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消された過去と消えた宝石  作者: 志波 連
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13 一斉捜索 

 インスタントコーヒーを入れたカップにポットの湯を注ぎながら伊藤が課長に振り返る。

 

「ああ、そういえばものすごく旨いコーヒーをごちそうになりましたよ。その一杯が礼になるほどのコーヒーらしいのですが、聞いたこともないような名前でしたね。確か……コピ? コピルア? とか言ってました」


 ハンバーガの包み紙を丁寧に折りたたんでいた課長が顔を上げた。


「コピ・ルアックか? そりゃお前……凄いものを飲んだな。喫茶店ならその一杯で安くても三千円はするぞ。高級店ならもっとするんじゃないか?」


「えっ……マジですか……」


「コーヒー好きの俺でも飲んだことはない。確かインドネシアのコーヒーじゃなかったかな」


「ええ、そう言っていましたよ」


「どうだった?」


「とんでもなく良い香りでした。そのコーヒーを目の前に置かれただけで部屋中に香りが漂ったって言っても大げさじゃないですね。口当たりは優しくて、仄かな苦みが心地よい味でしたよ。酸味はほとんど感じません」


「羨ましい……」


「それほどのコーヒーなのですか?」


「お前や藤田の口には、猫に小判……いや、豚に真珠か?」


「どちらでも良いですよ。夫人に聞いたのですが、特殊な方法で作るらしいですね」


「なんだ、それも知らずに飲んだのか」


「教えてくれなかったです」


 伊藤が藤田お勧めの新作バーガーに手を伸ばした。

 課長がポテトをつまみながら得意げな顔をする。


「インドネシアの言葉で、コピはコーヒー、ルピアクはジャコウネコということだ。要するに完熟して落ちたコーヒーの実をジャコウネコが食べるわけだ。まわりの果肉は消化されるが、種はそのまま排泄される。種というのが我々がよく目にするコーヒー豆だよ。銀座のコーヒー店で焙煎された豆を見たことがあるが、たしか百グラムで一万円くらいの値段だった」


「百グラムで一万円? 俺なんて贅沢しても五百グラムで五百円のコーヒーしか飲んだこと無いですよ」


「ははは……俺もだ。百倍か……毎日遅くまで働くのがバカバカしくなりそうだ」


 二人は無言のまま二個目のハンバーガーに手を伸ばした。

 藤田が帰ってきて伊藤の横に座る。

 早速ハンバーガーを頬張り始めた藤田が不思議そうな顔をした。


「どうしたんです? なんか……暗い顔になってますよ?」


 伊藤が藤田の顔を見た。


「さっきの旨いコーヒー覚えてる?」


「斉藤邸でいただいたやつですか? ええ、覚えてます。すごく良い匂いでしたよね」


「あれさ……ジャコウネコの糞から出る豆なんだとさ」


「え? ジャコウネコ?」


「そう、コーヒーの実を食った猫の糞だ」


 課長がさらっと言い放つ。

 藤田が深刻な顔をして手に持っていたハンバーガーをテーブルに戻した。


「マジですか……」


 ぶるんと顔を横に振った藤田は、再びハンバーガーを口に運ぶ。

 三人は無言で差し入れのハンバーガーを完食した。


 そして翌日……


「昨日は遅くまでご協力をいただき感謝いたします。また、過分な差し入れまでいただきありがとうございました。ご当主のお加減は如何ですか?」


 正式に被害届を受理したという書類を携えた伊藤と藤田が、斉藤家の玄関に立った。


「ご心配いただきありがとうございます。旦那様は昨夜から眠ったままですが、落ち着いておりますよ。それより、こちらこそお仕事には関りのないことまでお願いしてしまい、申し訳ございませんでした」


 迎えに出た執事の山中が深々と頭を下げた。

 伊藤が少し横にずれ、捜査担当者を紹介する。


「猫ちゃんは無事にお届けしましたからご心配なく。本日はお屋敷の中を徹底的に捜査させていただきます。最後に『女神の涙』が確認されてから、紛失までの約八時間。この間に屋敷から持ち出したと考えるのが妥当ではありますが、万が一まだ屋敷の中に隠されているということもあります。ご理解ください」


 それではこの屋敷の人間が盗んだとでも言うのかと山中は思ったが、口には出さず頷いた。


「奥様より全てご要望通りにと申し付けられております。何か不都合な事などございましたらお呼びください。奥様と山本先生はご当主の寝室におられます。私と二人のメイドは厨房付近におりますので」


「わかりました。何かございましたらお声掛けいたします」


 そう言うと伊藤刑事は振り返り、サッと手を上げた。

 総勢で八人の捜査員たちは、一斉に散っていく。

 まずは総出で玄関ロビーから攻めるようだ。


「ここから始めるのですね?」


 見ていた山中に藤田が答えた。


「ええ、こういったお屋敷の場合は下層階から捜査をするのが基本です。後ほど厨房にもお邪魔しますので、よろしくお願いいたします」


 山中は頷くだけの返事をして、到着を報告するために二階にある寝室に向かった。


「何の音かね? 騒々しいな」


 不機嫌そうな山本医師が振り返った。


「警察の方々が来られて、家探しをなさるようですよ」


「まあ! それは大変ね。山中さん、できる限りの協力をお願いね」


 小夜子の声に山中が頷いた。

 

「なるべくこの部屋には入れないように」


 山本医師の言葉に山中が反応した。


「なぜです? ここだけダメだと言うと変に疑われませんか?」


 山本医師が苦い顔をした。


「斉藤が起きるとまた興奮してしまうだろう? 今度発作が起きたら取り返しがつかん」


「その件は伝えておきますが、入るなというのは無理だと思いますよ」


 山中が小夜子の顔を見て助けを求める。


「それはそうね。山中さんの懸念は理解できるわ。ねえ先生、この部屋に刑事さんたちが来られるときにはご主人様に移動してもらいましょう」


 山本医師が小夜子の顔を驚いたように見た。


「動かさない方が良いのだが……もしどうしてもというなら車椅子に移動させて客間にでも運ぼうか。確かに山中君の言う通り、変に疑われるのは得策ではないからね」


 山中はホッと息を吐いた。


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