薬草採集2
乾季だというのに森の中はやはり涼しい。葉の蒸散による効果なのか木の影の効果なのかはたまた魔力的な何かなのかはわからないが木がない所とそうでない所は温度が段違いだ。
だが今日の森はなにか違和感があった。
妙に静かだ。
いつもならば無害な動物が水を飲みにきていたり、ワニみたいな水棲生物が水を飲みにきた生き物を狙いすまして水面から顔を出しているのだが、何もいない。
まぁそんな日もあるかと俺は心の中で呟きながら水辺に生えている薬草を採集していた。
薬草は根っこさえ傷つけなければほぼ無限に再生するようで2日後にはだいぶ復活している。俺は毎日きているので採集するエリアを3つに分け、ローテーションを組むように採集していた。
あまり水辺に寄りすぎると水棲生物の胃袋行きが確定してしまうので近づかないように配慮しながら採集する。薬草採集の基本だ。
俺は夢中で薬草を取っては背中のカゴにポイポイ投げ入れた。
2時間は経っただろうか、そろそろ腰が痛くなってきたところで帰ろうかと思った時である。
強烈な獣臭が鼻を掠めた。
今まで嗅いだことがない生粋の獣のような悪臭だ。
俺は思わず鼻を押さえ辺りを警戒する。
なにか…いる。
だがどこにいるのかわからない。
俺が元いた世界で軍人になるための職業支援先進学校に通っていたころの野外実習を思い出す。
植民地支配に抵抗せんとするレジスタンスとのゲリラ戦を想定した訓練だったがかなり過酷だった。
そのときはジャングル地帯で実習していたため危険な猛毒蛇やジャガーなどの猛獣も生息していた。
そこで遭遇したジャガーと同じような臭いがするのだ。あの時の実習の緊張感を思い出す。
この臭いは獰猛な肉食獣の臭いだ。
俺の第六感が全力で警鐘を鳴らしている。これは…狙われている。
俺は静かに小盾を左手に装着し、右手にシュミレットを構えながら後ろに下がる。
猛獣相手に背向けて逃げたら追いかけ回される可能性があるからだ。
いくら俺が死に戻りできると言っても、食い殺されるのはごめんだ。想像しただけでも身震いして吐き気がやってくる。
俺は精神を研ぎ澄まし、ゆっくりゆっくり後ろに下がる。
まだ敵は一定間隔を空けながら俺のことを狙っているらしい。
実に狡猾だ。
そうだ野生動物は狡猾なのだ。魔獣かもしれないけど。
本当に動物のこういうところには感心するが緊張を強いられるこちらとしてはたまったものではない。
埒があかないので俺はもう一つの手段を使うことにした。
「わあああああああああああああああ!」
俺は大声で叫ぶ。
古典的な威嚇行為だ。
本当にこれに効果があるのかは不明だが、後退りしながらもう一度叫ぶ。
「わあああああああああああああああ!」
するとその時遠くの方でガコン…ガコン…カカカ…ガコンという骨を鳴らすに近いような音が聴こえた。
その音が終わると同時に強烈な獣臭が薄れた。
俺は獣が去ったことを悟ったと同時に一目散にきた道を走り駆け抜ける。
あまりに必死だったのでもはや何も考えることができなかった。
ただただ怖かった。ただただ一刻も早く逃げたかった。
足は小鹿のように震えていたが、それを叱咤してなりふり構わず逃走したのだ。
そして森から脱出する。
もうやつはいなかったが、俺は一回振り返り確認して、また走り出した。
2キロ以上あるが街まで休まず走ったのはこれが初めてだった。
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俺は一旦休憩したのち組合に薬草を納品して依頼を完了させた。
受付嬢が「どうしたんですか!悲壮な顔してますよ!」と驚いていたが、大丈夫ですと誤魔化して足早に宿に戻った。
あれがなんの生物だったのかはわからないが、俺1人だけで襲われていたら確実に殺されていただろう。
できれば死にたくない俺としてはもっと慎重にいかなければいけないなと心に決めるのであった。