冷たい貨車
東洋に伝わる黒い龍のような石炭の煙を煙突から吐き出し、ガタンゴトンと大きな音を響かせながら蒸気機関車はポーランドの大地を走る。
高速で過ぎてゆく見飽きた光景に辟易しながらも俺は与えられた職務を全うすべく、運転席のマスコンを握る。
客車には定員ギリギリにまで老若男女が詰め込まれ、時折ストレスに耐え兼ねた人々が暴れては黒い服を着た屈強な男たちに鎮圧される。
何度繰り返したのか分からない日常。
空は俺の暗澹たる心を表すかのようにどんよりと暗く、線路の両側には赤いヒナゲシが爛漫と咲き誇る。
その様子はまるで血に塗れた大地の様である。
暗晦あんかいの心のまま機関車を走らせていると彼方に終点である大きな建物が見え、停車させるべくブレーキをかける。
途端に響き渡る甲高い金属の摩擦音。
完全に停車したことを確認すると扉を開き、客車の人々を降ろす。
窓から身を乗り出して彼らの顔を見れば殆どの人々が生気をなくした表情のまま施設のスタッフに誘導されて列をなして何処かへと姿を消してゆく。
最後の一人が去り、無人となったホームの駅名標にはこう書かれている。
『アウシュビッツ強制収容所』
平和の気配はまだまだ訪れない。