序章 HELL ON EARTH
聖戦士フェルダイン
【序章】
聖暦2583年5月13日06時45分
ライス帝国海軍第8艦隊旗艦 強襲揚陸艦オマハ艦内
空調の効いた戦闘指揮所ではアイロンの効いた制服をカッチリ着こなしたオペレータ達がそれぞれが担当するコンソールの席に着き、モニタの光を受けて緑色になった顔で淡々と己の仕事をこなしていく。
「巡航ミサイル群第三波、順次着弾します」
「偵察ドローンの展開遅れてるぞ。戦果確認を急げ」
「巡航ミサイル群第六波発射準備状況を知らせ」
「空母エンタープライズより入電。制空隊発艦準備よろし」
「よし、制空隊は発艦準備のまま待機。巡航ミサイル群第6波発射完了後に発艦開始」
「ラムダ3より入電。対空レーダー波を複数検知。敵レーダーサイトの内、少なくとも2基がいまだ稼働中。目標17及び21と推測されます」
「第6波の目標変更は間に合わん。ピケット艦隊に目標17と21に対レーダーミサイルによる攻撃が可能か問い合わせろ」
次々と繰り出される報告と指示の応酬はまるで証券取引所の喧噪のようだ。
それが物を破壊し人命を奪うものであるという自覚もないまま、スイッチ操作ひとつ、通信ひとつで、鉄とシリコンで造られた猟犬達を解き放っていく。
聖暦2583年5月16日18時03分
カナニスタン共和国南部 某集落
キュラキュラキュラキュラ…
轟音を響かせながら戦車隊が畑を進む。白い花を春風にそよがせていたせたヒヨコ豆を、無情な鉄の履帯が押し潰していく。
畑の隅に積み上げられた藁束の間に隠れていた母娘は、迫り来る脅威に身体を震わせた。今この瞬間にも戦車が冗談半分に藁束を撃つか、わかったものではない。とうとう恐怖に耐えきれなくなった娘が藁束の中から飛びだして畑の中を走りだす。
「だめっ!」
母親が叫ぶが、既に遅い。砲塔が娘の方を向き、同軸機銃の短連射を浴びせる。悲鳴も無く、娘の身体は畑の中に倒れ込んだ。
自分も絶叫しながら藁束の中から飛び出して娘が倒れた方へ走り寄る母親に向かって戦車が追ってくる。
母親がヒヨコ豆の間に血塗れで倒れている娘にかがみ込んだ刹那、二人をもろともに履帯が挽き潰した。
聖暦2583年5月20日03時36分
カナニスタン共和国南部 某市街の役所(ライス帝国陸軍 第26自動車化歩兵大隊前線司令部)
市役所庁舎の前には様々な軍用車両が停車し、庁舎の屋上には通信兵の手でアンテナが立てられていた。その会議室には前線指揮に必要な様々な機材が持ち込まれ、スタッフ達が慌ただしく動きまわっている。
「デルタ1よりHQ ポイント26確保。接敵無し」
「HQよりデルタ1 隣接戦区のジュールザレム軍の進行が遅れている。足並みが揃うまで現時点で待機せよ」
「デルタ1了解。交信終わり」
「エコー3よりHQ ポイント32確保。軽微な抵抗があったが損害無し。捕虜2名確保」
「HQよりエコー3 ポイント32よりポイント40方面は視認できるか?」
「エコー3よりHQ 視界良好。ポイント40に車両が集結しつつあるのが視認できる。少なくとも戦車4、歩兵戦闘車8、トラック15その他多数」
「HQよりエコー3 現地点に監視所を設営し、引き続き監視を継続せよ。捕虜についてはこちらで引き取りの手配ができたら連絡する」
「エコー3よりHQ 了解」
次々に入ってくる報告を受けながら、長机の上に広げられた地図上の駒を動かしていく参謀たちの表情は渋い。
「我が軍の進行は概ね予定通りだが、左翼側のジュールザレム軍がひどく遅れているな」
「このままでは我が軍が突出しすぎて孤立しかねませんね。敵は集結して反転攻勢の気配を見せています」
「ジュールザレムの連中は逃げ遅れた民間人を見つけるたびに遊んでますからね」
「あの連中は戦争を何だと思っているんだ」
「さぁ?カナン人を殺せる機会があれば何でも良いんじゃないですかね」
聖暦2583年5月20日03時58分
カナニスタン共和国南部 某山中
夕方、血相を変えた母さんに敵が来るから山の中へ逃げろと言われた。母さんは親戚たちを回って避難を呼びかけてから追いかけるということだった。とりあえず手近にあった物を鞄に詰め込み、姉さんと妹サーラの手を引いて山を登る。すぐに日が暮れ、闇が周囲を包み込む。幸いにして月が出ていたものの、山の中で足元を照らすにはまったく足りない。それでも明かりをつけていては見つかってしまうかもしれないので、懐中電灯は本当に危険な場所で一瞬だけ使うようにする。グズるサーラを姉さんと二人でなだめすかしながら、狩猟小屋を目指す。先月7歳になったばかりの妹には辛い道程だが、仕方が無い。ジュダ人に捕まるよりはずっとマシだ。狩りのために山ごもりする際の拠点として使用する狩猟小屋には、去年父さんに連れられて初めて行った。細かい場所はうろ憶えだけれど、近くまで行けば分かると思う。結局去年は父さんと山の中を歩き回っただけだったけど、今年は銃の撃ち方を教えてくれると言っていた。その父さんは何日か前に予備役の緊急招集に応じて軍に行き、ここにはいない。家に残った唯一の男として、母さんと姉さん、そして幼いサーラを僕が守らなければ。靴底の磨り減った靴のせいで足の裏が傷む。慌てて出てきたので山に入るための頑丈な靴を履いてこなかったことを後悔するが、姉さんやサーラはそもそもそんな靴を持っていない。男の僕がそんなことで弱音を吐くわけにはいかない。
「母さん、遅いね」
姉さんが背後を振り返りながら言う。母さんだって明かりをつけずに歩いてるはずだし、足の悪いアミル伯父さん達が一緒ならどうしたって速度は遅いはずだ。
「大丈夫だよ。後からきっと来るから、とにかく小屋を目指そう」
馴れない夜の山中を歩く疲れと眠気にクタクタになり、もういっそこのままここで野宿して、小屋を目指すのは日が昇ってからにしようかと思った頃にようやく狩猟小屋に辿り着いた。この小屋はもともと外国の金持ち向けの狩猟ツアーに使われていたもので、去年死んだ祖父さんが若い頃はガイドをやっていたらしいけど、ジュダ人達が無茶苦茶やるようになってからは外国人が遊びにくるような所ではなくなってしまい放置されていたらしい。そのお陰か造りはしっかりしていて、古いながらも傾いたりすることもなくしっかりと建っている。既に目がトロンとして半分寝ているようなサーラを寝台に寝かせ、小屋の中を確認する。簡易ベッドが二つ、流し、コンロ、簡単な調理器具、クローゼットの中にはボロボロのコートが1着かかっていた。当然ながら銃や弾はこんな場所に保管していないし、猟期でない今の時期は食料や水も去年の残りが僅かにあるだけだ。そこまでやったら流石に限界で、部屋の隅に座り込んだ途端に眠りこんでしまった。
「ウマル、起きて、ウマル」
姉さんに肩を揺すられて目が覚めた。まだ暗い。何時間寝たのだろうか?
姉さんが窓の方を指して言う。
「誰か来るわ」
目をこらすと、月明かりに照らされて何人かの人影が歩いてくるのが見える。
「母さん達かな?」
「違うと思うわ。よく見えないけど、みんな銃を持っているみたいじゃない?」
言われてみれば確かにそう見える。妙に頭でっかちに見えるのはヘルメットを被っているせいだろうか。
「父さん達じゃないかな」
「馬鹿ね。軍に行った父さんがこんな所に来るわけないじゃない。あれはジュダ人達よ」
大変なことになった。もう敵がここまで来ていたのだ。
「逃げなきゃ」
「ダメよ。彼らは扉の方向から来ているし、月もそちらの方向から照らしているわ。今小屋を出たらきっと見つかってしまうわ」
「でも、どうしたら」
「隠れるのよ。あいつらがザッと覗いて誰もいないと思ってどこかへ行ってくれれば幸運よ」
たしかに、それしか無いように思える。ヤツラが小屋に到着するまでに全てを隠さなければならない。グズるサーラを簡易ベッドから引き出して、流しの下の収納棚へ押し込む。
「絶対に音を立てちゃダメよ。静かにしているの」
サリーはよく飲み込めていないようだったが、わずかに頷いた。次に姉さんをクローゼットに入れる。僕も一緒に入ろうと思ったが、クローゼット内にそこまでの空間はなかった。もう一時の猶予もない。壁際の簡易ベッドの下に鞄と自分の身体を押し込んでいく。どうにか隠れきったと思った瞬間、音を立てて扉が蹴り開かれた。ベッドの下からでは彼らのブーツしか見えないが、いつか映画で見たSWATみたいに整然と突入してくるのが分かる。
「クリア」
「クリア」
「クリア」
男達が口々に脅威が無いことを報告し合う。そうだ、ここには誰も居ないんだ。さっさと出て行ってくれ。しかし、男達は出て行く気配を見せない。何か目配せをし合うような気配があったが、僕からはブーツしか見えない。男達はクローゼットの前に集まっていく。頼むからそれを開けるな。開けないで出て行ってくれ。その願いも虚しく、クローゼットが開かれる。
「キャアァァァァァァァァ!」
姉さんの悲鳴が響いた。男達が姉さんをクローゼットから引き摺り出して、僕の隠れている簡易ベッドへ向かって突き飛ばす。
ドスンッ
姉さんが簡易ベッドの上に尻餅をついたのがわかった。姉さんの体重でたわんだマットレスが僕の頬を圧迫する。男達が姉さんを押さえつける。布が破ける音がして、姉さんが着ていた服が床に落ちた。
「へえ、まだ固そうだが、まあまあ上物じゃねえか」
「誰が最初にヤる?」
「この間、次は俺からだって決めただろ?」
「そうだっけか?まあいいや。さっさとヤれよ」
ベッドの上で姉さんが身を捩って暴れるたび、マットレスが僕の頬に押しつけられる。ひときわ大きな悲鳴と、再び布の裂ける音。
「お、意外とオッパイは大き目じゃん。ひょっとして着痩せするタイプ?」
男達の囃し立てる声と姉さんの悲鳴。その後はギシギシと音を立てながらベッドが揺れるのをずっと感じていた。そのまま何時間が経ったのだろう。姉さんはだいぶ前から悲鳴を上げるのも止めて、ただすすり泣いている。それでも男達は入れ替わり立ち替わり姉さんの前に来てはベッドを揺さぶっていく。
「おーなんかマグロになっちまったなぁ」
「そうかぁ?下手に暴れられるより楽で良いじゃん」
「バッカ分かってねえなぁ。必死に抵抗するのを無理矢理ヤるのが醍醐味じゃないか」
「相変わらずイガルは鬼畜だなぁ」
男達は好き勝手な話をしながら馬鹿笑いをしている。
僕はせめてサーラがあいつらに見つからないようにと祈りながらベッドの軋みに耐えていたが、男達の会話がふいに不穏なものになる。
「なあ、さっきからコイツ流しの方をチラチラ見てねえか?」
「あ、それ俺も気になってた」
「な~にがあるのかな~?」
男の一人が節をつけて呟きながら流しの方へ向かう。
「は~いご開帳~」
戯けながら流しの下の収納スペースを開ける。そこには目を見開いて固まっているサーラがいた。
「おお~なんかもう一人いたぜ~」
男がサーラを収納棚から引き摺り出す。
「おいおいこんなチンチクリンを見つけたところでどうしようもねえだろうがよ」
「いやいや待て待て。ガキだろうが何だろうが女には違えねえ。女であれば穴もあるってもんだろうがよ」
「とにかく剥いちまえ!」
男がサーラの服を掴むと力任せに破り取る。途端にサーラが泣き出すが、男達は気にする素振りも無い。
「やめて!妹には手を出さないで!」
「うるせえ、テメエは黙ってヤラれてろ!」
ベッドの上で姉さんが叫ぶが、どうやら殴られたらしい。
「う~んサーラちゃんって言うのか~カワイイ名前だねぇ~」
「おい、お前そんなにおっ立てて、本当にヤル気か?」
「流石の俺もこんな小さい子に入れるのは初めてだけど、何事も経験だよね~」
男は幼児におしっこをさせるような体勢でサーラを抱え上げると、勢いよく腰を突き上げた。
次の瞬間、サーラの口から出たとは思えないくらいの絶叫が響き渡った。
「お~盛大に裂けちゃったねぇ~でもまあ初めては血が出るものだからね~」
男がサーラに腰を突き入れるたびに赤い血がバシャバシャと床に落ちる。
「ヒュッヒュッヒュッ」
バタバタバタバタ
男がひと突きするごとにダラリと開いたままになったサーラの口から変な音が漏れ、床に血が飛び散る。あまりの光景に他の男達も動きを止めてサーラと男を凝視している。
「ヒュッヒュッヒュッ」
バタバタバタバタ
「う~んあんまり気持ち良くなくなっちゃったな~なんか萎えてきた」
そういって男はサーラを床に放り出した。サーラの顔がちょうど僕の方を向いたが、その顔は蒼白で微動だにしない。
「まあこんなもんか~」
男は両手でサーラの足首を掴むと力任せに振り上げ、そして振り下ろした。
サーラの頭が床にぶつかり、酷い音を立てながら血が飛び散る。
男がその動作を繰り返すのを、他の男達も凍り付いたように見ていた。
その時、ベッドの上で姉さんが動くのを感じた。ベッドのそばの壁際に立てかけられていた銃がヒョイと僕の視界から消える。
「あ、おい!お前何してる!」
「やめろ!それを下ろせ!」
ふいにベッドの上から焦りを帯びた声が上がる。
次の瞬間、連続する銃声と閃光が小屋の中を薙ぎ払った。男達が次々と血を撒き散らしながら倒れていく。
銃声と閃光がおさまった時には、男達は全員が血塗れで床に倒れていた。その一人と目が合う。まだ死んではいないらしい。黒っぽい箱が床に落ち、金属音を立てて転がる。ベッドの上からジャキンッジャカッという音。続いて再びの銃声と閃光が床に倒れた男達を薙いでいく。血と肉片が飛び散り、サーラのそれと混じっていくのを僕は呆然と見ていた。先程目の合った男の顔面が粉砕され、歯茎の付着した血塗れの歯が僕の目の前に転がってきた。急激に胃が収縮して吐き気がこみ上げてくるが、なんとか我慢する。
「ウマル、もう出てきて良いわよ」
ベッドの下から這い出ると、ライフルをもった姉さんがいた。
ほとんど全裸で、肩の辺りに破れた服の残骸が引っかかっているだけだ。
殴られたときに唇を切ったらしく、血が滲んでいる。体中あちこちに青あざができていて、股間から流れた血が太腿をつたっていた。
姉さんはライフルを投げ捨てると、天井を向いて突然大声で笑い出した。
「あは!ははは!あはははははははははは!」
なんだか姉さんにつられて、僕も笑い出した。
「いひ、いひひ、いひひひひひひひ!」
「あははははははははははは!」
第0章完 第1章へつづく