エチチ・シト
「お、お前なんなんだよ」
俺はいきなり豹変した狐の少女に問いかける。
少女はやれやれとでもいうような仕草をしながらこう続けた。
「ダークマジックを知らないのも無理はない。私は幻惑の魔女、エチチ・シト。ダークビーストの一柱だ」
ダークマジック?ダークビースト?なんだそれは。
俺はその情報量の多さに困惑する。
俺が困惑していると少女は丁寧に捕捉してくれた。
「お前そんなことも知らないのか。やれやれ。説明してやるからちゃんと聞け。……..」
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つまるところ、まずこの世界は神から祝福された闇獣と呼ばれる者たちの争いで世界が荒廃してしまったらしい。そして争いの果てにとあるダークビーストが宇宙を割って神に使える闇の眷獣という化け物たちがこの世界に解き放たれたらしい。そこからただでさえ荒廃した世界がさらに破滅へと進んでいったらしい。争い尽くしたダークビーストはわずか10体に数を減らし、闇の眷獣が世界を食い荒らしているということだ。
そして今この村も近くに生息している闇の眷獣の眷属たちが襲いにきてこうなったらしい。
あまりに救いのない世界だ。
そしてこの少女はまさかのダークビーストの1体であり、6人いる大魔女の1人だという。
これだけでもお腹いっぱいだが、ダークビーストは強力なダークマジックという魔法を使用できるらしい。この少女(?)は全てのものを魅了することができる魔法を使うことができるらしいが、なぜか俺に効かなかったことで驚いたということだ。
そこに関しては俺が転移者だからとかそういうのも関係したりするのだろうか。どちらにせよ、今はあまりにも情報が足りなさすぎる。
「理解できたか?」
「ああ、大体は」
「それにしてもダークマジックが効かない奴がいるとは、初めて見たぞ。お前ダークビーストか?…いや、ないな。ダークビーストなら神に祝福されているからな」
俺は祝福されてないんですね…。マジでなんでこの世界に飛ばされたんだろ…。
俺はふと疑問に思った。なんでこの狐さんはこんなところにいるのかと。普通に考えて、闇の眷獣とかいう危険なやつが住む地域に都合よくダークビースト様がいるわけない。それにこの狐さんは見たところ戦闘能力が皆無に見える。たしかに幻惑は強力だが、効かなければ意味がない上に生き物がいないと何の役にも立たない。
「なぁ。ちょっと聞いていいか?」
俺は目の前の狐さんに問いかける。
「なんだ?」
「いや、大したことじゃないんだが、なんでこんな辺鄙なところにいるのかなぁって」
「なんだそんなことか。私は旅をしているんだ。まだ見ぬ地域、景色、匂い、人、生き物。あらゆるものを知りたいんだ」
「たったそれだけで?」
「ああ。他に何がある?」
「いや、ほんとっぽいから何も言えないだけ」
「それよりもお前こそ何でこんなところにいる?そしてなぜダークマジックが効かない?」
俺は答えようとして、一瞬躊躇した。まさか異世界から転移してきたなんて言えない。俺だってなんでこんなところのいるのか知りたいんだ。
あまり答えに戸惑っていると不自然なので咄嗟に誤魔化すことにした。
「それがさ。俺記憶ないんだわ。気がついたらここにいて村が無くなってた。歩きながら人探してて君を見つけたんだよ」
「瓦礫にでも頭をぶつけたのか?それは気の毒だな。だが、ダークマジックが効かなかった説明にはなってないぞ」
俺はギクっとした。誤魔化せたと思ったが、どうやらこの狐さんは逃してはくれないらしい。
「いやさ。ほんとに記憶がないんだよ。何も。てか、俺にダークマジックなんて使って何する気だったんだよ」
「記憶がないからわからないか…。ああ、私一人じゃ何もできないからな。闇の眷獣の眷属たちがまた来るかもしれないから手頃な人族を魅了して盾にようと思ってただけだ」
やや納得してないような表情をしたがどうやら上手く話を逸らすことができたらしい。あとさらっと酷いこと言ってるが聞かなかったことにしよう。
ともあれ、ここで話していても埒があかない。移動して安全なところに行かないと。
「すまん。もう一個聞いていいか?」
「なんだ?」
「俺たちここにいたら飢え死にすると思うから移動しない?この近くにもう一個村とかあったりする?」
「たしかにそうだな。私もそうするつもりだった。この近くにはダイガサイザン地区という難民キャンプみたいなところがある。そこに行こう。ついてくるか?」
「ああ。助かるよ。ほんとに」
どうやら俺は助かるらしい。