予知の魔女
薄暗く水タバコの匂いが染み付いた部屋にシトはいた。
「おかえりなさぁい。幻惑の魔女」
その声を発した人物は予知の魔女と言われている化け物だ。
化け物というのはいささか言い過ぎか。
いかにも魔女といった風貌で先が尖った鍔の大きい帽子を被り、豪華な学者風のローブを身に纏っている。
垂れてクマのある目を気怠そうに動かし、大きめの豪奢なランタンのような形をした物体に炭を入れて、そこから伸びた管に妖艶な唇を当てがい中の空気を吸う。
そして、「すはぁ」と独特な匂いのする煙と共に大きく息を吐き出した。
「雷竜ガイガルキンを討伐した」
そう、シトは報告のためにここを訪れたのだ。
「予定通りねぇ。にしても…」
魔女は妖艶な仕草で気怠げに目を垂れさせたままこちらをチラリと見つめる。
「なんだ。気持ちの悪い目配せの仕方をするな。実に不愉快だ」
「そんなこと言わないでぇ。あなたが帰ってきてほっとしてるのよぉ?」
「ふん。白々しい。それで、他に何か言いたげじゃないか?」
「なにか…面白いものを見つけたみたいねぇ」
気怠げだが、さっきとは違う目力をそこに感じた。
「随分耳が早いな。お前の情報網はどうなっているんだ?」
「うふふ。風の噂に聞いただよぉ?」
「あの青年のことだろう?お前は予知していたのか?」
「うふふ。さぁ、どうかしら?」
「食えないやつめ。私はお前が嫌いだよ」
「そんなこと知ってるわぁ。そんなことよりぃ、彼のこと、お し え て」
「どうせ全部知っているのだろう」
「そんなことないわぁ。でもぉ、彼がいなかったらあなた、死んでたわよぉ?」
「確かにそうだな。彼…そう、あのるがいなかったら任務を達成するどころか逆にあの集落を突破されて南の都市も瞬く間に陥落していたことだろう」
「あのる…。ふふ。不思議な名前ねぇ。まるで異界の住人みたい」
「どうやら全部知っているらしいな」
「さぁね。ところでぇ、何か仕掛けてきたんじゃなぁい?」
「ああ。神殺し…いや、レイナースの件で中央諸国連合に向かわせた」
「あらぁ?あなたのお気に入りをそんな危険なところに向かわせるのぉ?それもぉ、たった1人でぇ?」
「ああ。彼なら問題ない。それにそのおかげで私の手が空く。メリットも大きいだろう」
「騙すなんて酷い魔女ねぇ?その性格の悪さはどこから来たのかしらぁ?」
「人聞きが悪いな。誰も騙してないし、お願いしただけだ」
「どうせ重要なことぉ、教えていないのでしょう?」
「その方がいいだろ。やつも知る必要はない」
「やな女ねぇ。女狐ってみんなこうなのかしらぁ?」
「うるさいぞ。お前だって重要なこといつも黙ってるだろ」
「やだわぁ。そんなこと、な い わ よ」
「ふん。どうだか」
「それよりぃ、手が空いてるって今言ったわよねぇ」
「新たな仕事か?」
「そうよぉ。そのレイナース関連なのだけどぉ、どうやらぁ、不敗の魔女が動き出したみたいよぉ」
「なに…?ついにあいつが?」
「まぁこれから動き出すっていう方がぁ、正しいかもしれないけれどぉ」
「それで、私は何をすればいいんだ?」
「それじゃぁ、今から伝えるわねぇ」