(3)
「霊夢ちゃんも、たまにはおしゃれをしないとね」
結子は言うけれど、それは口実にすぎない。
「髪飾りもあるわよっ」
この衣服が、霊夢に似合うかどうかなど、どうでもいい。息巻いて、藤の花の髪飾りを見せつけてくる結子が、霊夢の着せ替えをしたいだけなのだ。
(これを私に着ろ。と……?)
なんて恐ろしいことを言い出すんだ。
霊夢はごっくんと唾を飲み込んだ。
落ち着いた色の浴衣と、気品漂う藤の花の髪飾りは、結子が身に着けるためにこそ存在している代物だ。
霊夢が着たところで……。
「きっと似合うわよ」
いや冗談だろオイ。
絶対、似合わない。
似合うわけが無い。
霊夢は固辞したかった。
だがこれは、祭りに行くことができない結子の、ささやかな楽しみなのだ。
上機嫌で浴衣を広げている結子を見るにつけ、嫌ですとは言えなかった。
「あっ。私、着付けができないんですよ」
でも霊夢は頑張って抵抗した。
「大丈夫よ。私がしてあげるから」
でも無駄だった。
結子は目をキラッキラに輝かせている。
これでどうして、拒否することができようか。
「よ、よろしくお願いします……」
石のように、カチコチに固まりながら頭を下げると、
「ふふふ。任せておいて」
結子は、本当に嬉しそうに笑んだ。
(お下がりかぁ)
考えただけで、背中がムズムズして、ちょっぴり居心地が悪い。
でも、嫌かというと、そうでも無い。密かに楽しみにしている自分もいる。
恥ずかしいという感情とは、また違ったもののように思えた。
(変な感じだわ)
それは、霊夢が生まれて初めて味わうものだった。
「なんだかこそばゆいわ」
「えっ?」
「初めてなのよ。お下がりをするの」
「そうなんですか」
この感触を味わうのは、結子も初めてなのだと知ると、強張っていた体から力が抜けていった。
「ええ。私は一人っ子だったから」
兄妹や姉妹で、同じ服を着るということをしてこなかったそうだ。
だから、いつかはやってみたいと、憧れていたようだ。
「霊夢ちゃんは……」
結子は、口から出かかったものを引っ込めた。
出自とか、家族のことなんていうのは、与太話程度のものだ。だから、つい軽い気持ちで聞こうとしただけだ。
それをわかっているから、霊夢も、結子のことを責める気持ちにはならない。
けれど。
(口に出してもらったほうが、良かったわ)
結子が言葉を引っ込めたということは、それを軽々しく聞いてはいけないと判断したからだ。
そこは霊夢の泣き所で、触れてほしくない部分なのだと結子は知っている。
だから聞くことをしなかった。
気遣ってくれるのはありがたい。
だけど、同情されたみたいで虚しい。
結子が、霊夢に贈ってくれる好意に、同情という成分が含まれているのが、嫌だ。
結子が贈ってくれる感情は、純潔であってほしい。
(私、わがままなのかしら……?)
動機がどうであれ、結子は、霊夢を好きだと言ってくれた。
それで充分と思えない自分が、すごく未熟な存在のように思えた。
「そろそろ、帰ります」
結子に顔を見られないようにして、霊夢は帰路につこうとした。
たぶん、いまの霊夢は、あまり良い表情をしていなから。
「霊夢ちゃん。怒ったのなら、ごめんなさい」
(あー……。しまったなぁ……)
顔を見せないようにしたことで、かえって結子の気を揉ませてしまった。
振り返って、霊夢は、
「大丈夫ですよ。気にしていません」
懸命に表情を緩めた。
鏡が無いから、ちゃんと笑顔を作れていたか、不安だった。
妖怪相手なら、上手いこと表情を操って、巧みに立ち回ることができるのに。
結子をまえにすると、言動がぎこちなくなる。
結子の言動に裏表が無いので、それにつられてしまう。
表に出さないように努めている、弱い部分が出てきてしまう。
あまり向き合いたくない霊夢の弱点を、結子は映し出してしまうのだ。
それなのに。
「それじゃあ、またね」
と言われれば、
「はい」
という言葉が、自然と喉から湧き出てくる霊夢なのだった。
※
(解せないわ)
自分のことが、わからない。
結子と一緒にいるとき、自分は、自分で無いようだ。
結子と出会わなければ、味わうことが無かったであろう感情を味わうハメになってしまう。
それがまた、どう処理して良いかわからないものばかりなので、困惑してしまう。
それでもやっぱり、また結子に会いたいと思う。
そんな自分が理解できず、頭を整理しようと、空を飛ばずに歩きで博麗神社に戻っていた。
人里から出ると、あぜ道が伸びていて、道の両脇には、畑や畜産場がある。
大人たちが、里の人間の糧となる、農作物や家畜を育てるために、この暑い中、せっせと働いて汗を流している。
霊夢を見つけると、作業の手を止めて、手を振ってきた。
里の大人たちに、丁寧に頭を下げて応じる。
その霊夢の横を、子どもたちが走り抜けて行った。
大人たちが働いているのを尻目に、追いかけっこをして遊んでいた。
(のんきなもんね)
まだ体幹がしっかりしていない幼子は、風に吹かれた夏草のようにゆらゆら揺れて、いまにも転びそうになりながら走っている。
それを大人たちは、作業をしながら見守らないといけない。
大人たちの気苦労を、あの子たちはわかっているだろうか。
わかっているはずが無い。
子どもたちは、必死になって、脇目も振らずに遊びに夢中になっているのだから。
「子どもか……」
いよいよ周囲には、野っ原しか見えなくなった。
人気が無くなったのを見計らったように、霊夢は独りごちた。
霊夢は、子どもが苦手だ。
必要も無いのに、大きな声で話すからうるさい。
見ていて危なっかしい。
他人の気遣いや気苦労のありがたみを理解していない。
こっちが許可していないうちから距離を詰めてくる。
等々。
理由は数多くあるが、要は、生理的に受けつけないのだ。
「子どもかぁ……」
霊夢の独り言を、青々とした草だけが聞いていた。
霊夢は子どもが苦手だけど、目下、霊夢と結子をつないでくれているのは、子どもだ。
結子が体内に子どもを宿しているから、様子を見に行くという口実を使い、結子と会うことができる。
もし、結子が無事に出産したら……。
「いけないわね」
良からぬ感情が胸をよぎる。霊夢は首を振って、それを追い出した。
「やっぱり、私はわがままなのかしら?」
口をぱくぱくと激しく上下させて、餌をせがむひな鳥のように、愛情が欲しくて欲しくてたまらない。
だから、足しげく結子のところに通ってしまう。
でも、結子を出産を終えたら、霊夢に贈られていた愛情は、産まれた子どもに向けられることだろう。
それが気に入らない。
結子の愛情は、自分だけが独占したい。
こんな身勝手なことを考えてしまっていいのだろうか。
夏草たちが揺れている。
霊夢の独り言を肯定して、うんうん、あんたはわがままだよと、うなずいているように見えた。
それにムカついて、神社に帰る足どりが早くなる。




