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ダークビースト  作者: エロ姉
29/36

エル

「はぁはぁはぁはぁ…!」


 俺は息を切らしながら組合に戻り、体力の限界を感じて扉の前で膝をつく。

 そして子鹿のように震える足をなんとか奮い立たせて扉をこじ開けた。

 俺は受付まで蛇行しながら走る。


「カールが…!カールが!」


 受付嬢は俺の深刻な状況に気圧されながら言葉を紡ぐ。


「ど、どうしたんですかあのるさん」


「カールが…!」


「か、カールさんですか?」


「あぁぁああああ」


「あ、あのるさん、とりあえず落ち着いてください!」


「カールが死んだ!カール…カールが…死んだんだよおおおおおお」


「そ、そんな…」


「俺…カール…」


「えとあのるさん。あの、エルフリーデさんとサーシャさんはご一緒じゃありませんでしたか?」


「え…?」


「それが…もう2日も帰ってきていないんです」


「あ…ああああああ」


「あのるさん!とりあえず落ち着いてください!話は落ち着いてから詳しく聞きますから!」


「嘘だ…嘘だ嘘だ…」


「あのるさん!」


 俺は衝撃の事実を聞き、思わず組合を飛び出した。


「あのるさん!待ってください!どこへ行くんですか!」


 受付嬢が何かを叫んでいたように見えたが、俺は構うことなく森の方へ走る。

 カールが死んだということはエルもサーシャも無事では済まないということだ。

 俺が行かなきゃ!

 今行ったら、間に合うかもしれない。

 まだ森の中で彷徨ってるかもしれない。

 希望的観測なのは重々承知だ。

 それでも俺は諦めたくないんだ!逃げたくないんだ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は1人で森へ足を踏み入れる。

 とりあえずはカールが死んでいたところまで行けば何かしらの手がかりはあるはず。

 正直あの光景をもう一度見たくはないが、2人の生存への手がかりを掴むことができるかもしれないから行くしかない。

 シュミレットで傷をつけた木を辿って薬草が生えている場所に行く。

 そして血がついた薬草を見つけた。

 ここから先にカールの死体がある。

 俺は意を決して先に進む。

 100メートルほど歩いたところに赤黒くなった血溜まりを見つけた。

 俺はその上に顔を向けた。

 しかし、そこにはカールの死体はなかった。


「嘘だろ…?カールはどこに?」


 俺が死体を見つけてここに戻ってくるまでおよそ1〜2時間ほどだと推定するとその間にカールの死体が移動したことになる。

 カールの巨体を地面に引きずった形跡もなく持ち上げて移動する何かがいるということだ。

 それができるのは腕力の強い人間か樹上を移動し、かつカールを運べるほど強靭な顎をもつ動物だ。俺の予想ではおそらく後者だ。前者では運ぶことは可能であろうが地面に歩いた形跡さえ残さないというのは不自然だ。故に後者であると言える。

 だが、後者であった場合俺がそいつに遭遇すれば何もできずに死ぬことになりそうだ。

 おまけに短時間の間に移動させたならばそれほど遠くまでは運ばれていないということになる。

 犯人は必ず近くにいる。

 そして、エルとサーシャが組合に戻っていないということは今もカールを探しているか、死んだかの二択になる。もちろん前者にかけないといけないのだが、探している場合彼女たちも近くにいる可能性は大いにある。

 俺は恐怖しながらもシュミレットで木に切り傷をつけながらさらに奥へ進むことにした。

 心臓は鳴り止まないが、手がかりは掴んでみせる。

 俺は樹木の枝や下に生えている草木に血がついていないか確認してみたが、もう血が乾いてしまったのかそれとも全部無くなったのかは不明だが血の痕跡らしきものは見当たらなかった。

 しかし、木の枝や真新しい広葉樹っぽい新鮮な葉がところどこに落ちている。

 おそらく移動した際に崩れたか擦れたかして落ちたのであろう。

 やはり樹上を移動していると見ていいだろう。

 となると枝が折れていたりする場所、下に落ちた枝や葉っぱを頼りに捜索するしかないか。

 地味だがこの方法が確実だ。

 でもこの方角だと確実に森の中心部へ近づいてしまうんだよな。

 しかたないか。ええいままよ!というやつだ。

 俺はそのまま森の奥へと入っていくことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 まさかこんなところで三面獣に遭遇するなんて思いもしなかった。

 まだ森の端の方だというのに。

 5等級の4人パーティが全滅したという話が出たため調査しに行った矢先のことだった。

 あらかじめ三面獣と遭遇してしまった時の対処は考えていたが、まさかあれほどに速いとは思いもしなかった上、木から木へと高速で飛び移りあたしたちを撹乱してくるなんて。

 なんて狡猾な魔獣だ。

 あたしたちのパーティの連携もかなりのものだがそんなものはやつの前では無力だった。

 あたしは即座に撤退を決め、逃げようと叫んだが、三面獣が逃してくれるわけもなく、カールが盾になってあたしたちを逃してくれたのだ。

 あたしとサーシャはあえてそれぞれ逆方向へ散開し、それぞれ全速力で逃走した。

 カールが雄叫びをあげて三面獣を引きつけてくれたおかげで逃げおおせることができたのだ。

 あたしは体力の限界を感じその場に膝をつき大粒の汗を地面に滴らせながら荒い息をつく。

 

「カール…くそ!」


 あたしは思わず呟いた。

 調子に乗っていた。

 この街ではかなり名の知れた義勇兵のつもりだった。

 実績を積み重ね、森の主とも言える三面獣の調査依頼を組合から任されたときはそれはもう嬉しかったのだ。

 やっとここまできたんだ。やっと認められたんだ。そう思った。

 でも、結果がこれだ。

 あたしたちに敵う相手ではなかったのだ。

 サーシャは無事だろうか。

 カールも…いや、無事では済まないだろう。

 おそらく死んでしまったに違いない。

 いくら巨体とストレングスを持つカールでも単独で三面獣を向かい撃てるわけはない。

 私たちのために命を賭して逃してくれたのだ。

 

「カールのためにも…絶対生きる…!」


 あたしは震える膝を両手で叩きゆっくりと立ち上がる。

 そして大きく息をついて走り始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あたしは岩と倒木の間で息を潜めて休んでいた。

 あれから1日以上は経過しただろうか。

 まともに寝ることはできなかったが体を休めることはできた。

 希望的観測であはあるがカールが三面獣に深傷を与えることができていたなら逃げきることができるかもしれない。

 日の光の角度から察するにおそらくここは森の中心に近い場所だろうからここから南側に行けば街にたどり着けるはずだ。

 となれば日が出ている方角へ進めばいい。

 朝方ならば魔獣の動きは鈍くなる。

 逃げるなら今が好機だ。

 あたしはここから顔を出して周囲をうかがう。

 乾季だというのに霧に包まれ地面の苔が木々の間から差し込んだ光を反射する。

 幻想的な風景だ。

 あたしは周囲に何もいないのを確認すると跡を立てないように静かに南に向かって移動を始めた。

 だが、次の瞬間獣臭さが鼻を掠めた。


「嘘でしょ…!こんなところで…!」


 あたしは走り始める。

 なりふりは構っていられない。

 つけてきていたのだ。

 ずっと。


「恵みの神よ、我を守りたまえ!防御結界【プロテクション】!」


 祈法をよどみなく詠唱し、プロテクションを発動させる。

 刹那だった。

 ドンという衝撃を全身に受けあたしはクズキレのように地面をゴム鞠のようにバウンドする。


「カハッ」


 背中を強打し、呼吸ができない。

 何が起きたんだ。

 朦朧とした意識の中で周囲を見渡す。

 すると樹上の巨大な獅子がこちらを睨んでいた。


「三面…獣…!」


 あたしはあまりの恐怖に震えながらもなんとか立ち上がり、笏丈を構える。


「恵みの神よ、我に光の力をあたえよ!発光【フラッシュ】!」


 笏丈から眩い光が迸り、光が周囲を包み込む。

 これはただの目眩しだ。

 あたしはそれを放つと同時に走り出す。

 攻撃魔法など持っていない自分はこれをするのが精一杯だ。

 とにかく、逃げなければ!

 

 ガコン…ガコン…


 逃げる間に何かを擦り合わせるような音が聞こえた。

 その瞬間、また全身に衝撃を感じ前方に吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと転がり、木にぶつかって停止した。


「う…あ…」


 あたしは苦悶の声を漏らし、泥だらけになった目を開けて這いつくばりながらも懸命に立とうとした。

 だが、立てなかった。


「え…?」


 あたしは目を自分の足に向ける。

 自分の両膝から下が無かった。


「あぁ…あぁ…あああああああああああああああ!」


 絶叫が森にこだまする。

 強烈な痛みが押し寄せ思わず足をジタバタさせながらもがき苦しむ。


「うぐぅ!うぐぅ!ああああああああああ」


 ガコン…ガコン…


 また音が聞こえた。

 

「あぁ…あぁ…神…よ…わ、れ…を…まも…」


 その瞬間またも全身に衝撃を感じ宙に吹き飛ばされた。

 鮮血が舞い、私の意識が飛びそうになる。

 衝撃が背中に走る。

 木の枝に引っかかったのだ。

 

「たす…け…」


 すると目の前に口に鋭い牙を何百と生やした化け物がいた。


「あぁ…ああああああああああああああ!」


 あたしはまたも絶叫する。

 それを愉しむかのように化け物はあたしの首にかぶりつく。


「やめっ!やめ゛て゛ぇ゛ぇぇぇえええ!」


 絶叫しても化け物はやめてくれるわけもない。

 首をぐちゃぐちゃ音を立てながら口ちぎる。

 血が化け物の顔を真っ赤に染めた。


「あぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛」


 声も出ない。

 痛みが限界を突破し、化け物をどかそうと暴れるがビグともしない。


「た゛す゛け゛…」


 その数秒後、あたしは意識を失った。


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