1 夏の始まり
私と華は中学2年生。クラス分けで出会った彼女と付き合って2ヶ月経つ。
出会ってまもなくの告白に驚いたが、喋れば喋るほど彼女のことが好きになっていて、無事に付き合うことができた。
そんな彼女との、1回目の夏。
「…ゆいか、唯夏!」
ハッとして右隣を見る。
視線の先では、華が不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?ぼけっとして。熱中症?」
『ううん、なんでもないよ。少し疲れちゃったのかな。………にしても暑いね』
「だよね。まだ6月の前なのに。いやだなぁ。」
『だねぇ。華は夏が嫌いだから、なおさら嫌でしょ。』
今日は5時間授業なので、下校時間がいつもより少し早い。
3時のおやつどきは、まだ暑さ対策をしていない私達には暑すぎたようで、華も私も汗が止まらない。
「うん。夏はマジで嫌い。なんでこんな暑いんだよ。」
『それだけじゃないでしょ、カナヅチちゃん。』
「うるっさいなおまえぇ…。水泳以外の競技はできないくせに。」
『それはまあ……確かにそうだわ』
華が水筒を開けて、残りわずかな水を飲む。
華の喉が上下に動いて、しばらくしてその唇を離した。
「…なに、ジロジロ見て」
『いや、別に』
「ふーん。……..飲む?あんたもう水ないんでしょ。」
『…..え、いいの?マジで?』
驚きの提案に動揺を隠せない。
普段はこんな気遣いしない。体調が悪くても気づかないし、歩くスピードも私が華に合わせるため早く歩いているのだ。
「べつにいいけど。はい。」
そう言って華は私に水筒を渡した。やはり、もう残量が少ないから軽い。
『じゃあ、頂くね。』
そう言って華の水筒に口をつけ、ゆっくり傾ける。
ぬるくなった水が乾いた口腔内と喉を潤して、滑り落ちていく。
水が無くなったお昼過ぎぶりの、久しぶりの感覚に名残惜しさを感じつつ、全て飲み切る前に口を離した。
『水ありがと。まだ残ってるよ』
「全部飲んでもよかったのに」
『あほ。あんたこれから10分歩くんでしょ。』
「でも唯夏は1時間以上電車でしょ?」
『いや、電車涼しいし。なんだったら乗り換えてうちの学校の生徒に見つからないように水買えるし。』
「…確かに。」
華はそう言って笑った。
華の笑顔は可愛い。頬を緩ませて、瞼を伏せて笑うのだ。
まるで、夏に咲く太陽に照らされた華のようで、眩しい。
『……じゃあね。また明日』
「うん。また明日〜!」
私が駅に着いたので、華はそのまま歩いていく。
ここからは1人で、1時間もかけて帰るのだ。
間接キス、だったな。水筒。あれは完全に間接キスだった。
私はそっと手を己の唇に伸ばして、その感触を確かめるように指を添えた。