4・親たちの関係は
何とも言えない空気が、今の食事室に漂っている。
今、室内では、ソフィアとアルトだけが静まり返る食事室で顔を見合わせた状況にあった。
母リリスが退室したのは、ほんの少し前だ。
静かな口調で、ソフィアに昨日の騒動について謝罪をしてくるリリス。
昨日のことを思い出すと、ソフィアの心はぎゅっと何かに掴まれたように苦しくなるのに、母はその様子が目に入らないようであった。
そんな状況にあるので、母の行動に問い掛けることも出来ずに、ソフィアもじっと母からの謝罪を聞いていた。
長い時間だった訳ではないのに、母からの謝罪の時間はとてつもなく長く感じた。だが、長く感じた謝罪は、真意がわかららないものであって受け入れることも戸惑われるものだった。
最後には、薄い涙の膜まで見えだし、堪らなくなった母は、顔を俯けて逃げるように退室したのである。
残されたのは、子どもたち二人。母の謝罪に結局は付いて行けぬまま、その場から動けずにいるだけであった。
状況が飲み込めず、その場で考え込む二人。いくら、社交をしていない母とはいえ、これまでこの様な意味がわからない行動を取る人物ではなかった。だけど、そんな母が起こした行動には呆然となってしまったのである。
静まり返った食事室の沈黙を破ったのは、本当に状況が丸っきり掴めないでいるアルトだった。
「あの、昨日、何かあったんですか?」
アルトから発せられた言葉は戸惑いの色が伺える。
一方、ソフィアの方は色々と思い起こされて、暗い表情となっていたのだった。
「母さんは、何であのようなことを・・」
「わたくしにも真意はわからない、けれど・・・」
そう言い終えたソフィアは、深く息を吐いてから、アルトに向けて昨夜の話をしたのであった。
「えっ?そんなことがあったんですか・・・」
一通り、昨夜の出来事を語ったソフィアはアルトの言葉に小さく頷いたのである。
「で、その腕を掴んできた女性は、本当に存じ上げない方だと」
「ええ、わかるでしょう?我が家はどの家とも付き合いがないのは・・」
これまで茶会の招待さえ受けたことがないクロウ家である。父は仕事関係では夜会などにも顔をだしているようだが、母娘の方は、その様なお誘いが受けたことがない。
それは、アルトににも身に覚えがある話で、姉の言い分も理解が出来たのだった。
「でも、その女性、姉さんのことも、クロウ家のことも知っていての行動だったんですよね?」
アルトはそう言いながら、腕を組み考え込んでいる。
「それはそうだと思います。それに・・」
そのアルトの姿を視線から外して、ソフィアは扉へと視線を向けたのであった。
「お母様は、昨夜のこと、お父様から聞かされたってことですわね」
姉からの言葉に、アルトの視線も上がり、同じく食事室の扉に向けられる。
普段会話らしい会話をしない両親が、昨夜のことで顔を合わせたということになる。
父に至っては、あの騒動に気付き傍観していたことにもなる。
娘が観衆の中で咎められているところを父は見ていたと・・・
そう想像したら、昨日の恐怖が再び体を襲ってくるような感覚になる。
(まさか、そんな・・・)
でも、騒動の後の父の雰囲気をみるに、知らなかったようにも思えない。
「じゃあ、父さんは見ていたと・・・
真相は不明だが、騒動については知っていることは明白だ。
「姉さんは、父さんからは何か言われたりは?」
「いえ、何も・・・言葉を交わすことなく、帰路に着いたの」
そう言いながら、ソフィアは険しい顔をした父との馬車内でのことを思い出して、唇を噛んだのである。
「あ、あの、ずっと疑問にはあったんだです」
沈む姉の姿を見つめながら、アルトは思い悩んだ上でこれまで感じて来た事について吐露しだしたのである。
「うち、下位とはいえ、貴族であるのに、母さんは、健康に不安があるとかでもないのに、社交の類はしていないことにひっかかりが・・」
意を決したアルトの言葉に、ソフィアも同じ疑問をずっと抱いていたこともあり、彼の言葉に小さく頷きながら話を聞いていたのであった。
「まあ、それも最近まで気づくこともなかったんですがね。剣術を習うことになり、同じ門下生と交流するようになってから、実は気付いたんです」
アルトは、目線を少し下げて、肩も落としている。
「ずっと、政略結婚だからうちの親は合わないのかと思っていたんですよ。でも、政略結婚なら、尚更、そう言うのが必要で結婚するのだと、友人らの話からわかってきて・・」
確かにアルトの言う事には間違いはない。
世間を余り知らないソフィアであっても、「政略結婚」の意味は知っている。
利益こそ生み出すことがあれぞ、不利益になるようであるのならば、「政略結婚」の必要性はない。
だったら、母の行動はどうなのだろうか?
内助の功とは縁遠い行動である。
社交により夫の仕事や家庭を支える場面も多いというのに、母はその部分には一切携わっていない。
孤児院や教会と福祉活動も社交の一貫と言えなくもないが、貴族家としての貴族同志の交流がないのは、致命的とまでは言わないが利益はなどのもは生まれないように思う。
一体、あの二人には何があったとうのか・・・
ソフィアもアルトも、改めて思う。自身の親の関係性の異常さに、頭を悩ませてしまった。
そんな二人の元に、執事の声が聞こえてきたのは。
「坊ちゃま、そろそろお出掛けになられた方がよろしいかと」
食事室の扉の向こうから、アルトに対して、出掛ける時刻を知らせる言葉が聞こえてきたのであった。
「あっ、もうそんな時間でしたか」
アルトは、そう言いながら扉の方へ歩み出したのである。
「こちらこそ、時間も考えずに引き留めてしまって、ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ。何の助けも出来ないままで・・・」
ソフィアの気遣いからの謝罪には、アルトの方が逆に気落ちしてしまった。
昨日の騒動、聞いただけでも酷い状況が思い浮かぶ、それを父や伯父は助ける事もしないでいた。おまけに、母は理由もきちんと告げずに詫びるだけ。
デビュタントを迎えたばかりの娘が体験した話だと思うと、益々、酷い出来事だったと思う。
だが、自分は姉よりも子どもの身である。気持ちに寄り添える事も助けて上げれる事もないと思うと、申し訳なくも感じる。
何とか、姉に寄り添えないかと思う中で、アルトがソフィアに向けて言えたのは「また、帰ったら話しましょう」との気休め的な言葉だった。
だが、ソフィアの方は、アルトの優しさを感じることが出来て、ここで少し笑顔を浮かべてみせた。
「ありがとう、アルト。気を付けていってらっしゃいね」
その笑顔を見れた事で、アルトも少し気を取り戻して出掛けて行ったのであった。
それから、ソフィアの方も食事室を出て、自室へと戻ることにした。
戻る途中で、使用人に声を掛け、執事を自室に呼びように言伝てを頼んだのである。
コンコン・・・
ソフィアが自室に戻ってから、暫くした後に、執事のジョーが顔を見せた。
「お嬢様、如何いたしましたか」
扉を開けて、一歩踏み入れたところで、ジョーが一礼をした。
「お願いがあるの。今日これから、ローガンお兄さまのところに伺いたいの」
ちょうど、頭を上げたところで、ソフィアから呼び出しの理由を聞いたジョーはほんの少しだけ、目元が変化したように感じたが、それは、ほとんどの者が気づけぬ程のもので、ソフィアにも実際は気づかれなかったのであった。
「バルコ伯爵令息様のところでございますか?」
静かな口調である。
「・・そうよ」
ソフィアは、少し緊張の面持ちで、ジョーからの返事を待つ。
たぶん、このジョーも昨夜の出来事は知っているのだろうと思う・・
帰宅早々に、父に従い、執務室へと向かったジョーは、あの後、母を呼びに向かい、父からの話を共に聞いたのだろう。
色々と知っている執事が、ソフィアの要求にどう返事を返すのかと、身構えていると。
声のトーンにも変化を表すことなく、ジョーの方は「畏まりました」と承諾をしたのであった。
ジョーはそれだけを口にしただけで、ソフィアの部屋から退室をしていった。
部屋には、また、ソフィア一人となる。
昨夜のことがどうしても気になったソフィアは眠れぬ夜を過ごす中、色々と考えて決めたのが、先程、執事に告げた訪問だった。
母の生家となるバルコ伯爵家。
そこの一人息子であるローガンとはアルトと共に仲はいい。
何か、ローガンならば知っているのではと、幼少期の頃から、何かと頼っては教えてくれていた従兄に、今回も相談しようと思ってのことだった。
「ローガンは会ってくれるかしら」
部屋の窓に立ち、外の景色を眺めながら少しの期待を込めて、ソフィアはそっと呟いたのであった。
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