表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

(4)

 霊夢は、境内の掃き掃除をしていた。

(空、少しだけ高くなったかしら?)

 掃き掃除の手を止めて、右手で陽の光をさえぎりながら、幻想郷の空を見上げた。

 今日も太陽が、ギラギラと地面を照りつけ、蝉たちは、耳が痛くなりそうな大きな声で鳴いている。

 しかし、よくよく注意をして見てみれば、なるほど、たしかに空が、昨日よりもわずかに高い。

 遥かかなたからだけど、秋の足音が聞こえてきそう。

 幻想郷の東の果て、小高い丘の上に、博麗神社は建っている。

 丘の上からは、人間の里を一望することができた。

 博麗の巫女は、代々、この神社で季節の変化を感じながら、幻想郷を見守ってきたのだ。

(なんていうのは、おおげさか)

 博麗の巫女の仕事は多岐にわたるけれど、神社に詰めているのが仕事のようなものだ。

 こないだ、紫も言っていたが、幻想郷を覆っている博麗大結界の源は、博麗の巫女。

 だから極端な話、霊夢はここで、普通に生活をしてくれればいいのだ。それで、幻想郷は維持されるのだから。 

 ひととおり、境内の掃き掃除は終わった。

 陽は、まだ高い。

 かすかに秋の足音が聞こえてきたとはいえ、夏の太陽はまだまだ健在。

 今日も、非常に暑い。

 霊夢は、生活用水をくみ上げるための井戸と、参拝客が手を洗うための手水舎てみずしゃが併設されている、東屋の中に入った。

 日陰に入ったからといって、体感温度が劇的に変化するわけでは無いが、手水舎から流れる清らかな水の音が、心に涼風を吹かせる。

 無論、この手水舎を利用して参拝をする者は、今日も0人である。

 手の甲で、額に浮いた汗をぬぐってから、力を込めて、井戸のポンプを押した。

 地下から水が汲み上げられて、新鮮な冷水が、石の水槽に溜まる。

「いい時代になったわねぇ」

 しみじみと言う。

 以前は、桶を井戸の中に入れては汲み上げ、入れては汲み上げを繰り返して、ようやく水を貯めることができた。

 しかし、妖怪の山の河童が、井戸の改良を施してくれたおかげで、ポンプを押せば、一気に水が流れてくるようになった。

 どういう原理かは知らない。

 ただし、河童たちの魂胆は知っている。

 三日後に行われる夏祭りと同じだ。

 先の吸血鬼異変に、まったく関与できなかったので、霊夢の心証を良くしておきたい。といったところだろう。

 露骨な賄賂だ。

(ま。生活が便利になったから、文句は無いけどね)

 霊夢は、桶を水で満たし、再び日なたに出た。

 柄杓で水をすくい、地面に打つ。

 太陽に熱された石畳の石から、むわりと湯気が立って、すぐに消えた。

 桶がからになったら、また水を汲みなおして地面に打つ。

 それを、無心で何回も繰り返す。

 今日は、里には行かない。

 正確には、結子には会いに行かない。

 そう決めていた。

 なぜならば、三日後に、浴衣を着付けてもらうために家を訪ねるから。

 霊夢はそうして、上手く(いっているかどうかはわからないが)間を開けて結子を訪ねるようにしていた。

 それは、本心は毎日会いたい。

 結子と会うにつれ、その想いはさらに強くなっていく。

 最近などは、毎日毎分毎秒会いたいと思うようになってしまった。

 完全に中毒症状である。

 それだけ霊夢は、結子に惹かれていた。

 でも、連続して会いに行くのは自重。

 会いたい欲求を殺して、ぐっと我慢。

 衝動のままに行動するなんて、子どもみたいだから。

(それに、毎日会いに来られたって、結子さんも迷惑だろうし……)

 霊夢は、ぴちゃりと水をまいた。

 いや、もしかしたら、いまのペースで会いに来られるのも迷惑かもしれない。

 結子は人が善いから、いつ訪ねて行っても、笑顔で出迎えてくれるはずだ。

 でも内心は、迷惑かもしれない。

 と考えると、足を里に向けるのがためらわれる。

 あの人に、嫌われたくない。

 あの人を失いたくない。

 あの人の愛情を貪りたい。

 どこからともなく、やや穢れた欲情がやって来る。

 それを祓うように、霊夢は柄杓を振って水をまいた。

 なんてわがまま。

 衣食住が満たされ、果たすべき役割を与えられているというのに、この上、まだなにかを欲するのか。

 なんてわがままなんだろう。

 霊夢は自分に腹が立った。

 桶がからになったので、水を汲みに戻った。

 すると、めずらしく手水舎を利用している客がいた。

「あらあら。いい御身分ね」

 苛立っていたこともあって、嫌味な言いかたになった。

 しかし客人は、霊夢の嫌味なんて気にせず、手水舎の中をすいすい泳いでいる。

 霊夢はそれを、柄杓ですくった。

「こちとら勤労に勤しんでるってのに、涼しい場所で遊泳なんて、うらやましい限りだわ。殿様蛙に改名したらどうかしら?」

 柄杓の中を覗き込むと、そこには、一匹の雨蛙がいた。

 肌の乾燥は命取りとばかり、水を求めてやって来たのだろう。

 霊夢は、柄杓の水ごと、蛙を日なたにほっぽり投げてやろうかと思って、やめた。

 さすがに大人気が無い。

 蛙を手水舎に帰してやる。

 大人気が無い。大人気が無い。大人気が無い……。

 子どもみたいなことをしたくない。

 どうも近ごろは、大人気が無いとか、子どもみたいなことをしたくないとか、そういう言葉に縛られている気がする。ゴミ箱のゴミを踏みつけて奥におしやるように、この呪文にも似た言葉で、自分の気持ちを抑え込むことが多い。

 そうやって押し込めたところで、ゴミ箱の底で、気持ちが膨らんでいくだけ。なんの解決にもなりゃしないのに。

 なにかこう、溜め込んだ気持ちが無くなる、スカッとするような気分転換は無いだろうか。

「そうだわ」

 水の中を悠然と泳いでいる蛙を見ていて、霊夢は思いついた。

 ぱちんと指を鳴らすと、さっそく桶に水を入れて、母屋へと向かう。

 母屋から帰って来ると、また桶に水を入れて母屋へ。

 そうしているうちに、首筋がじっとりと汗で濡れた。

「水風呂で汗を流すために汗をかいてたら、本末転倒な気がするけど……」

 自分の行動に、自分でツッコミを入れる。

「でも、これはあれよね。冷たいお酒を美味しく呑むために、運動して汗をかくのと同じよね」

 自分の行動を自分で肯定し、弾む足どりで脱衣所に入る。

 独り暮らしをしているせいで、独り言が多くなる霊夢であった。

「さーて、水風呂水風呂―」

 霊夢は、交差させた両手で上着をつまみ、脱ぎ始めた。

 おへそと、きゅっとくびれたわき腹が顔を出したそのときである。

 誠に残念ながら、脱衣の手が止まった。

 原因は、籠の中に入っていた一枚の紙である。

<至急、お会いしたく候 八雲紫>

 簡潔な一文だったが、霊夢を激情させるには充分だった。

 ここにこの走り書きが入っているということは、霊夢が風呂場に来ることを予見していたか、あるいは、どこかで見ていたか。

 どっちにしても、霊夢が苦労して水を貯めていることも、風呂に入ろうとしていたことも、知っていたというのは間違いが無い。

 なんと意地の悪い。

 風呂に水を貯めるまえに知らせてくれれば、こんなに汗をかくことは無かったのに。

 ぐわっと頭の上まで籠を持ちあげた霊夢は、それを床に叩きつけてやろうとして、自重した。

 現在、紫に対しては、若干の引けめがある。それを突っつかれたらたまらない。

 先方が会いたいと言ってきたならば、おとなしく従ったほうがいい。

 怒りを鎮めた霊夢は、

「汗くらい拭かせてちょうだい。そのくらいならいいでしょう?」

 どこかに向かって言う。

 すると、どこからともなく紙が舞い落ちてくる。

 指と指で挟んで受け取ったその紙には、<承知オッケー>とだけ書かれていた。

 どこでどうやって霊夢の生活を見張っているのだろうか。

 気にはなるけれど、追求はしない。

 その真相を知るのは、とても気味が悪いような気がするからだ。

(世の中、知らなくてもいいなら、知らないほうがいいこともあるのよね)

 と思いつつ、その澄んだ瞳は真実を見つけようとしてしまう。

 めんどうくさい体を授かってしまったものだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ