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3・子爵家の朝

いつもと変わらぬ朝が、クロウ子爵家では今日も始まっている。


一人、朝食を済ませたソフィアは、行儀作法では良くないと思いつつも、フウっと一息ため息を零したのである。そんな彼女の目の下には、薄い隈が出来ている。


そう、やはり昨夜はなかなか寝付けれなかったからである。


あれから、父の後を追って、王城の馬車止めに向かった。そして、我が家の馬車を馬車止めに回して貰い、帰路に着いたのではあるが、馬車を待つ間も、馬車に乗り移動する時も、父は口を開くことはなかった。


物心ついた頃から、邸ではなかなか顔を合わせることのない存在の父ではあったが、王城行きの馬車内ではソフィアから話掛ければ、小さくではあるが「そうか」と声に出して返事までしてくれた。


でも、帰りの馬車内では父に声を掛けることすら出来ない雰囲気が発せられていたのだった。


目も合わせないように、父は黙って、車窓を見つめている。


その上、顔はずっと怒りを浮かべてもいた。


自分自身が怖い思いをした中、敢えて、この状況の中、父に話しかける勇気は、その時のソフィアには持ち合わせていなかった。


無言のまま、夜の町を進む馬車。


その時間がもの凄く長い時間に感じたのであった。


そんな緊張を強いられた中、漸く邸に着いてからは、安堵からか記憶があやふやになるくらい、自分の行動が思い返せなくなっていた。


(お父様に、挨拶したのかしら?)


記憶を辿るが、父と言葉を交わした情景が浮かんでこない。


邸に着いて記憶するのは、王城で、自分の手を取った後、すぐにその手を離して、過行く父の背中が浮かんでくる。


そして、気づけば、父は、執事に何かを耳打ちし、そのまま邸の奥の執務室へと向かって行ったように思う。


ソフィアには、何の言葉を掛けることはなかった・・・そんな記憶がぼんやりだが、思い起こされる。


そして、また、ふうっと知らずため息が零れてしまった。その瞬間を上手く狙ったかのように、食事室の扉が開いたのだった。


「おはようございます!姉さん」


どこかに赴くのか、朝食を終えたばかりの時間だというのに外出着に身を包んだ、二つ下の弟、アルトがニコニコと朝からご機嫌な顔で入って来た。


「おはよう、アルト」


そんな爽やか笑顔とは違い、こちらソフィアは、アルトとは真逆の雰囲気を醸し出して返事が返されたのである。


「あれ?お疲れですか?」


元気がない姉の様子が目に留まったアルトは、本来ならば、朝の挨拶だけしてそのまま出掛けるつもりでいたところだったが、少し気になってしまい、手近にある椅子に腰を下ろしたのである。


「まあ、そう、ですね」


アルトの心配する言葉に、何とも切れの無い返事をするソフィアに、ますます、アルトは心配が増していく。


「何かあったんですか?昨夜のデビュタント、どこかで失敗でもしたのですか?」


昨日までの姉の様子を思い起こしながら、苦手なダンスもくじけずに頑張っていた姿が甦る。


「転んだとか?いや、足を踏んだか?」


弟はきっと、これまでのソフィアのダンスレッスンの風景を思い起こしながら、昨日の舞踏会での出来事に当たりをつけようとしているのが、ソフィアにはわかってしまった。


「違います!」


先程までの沈んだ雰囲気がかき消える様に、ソフィアは軽くアルトを睨みながら否定の言葉を上げたのだった。


「えっ?違うのですか?」


ソフィアの否定を聞いたアルトは、少し驚きつつ、でもまた、最初に見せた笑顔を浮かべてみせるのだった。


「なんだ、では、ダンスは上手く踊れたのですね?姉さん、頑張っていましたからね!」


そう言いながら、今度は、アルトはテーブルに手を付いて椅子から立ち上がろうとしたのだった。


「出かけるのですか?」


立ち上がる動作が見えたことで、ソフィアがアルトに声を掛けたのである。


「ええ、剣術の稽古です。師匠の邸に伺うことになっているので、少し早いんですが、稽古をつけて貰う前にひと汗流したいと思いまして」


そう話すアルトの顔は先程よりも笑顔が増している。だが、ソフィアにはその顔はうっとおしく見えてしまい、返事にも素っ気なくなっていた。


「そう・・・」


「あれ?やっぱり何かありましたか?」


椅子から立ち上がりかけたアルトだったが、背もたれに手を掛けたまま、再び、姉の顔を見つめる。


「もしかして、求婚されたとか?」


自分が師匠に稽古をつけて貰えるのが、そんなに嬉しいのか、姉に起きた出来事まで、同じお花畑に繋げないで貰いたい。


そんな弟の珍回答に、普段は絶対に人前ではしないのに、不意にため息が零れたのだった。


「あれ?違いましたか?」


そう言うアルトの顔は、まだまだ、笑顔が張り付いてはいる。


「・・・・」


だが、ソフィアの方は、零れたため息と同じく浮かない顔になっていた。


「話、聞きましょうか?」


再び、椅子に座り直そうと、アルトが椅子を引いた時だった。


めずらしく、母が食事室へ顔を出したのだった。


「おはよう」


「おはようございます」


「・・お、おはようございます」


リリスは、食事室に入るなり、真っ直ぐソフィアに向かい、声を掛けたのであった。

その様子に、ソフィアは即座に挨拶を返したのではあるが、母の視界に入っていないアルトの方は、数拍遅れてから母に挨拶をしたのであった。


また、リリスの方も、アルトからの挨拶が返されたことで、思わず身体を跳ねさせる形で驚き、自分の真横の位置に立つアルトへ振り向いたのである。


「おっ、おはよう」


母の驚き顔に、アルトの方は頭を少し掻いてみせる。


そんな二人のやり取りをソフィアは黙って見つめていた。


「すみません、驚かせてしまって・・」


親子の会話としては、何ともぎこちないものである。


クロウ家の親子関係は、父も母もどちらも血のつながりはあっても、他人に近い関わり方になっている。


「いえ、大丈夫です」


リリスは息子にそう言ってから、再び、ソフィアに向き直ったのであった。


どやら、母はソフィアに何やら用があるらしく、その為に、こんな朝の時間にも関わらず訪ねてきたようだ。


それが手に取るようにわかると、ソフィアから母に声を掛けたのである。


「お母様、何か御用でも?」


リリスから声を掛けられる前に、先にソフィアから口を開いたことで、用があるから顔を出したはずのリリスの方が、今度は躊躇いだしたのだった。


「・・・・」


暫し待つが、母は黙り込んだままである。


元々、お喋りが得意ではない母ではあるが、この間はどうしたものだろうか。


沈黙が続く中、先に、この沈黙を割って来たのはアルトであった。


「あのう、自分がいると話しにくいようでしたら、ちょうど、出掛けるとこでしたので」


どうにも、自分の存在が母にとっては邪魔なのだろうと察したアルトがそんな風に、この場を去ることを告げたのだったが。


しかし、母からの答えはないままで。


それには、アルトからもため息が漏れだしたのである。


「お母様?」


そんな妙な状況を何とかするべくとして、今度は、再びソフィアが声を掛けたのだった。


それには、言い淀んでいたリリスも、ここに来て漸く、ソフィアに向かうことを決めたようで、重い口が開きだしたのであった。。


「あ、あの、昨日のことです。あなたに謝ろうと思いまして」


母から出された言葉に、一瞬、ソフィアは驚き、そして、母が伝えてきた意味を考えてしまった。


「昨日、騒動に巻き込まれたと聞きました。それを・・」


そして、続く、母の言葉に、昨夜の出来事を思い出したのである。


「ほんとうに、ごめんなさい」


そう言う母の瞳には、涙の膜が浮かんでいたのであった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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