(2)
「企み……、とおっしゃいますと……」
霊夢と視線を交えぬようにしながら、とぼける文。
霊夢は、じぃと新聞に瞳を向けている。
「それじゃあ、お伝えしましたからね」
と、新聞をしまおうとする文の手を払う。
「新聞はいらないって言ったじゃないですか」
「なにを企んでるのよ」
とうとう霊夢の瞳が、文のほうを向いてきた。
人外の身である文ですら、その視線をまっすぐに受け止めることができない。
こういう視線のことを、刺すようなとか、射貫くようなとかいうけれど、霊夢のそれを形容するには迫力が不足している。
淀んだ湖でも、底の底まで見とおしてしまいそうなほどの瞳。
考えていることを、どれだけ巧妙に隠しても、どれだけ胸の奥にしまおうとも、見抜かれてしまうのではないかと思えるほど、澄みすぎた瞳。
当代の博麗の巫女は、そんな眼を持っていた。
「や、やだなー。そんなに人を疑ってばかりいたら、紫さんみたいになっちゃいますよ」
はははと乾いた笑いでごまかそうとする文だが、霊夢は甘く無い。
「妖怪が、無償で人間のために働くはずが無いわ」
自信をもった口調で言い切る。
妖怪は、人間の欲を刺激し、あるいは満たし、その後に、なんらかの危害を加えてくるのだと、相場が決まっているのだ。
「そ、そんなことはありません。妖怪の山は、こないだの異変でなにも貢献できませんでしたから、せめてもの罪滅ぼしにと……」
「ははぁん。そこが急所ね」
「ぐむ……」
文は口を結んだ。
神社の居間に、静寂が訪れる。
「どういうことだ、霊夢」
たまりかねて、魔理沙は聞いた。
「おおかた、里の人たちの目を逸らそうっていう魂胆でしょ」
にやりと文を見る。
文はなにも言わない。
なにか言えば、かえって霊夢に推理材料を与えることになってしまうからだ。
「妖怪の山は、こないだの異変に関与しなかった。だから、裏で吸血鬼とつながってたんじゃないかって、邪推する人もいるの」
それで魔理沙は得心した。
「里の人間たちの感情を和らげようってねらいか」
「そ。祭りっていう娯楽はね、大衆を飼い慣らす道具としてうってつけなのよ」
「嫌な人間ですねぇ……」
うんざりと、文。
「祭りをやるって言ってるんですから、素直に乗っかって楽しめばいいじゃないですか」
「そうだな。文の言うことにも一理あるぜ」
祭りの主催者の魂胆なんて、どうでもいいと素通りするのが普通だ。
純粋に祭りを楽しみにすれば良いものを、霊夢は、主催者の、しかも妖怪の心の底を見透かそうとする。
ひねくれているのだ。
「紫さんもおっしゃってましたけど、霊夢さん、貴女ちょっと、かわい気っていうものが無さすぎですよ」
人間らしくも無い。と文は唇を突き出した。
「そんなものが、博麗の巫女を務めるのに必要とは思えないけどね」
しかし涼やかに受け流す霊夢。
(わからないんだよなぁ……)
あまりやる気があるように見えないのに、職務が最優先。
霊夢のこういうところも、イマイチ解せない魔理沙である。
「まぁいいわ。人間をどうこうしようっていうんじゃないなら、私の出番は無いだろうし。でも、当たりの入ってないクジ引き屋とか、絶対に景品が落ちない射的屋とか、アコギな商売をするんじゃないわよ」
「しませんよ。妖怪の山は、公正公平がモットーです」
「どうだか」
「そういう霊夢さんこそ、どうせ当たりクジは入っていないとか、射的の景品は落ちないようになってるとか、野暮なこと口走って、みんなの盛り上がりに水を差さないでくださいよ」
「言いかねんな」
魔理沙は、忍びながら笑った。
「好き放題言ってくれるわね」
「だって、霊夢さんですし……」
ねぇ、と、魔理沙と文はうなずき合う。
「私だって、見えたくて見えるわけじゃないのよ」
見ざる言わざる聞かざるとの格言があるが、真実とか本質とか、根っこの部分を見ずに済むならば、それに越したことは無い。
霊夢の立場になってみれば、
「めんどくさいったらありゃしないわ」
ということになる。
なぜなら、それが見えてしまうからには、なにかしらの対応をして、昇華する必要があるから。
人間にしろ妖怪にしろ、心の中にとり込んだことを、放置してはおけないのだ。
「そうは言いますけどね。妖怪の魂胆を暴くなんて、普通の人間の所業じゃないですよ」
まともな神経をしている人間ならば、恐ろしくて、妖怪の心の奥を覗くなんてことはしない。
文のそれは、まったくの正論なのだが……。
霊夢は、あら? とかわいらしくほほ笑む。
「だって私は、博麗の巫女だもの。普通の人間と一緒にされたら困るわ」
文は、今度こそ本当に閉口した。
そこそこ長いこと生きてきたが、呆れてものが言えなくなったのは、初めての経験だった。
※
「お祭り、楽しそうね」
と、結子は純粋に、心を弾ませている様子。
こういうのが、文が言ったところのかわい気だ。
主催者の魂胆がどうだとか、そんなことは考えていない。
(幸せそうだなぁ……)
見なくてもいいものを見ないから、そうやって穏やかに笑っていられる。
霊夢には無い、結子の魅力だった。
「でも残念ね。私はこの体だから、出かけることができないわ」
結子は、まだそれほど大きくなっていないお腹をさすった。
そこでは、新たな命が育まれている。
霊夢が結子を助けた日以降、つわりや味覚の変化のような、妊婦特有の症状は現れていないようだ。それも、彼女のおおらかさがあってのことか。
「ここからでも、花火は見えると思いますよ」
「そうね」
霊夢に応じながら、結子はなにやら押入れを漁り始めた。
「探しものですか?」
押入れの中には、大小まちまちの箱が保管されている。
「ええと……。たしかこの箱だったと思うけれど……。あら?」
「どうしました?」
「これ。しまった記憶が無いのよ」
「行李……、ですね」
結子が手に取ったのは、竹で編まれた、おにぎりでも入っていそうな行李だった。
「私がしまったんじゃないなら、洋壱さんのね」
結子は、怒ったようなあきらめたような顔をしてから、しかたないわねーと、行李を元あった場所にしまった。
「中、見ないんですか?」
「いいのよ」
達観した表情を見せる人妻。
「男の人だもの」
「はぁ?」
「あんまり締めつけると、かえって良くないっていうことよ」
だから目をつむることも必要だと結子は説いたが、霊夢には、なんのこっちゃ、ようわからんかった。
「それより霊夢ちゃん。これ」
結子は、着物を広げた。
「浴衣ですか」
結子が着ていたものだろうか。
青色の生地に朝顔の花が刺繍されている。
その淡い青色は、いまの季節には似つかわしく無く、春の穏やかな青空を連想させる。結子の印象そのものだ。
「お祭りまでに仕立てておくわね」
「えっ?」
「浴衣。霊夢ちゃんに着てほしいの」
それは、いわゆるひとつのお下がりというやつである。




