のように、高速で移動し、目的地に到達するまでの時間を短縮させるならわかる。

 でも紫の能力は、一瞬のうちに、自由自在にその身を移動させる。

 どういう原理が働いているのか、まるで理解できない。だから気持ちが悪い。

 紫の腹の底と同じだ。

 なにを考えているのか、本音がどこにあるのか理解できない。

 だからあいつは気味が悪い。

 あるいは、そうやって他人を気味悪がらせることで、ミステリアスな自分を演出しているのだろうか。

「紫は?」

「じきにお見えになるよ。かけて待っておいで」

 霊夢は曖昧にうなずいた。

 紫は、霊夢が汗を拭き終えて、家にやって来たことを知っているはず。

 至急の用事があると言うから、楽しみにしていた水風呂を我慢して来てやったというのに、客人を待たせるとは何事か。

 内心は、カッカと気が立ったていたが、表情を変えずに椅子に座った。

(紫の目的はなにかしら……?)

 霊夢に嫌がらせをして、反応を見て楽しもうということなのか。

 または、霊夢の、人間として度量を試しているか。

 もしくは、他になにかねらいがあるのか……。

 紫の意図がはっきりするまでは、腹の内は見せないでおくに限る。

 テーブルに、お茶と菓子が置かれた。

 霊夢は、茶の香りをよく嗅ぎ、唇の先でだけ味わい、変な匂いがしないか、変な味がしないかを確かめてから、喉に通した。

「霊夢。妖怪だって、傷つくんだぞ」

 せっかく茶を出したのに、そうも警戒されては、もてなす側としてはさみしい、と藍は眉をひそめた。

「私なりに、妖怪に畏怖を抱いているつもりだけど?」

 妖怪とは、元来、狡猾にして残忍。

 己の欲求を満たすためなら、平気で人間を欺き、害する。

 藍は、霊夢に対して好意的だけど、紫になにかを命じられたら、従わざるを得ない。

 仮に、この後、紫となにかを話し合うとして、お茶の中に、微量のしびれ薬や睡眠薬を投与しておけば、霊夢の思考を鈍らせることができ、紫は、優位な立場で交渉を行うことができる。

 妖怪は、そのくらいのことをしても、心が痛まない。まして、あの紫なら。

「紫様も大変だな……」

「なんでよ?」

「好き好んで、他人に嫌われたいと思う者なんていないよ。それは、妖怪も人間も変わらない」

「はぁ?」

 なにを言っとるのかわからんと、霊夢が首をひねったとき、ドアが開いた。

「いらっしゃい。霊夢」

 紫だった。

 ゆったりと歩いて、霊夢の対面に座る。

 まったくの同時に、紅茶が置かれる。

 藍の職人芸である。

 淀みの無いしぐさで、紫は口元にティーカップを運んだ。

 霊夢は身構えていた。

 先日、紫に依頼された件。妖怪が人間に危害を加えず、かつ、怪異を起こしやすくする方法は、まだ思いついていない。

 十中八九、それを責められると思ったからだ。

 紫はティーカップを皿に置いた。

 かちゃん……。

 陶器が陶器に重なる音だけが響く。

「ちょっとしたお願いがあって呼んだのだけど……」

(なに……?)

 霊夢は肩透かしを食らった。

 紫は、先日の件には触れてこなかった。

「そんなにたいしたことじゃないのよ?」

 などどぬかし、憎らしいほど美しい顔で笑っている。

 白々しいことこの上なし。

 たいしたことだから、たいしたことじゃないと言うのである。

(まためんどうごとを押し付けられるのね……)

 うんざりするけれど、ひき受ける他に無し。

 この日の紫は、不自然なほどに、先日、霊夢に依頼した件のことを口にしない。

 こないだの件を解決できていないことを不問にすることで、霊夢が、ちょっとしたお願いとやらを断れないようにしているのだ。

 いやはや、見事な腹黒ぶりである。

 霊夢は、ヤケ酒でも呷るように、ぐびーっと茶を飲み干した。

 茶に薬を投入する必要など無かったのだ。

 今日は最初から、霊夢の負けが確定していたのだから。

 神社に戻って来た霊夢は、顔から突っ伏して寝転がった。

 慣れ親しんだ畳の香りが、妙に愛おしい。

(たいしたことじゃない。か)

 そんなはずは無い。

 たいしたことだから、たいしたことじゃないなどと言って隠すのだ。

 このときの霊夢の直観は、あまりにも的を得ていた。

 だから、その奥にあるものに気がつくことができなかったのだ。





                      ※





「うわはははは! 馬子にも衣裳ってのはこのことだな!」

 霊夢の姿を見るや、魔理沙は腹を抱えて笑った。

 大音声での笑い声だったが、喧騒にかき消されて、目立つことはない。

 子どもも大人も屋台に群がり、各々、買いものを楽しんでいる。

 辺りには、焼きそばや焼き鳥の匂いが漂っていて、それをつまみに酒を呑んでいる者もいる。

 普段は里の中で営業している居酒屋の何件かは、掘っ立て小屋を建てて、霧の湖のほとりで店を開いていた。

 すでに出来上がった酔っぱらいたちが、魔理沙以上に大きな声で笑っている。

「う、うるさいわね……。あんまりじろじろと見るんじゃないわよ」

 祭りの当日、霊夢は約束どおり、結子のお下がりの浴衣を着せてもらった。

 淡い水色の浴衣に、上品な藤の花の髪飾り。

 いつもの霊夢の印象とは、まったく違う装いだったが、着るものが変わると言動にも変化が生じるのか、大笑いする魔理沙を叱りつけることも無く、おしとやかに恥じらっていた。

「いやいや。これでけっこう似合っているじゃないですか」

 浴衣姿の霊夢を撮影する射命丸。

 右腕には、撮影班という腕章を付けている。

 新聞のネタを納めるために、カメラを扱っていることから、祭りの撮影を任されたようなのだが……。

「さぁて! 次はどの屋台を回りましょうか!?」

 射命丸は、ひょっとこのお面をかぶり、ヨーヨーと金魚が入った袋をぶら下げている。

「おまえ、めちゃくちゃ楽しんでるな……」

 実務的な運営係でないのをいいことに、射命丸は普通にお祭りを楽しんでいた。したたかなことだ。

「魔理沙」

「ん?」

「あれ」

 霊夢は顔を振って、あごだけでそれを指し示した。

 途端に、魔理沙の顔が不快感で満ちる。

 そこでは露店が開かれていて、中年の男が、魔法に使う道具や、宝石を売っていたのだが、一人の女性客と、なにやらもめている。

「霊夢、射命丸、任せた」

 魔理沙は露店に背を向けて、人混みの中に隠れた。

「えーと。どうかされましたか?」

「なんだぁ!? 関係の無い奴ぁ引っ込んでろ!」

 いきなり喧嘩腰である。

 酒でも食らっているのかと思えるほど、顔が赤い。

 射命丸は、お面を外した。

「こう見えましても、私、運営側の者でして……。お話、うかがいたいのですが……」

 妖怪の山の烏天狗である証拠として、閉じていた黒い羽を広げて見せれば、男は舌打ちをして、

「この嬢ちゃんが、うちの売りモンにいちゃもんをつけてきやがったんだ!」

 ぎゃあぎゃあとわめく。

 その声は、祭りの喧騒の中でも悪目立ちした。歩いていた人間たちは、なにがあったのだろうと、遠巻きに見物していた。

「ですが、このお店の売りものには、魔力を感じません」

 ブローチを手に取り、その女性は言い切った。

 西洋の生まれなのだろうか。綺麗な碧眼の持ち主だった。

 魔理沙と同じく金髪だが、魔理沙とは違い、髪の手入れが行き届いていて、絹のような艶があった。

「うるせぇぞ! おめぇみてぇな小娘になにがわかる!」

 霊夢はびくっと体を震わせた。

 男の怒気にではなく、女性客の気配にだ。

 穏やかに笑ってはいるが、空気が暗い。

「天狗様。こいつぁ営業妨害です」

 これじゃあ商売になりませんよぉと、強い者を選んで媚びてくる男を、射命丸は軽蔑したが、

「うぅむ。水掛け論ですねぇ……」

 運営関係者という立場上、中立を守らねばならなかったので、困ってしまった。

 魔術とか魔力とかいうのは、専門家にしかわからない。

 霊夢も射命丸も、特殊な力を持っているので、このお店の売り物から、うっすらとした違和感を感じとることはできる。

 それに、店主が不必要に騒ぎ立てているのも怪しい。やましいことが無いならば、もっと落ち着いていられるはずだ。

 といって、確証は無い。

 魔法使いである魔理沙がいれば白黒はっきりするのだろうが、彼女はどこかに隠れてしまった。

「いえ。大丈夫よ」

 霊夢は、やけに自信ありげに言う。

「ね。そうでしょう?」

 女性客の肩に手を乗せ、機嫌の悪い子どもでもあやすように、明るく笑う。

 それで、彼女の暗い気配が和らいだ。

「ええ」

 霊夢と笑みを交換する。

「私、魔女なので」

 目を細めて笑う彼女の肩に、霊夢は右手を置き続けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ