ダイガサイザン地区
ダイガサイザン地区。
ダンデ公国が非常用に設置した数ある難民キャンプのうちの1つであり、定期的に侵攻してくる飛竜族をそこで食い止める役割も兼ねている。いわば最前線の戦場であり生贄だ。行き場のない難民を受け入れる代わりに兵力として使うという目的が主である。
そんなダイガサイザン地区であるが治安は悪いわけはない。というのも、そこには警察のような役割を担うバレッタ鎮圧部隊という組織があり、犯罪の抑制、地区の統率、奉仕を目的としている。そのおかげもあってか他の難民キャンプとは少々異なり、意外と住みやすい環境になっている。しかし、近年は飛竜族が活発になっており、度々かなりの被害を被るため必ずしも安全とはいえない。
と、ここまでがシトに説明をしてもらいざっと要約した内容になる。
異世界にもいろんな事情があるようだ。
とか説明してもらっている間に割としっかりした要塞のような建造物が姿を現した。
(これがダイガサイザン地区か)
「くれぐれも余計なことはするなよ」
シトに釘を刺される。
「わかってますとも」
俺は敬礼でもとるかのような畏まった態度で返事をした。
門に近づくと、5名の衛兵のような粗末な鎧を着た男たちが近寄ってきて、リーダーと思しき人物から声がかかる。
「お前たちは?どこからきた?」
俺は静かに気配を殺す。すると、シトが落ち着いた様子で説明してくれた。
幻惑【チャーム】という形で。
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シトの反則によりまんまとダイガサイザン地区に入り、入場券のようなものを得ることができた俺たちはとりあえず宿を探すことにした。難民キャンプとは言ってもそれなりに社会性はあるようで商業施設がチラホラと見える。だが、テントや掘立小屋も多く、とても衛生的とは言えない。
良さそうな宿を見つけひとまず部屋を借り、シトは俺に飯をご馳走してくれた。
正直会ってからまだ3時間(体感)くらいだったのと、緊張と未知の体験の連続でお腹は空いていなかったが、ありがたくいただくことにした。
飯は干し肉を焼いただけのようなものであまり美味しいとは言えない代物だったが、おそらくここでは食料は貴重なのだろうと周囲の雰囲気で察していた俺は無理やり胃に取り込んだ。
食事を終える頃には日はもう沈みかけていたため後はそのまま宿へ戻ることにした。
正直今日1日いろんなことがあって頭がパンクしそうだ。
宿に戻った俺たちはそのまま寝ることにしたが、シトから「手を出したら殺す」と言われたため、己の中に眠る【闇獣】(笑)を決死で抑え込み、寝ることにした。正直年頃の女の子と一緒に寝るのは初めてなので俺は内心ドキドキしたが疲れが溜まっていた俺はすぐ眠りについてしまった。
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ふと夜中俺は目を覚ました。
妙に静かな夜だと寝ぼけたまなこで周囲を見渡す。
ここが元いた現実世界ではないのは承知だったが、今感じたこの事実が急速に俺の目を覚ます。
(そうか。俺、異世界に来ちまったんだ)
と感傷に浸っているとき、俺はある違和感を覚えた。一緒に寝ていたはずの狐の少女の姿がない。
俺は飛び起き辺りを見渡す。
いない。
夜風にでも当たりに行ったのかと思ったがこんな夜分に出かけるのは危険だ。俺はすぐに扉を開けて廊下に飛び出した。だが俺はすぐに足を止める。そこには、3人の少女と2人の少年が立っていたからだ。あまりの不気味な光景に俺は一瞬ヒヨったが、首を振り彼らに話しかける。
「君たちこんな夜中にどうしたんだ?大丈夫か?」
だが、彼らからは反応がない。まるで生気が抜けたような、そうその状態はなにか見覚えがあった。
刹那のことである。少年少女たちが一斉にこちら側に駆け寄ってきた。俺はいきなりのことで面くらい硬直してしまう。
その直後、腹部に強烈な熱さと痛みが走った。
しかも1箇所ではない複数箇所だ。
俺は思わず子供を突き飛ばし自室にすぐに戻り鍵をかけ、その場に倒れ込んだ。
「なんだ!?なんだ!?なんだ!?痛い!痛い!」
うずくまるような姿勢で恐る恐る目を開け腹部を確認するとナイフのような物が2本突き刺さっていた。もう1箇所にも刺し傷があり、ドス黒い血が流れ出ている。
「嘘だろ…ぁああああああ」
悲鳴を上げながら俺はナイフを引き抜く。想像以上に長い刃物は根元まで俺の血で染まっていた。
ドクドクと流れ出る血が床に広がっていく。
内臓も貫かれていたらしく血が食道を逆流する。
口の中に生臭さと鉄の味がした。
「ゴパッハァッぐぇバハッ…」
口から血がとどめなく吹き出し、呼吸ができない。
苦しい!苦しい!苦しいぃいいいいいい!
痛い!苦しい!痛い!苦しい!
血を撒き散らしながら俺は床で転げ回る。
死ぬ…!
手足が痺れだし体がガタガタ震え出す。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
ピィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
けたたましいサイレンのような耳鳴りが脳内を反芻する。
「あぁぁぁぁぁ….ぁあああああああああああああ」
俺はパニックになり目が飛び出るくらいかっぴらき、目をぐるぐる動かす。
手足の痺れが限界に達し、感覚がなくなるくらい冷たくなっていく。
薄れゆく視界の中で影が自分を覆ったことに気づいた。
苦しみに抗い首を上の方向に捻る。
そこには、シトが冷徹な目で見下ろしていた。
「だん゛で…だん゛で…」
俺は声にならない声を精一杯あげる。
「お前は危険すぎる。やはり始末しておくことにした。悪く思うな」
シトが見下ろしながら何やら言っているがけたたましい耳鳴りが邪魔をして何も聞こえない。
視界が真っ暗になり手足の感覚も痛みの感覚も麻痺して耳鳴りの音がとてつもなくデカくなっていくばかりだ。
やがて自分の何かもがなくなるような錯覚を覚え…
俺は死んだ。