薬草採集
俺たちは今ダンデ公国のフロイエストという街に来ている。最南端では1番デカい街と言われており、交易の終着点だ。ここから南は辺境の村や自治区がポツポツ点在し、この街は俺たちがいたダイガサイザン地区とは比べものにならないくらい大きく、そして綺麗に道や建物が舗装されている印象を受けた。掘立て小屋やテントではなくしっかり石かレンガ作りの建物が多い。この先をさらに進むと大きな商店街があるらしい。ちょっと見てみたいから楽しみだ。
ここにいる人々はダイガサイザン地区と同様に亜人種が多く。主にブルーオーク族、ゴブリン族、獣人族など様々だ。ダンデ公国の南部は主に上述した3つの種族が多いらしく、共存しているらしい。
シトは全く違和感がないが、俺は目立つらしく時々物珍しそうな目で見られる。人見知りな俺はちょっと恥ずかしかった。
そうこうしている間に俺たちはシトに伝手がある厩舎にトカゲと荷馬車を預け、しばらくここに留まることにした。
路銀も稼がなきゃいけないしな。
そんなわけで俺を義勇兵登録するために義勇兵組合という場所に連れてこられた。
身分の保証がない俺が何かをやらかした場合連れて行かれて酷い目に遭わされかねないし、何より身分がないと路銀を稼ぐための依頼すら受けられないというリスクを回避するためだ。
じゃあ街の関所をどうやって潜り抜けたかって?
それはもうお察しの通りシト様の偉大なるお力によるところである。
俺たちはわりかし綺麗でかつ大きな建物の前に来ていた。
「ここが義勇兵組合かぁ。ほぇぇ」
「そうだ。ここで義勇兵登録をして依頼をこなし、身分を保証してもらう。路銀も稼げて一石二鳥だろ?」
「さすがシト様頭いい」
「茶化すな。入るぞ」
「へい」
俺たちはご立派な扉を開けて義勇兵組合の中に入ったのであった。
中に入るとアニメで見たような集会所みたいな感じだった。テーブルと長椅子があり、他の義勇兵らしき者たちが談笑している。カウンターには受付嬢らしき人物もおり、おそらくあそこで登録するのであろう。
犬型の獣人族らしき受付嬢のところにシトはスタスタと歩いて行く。
「こいつの義勇兵証を発行したいのだがお願いできるか」
受付嬢の人は俺を一瞥し、物珍しそうにこちらを伺う。
「はい発行できますよ。もしかしてあなたも義勇兵なのですか?とても幼く見えるのですが」
一拍おいて返事をするも今度はシトを見てそう問いかけた。
たしかに見た目は12、3歳の少女だから疑われるのも無理はない。だがこいつは100年以上生きてるらしいからいわゆるロリババアだ。本人に言ったら怒られそうだけど。
「そうだが、何か問題でも?」
シトは意に関せずといった風に問いかける。
「あ、いえ失礼いたしました。ただいま手続きの準備をさせていただきますので今しばらくお待ちください」
シトの圧に屈したのか受付嬢は焦りながら裏方へと消えて行った。
シトさん、もっと物腰柔らかくした方がいいと思いますよ。
シトは「まったく、失礼なやつだ」とプンスカ怒っていた。
その姿が完全に駄々を捏ねる幼女にしか見えないから余計に面白い。
「お待たせいたしました。こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
受付嬢はそそくさと戻ってきて俺に一枚の用紙を差し出した。
だが俺はそれ見て固まってしまう。
「どうしたあのる?早く書け」
シトは何をしていると言った感じで催促をしてくる。
「いやぁ、書きたいのは山々なんだけど…」
「なんだ?」
「そのぉ、字が読めません」
「あー….」
シトはそれを聞いて代筆してくれた。
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「義勇兵登録が銀貨3枚なんてとんでもない値段だな」
俺は義勇兵組合のぼったくり具合に思わず毒づく。どうやらここでいう銅貨1枚は俺が元いた世界の100日現貨に当たるらしく銀貨はそれの10倍、金貨はそれの1000倍の価値に当たるらしい。100日現貨というと1日何不自由なく暮らせるレベルなので銀貨3枚は1ヶ月暮らせるレベルだ。あまりに大金すぎる。
「何を言っているんだあのる。この国では普通だ。むしろ足元を見られてその何倍も吹っ掛けてくる組合もあるらしいぞ。元に私たちは一見は冴えない異国から来た黄人族の青年と獣人の少女だ。適正価格で取引してもらったことに感謝すべきだな」
「はぇぇ…とんでもないな。義勇兵になるのも一苦労だな。そんな大金使ってよかったのかよ」
「構わない。と言っても今のでこないだもらった報奨金はほぼ無くなった。ここからは依頼をこなしていくしかないな。まぁ安全なことからしていけばいい。いざとなれば私のチャームがあるしな」
「さすがチート持ちは違うなぁ。頼りになるぅ」
「バカにしているのか?それとも1人で依頼こなしてくるか?」
「いえ滅相もございません!シト様のお力にわたくし伊藤亜ノ流、まことに感服した次第にございます!」
「急に大仰な言い回しをしおって。気持ちの悪いやつめ」
「ははあ!」
「はぁ。まあいい。ここから2キロほど行ったところに乾季の今でも大地に強く根を張って地下水を吸い上げて生い茂っている森がある。とりあえずそこでしか取れない素材でも取りに行くぞ。売ったり利用したり色々できるからな」
「この伊藤亜ノ流、どこへでもお供いたします」
「それはもういいって言っただろしつこいな」
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俺たちは治癒のポーションの素材になる薬草採集の依頼を組合で受けた。
ファンタジーものでしか聞いたことがない治癒のポーションが実在していることがまず驚きだったが、ここは異世界なので元の世界の常識は通用しない。もし元の世界に傷を癒せるポーションがあったら戦場での死亡率もかなり下がるのだろうなと勝手に思案した。
受けた以来の薬草の数は50本だった。
普通に多いと思うのだが、本当にそれだけ自生しているのだろうか。
シトは森の動物や虫にチャームをかけて探させると言っていたので大丈夫なのであろうが、まったくシトのチートが素直に羨ましい。改めてなんで俺だけに効かないのか不思議なくらいだ。
馬車を森の手前で停めて、森の中には俺とシトだけで入ることにした。
「そういえばどんな薬草探すのか聞いてなかったな」
俺はシトに問いかける。
「ああ、言ってなかったな。まぁ百聞は一見にしかずだ。見つけたら教えよう」
「おっけ〜」
そういうとシトは森に向かってチャームをかけた。
「お、小動物が4匹もいるぞ。薬草を持ってこい」
シトはチャームにかかった小動物に命令を出す。とんだチート能力だ。
俺は役立たずだからもはやくる必要もなかったのではないだろうか。
とほほ。
数分後リスのような小動物が草を咥えてシトの元に戻ってきた。
「随分早かったな」
シトはそう言うとリス(仮)から薬草を受け取り俺に手渡した。
「これが治癒のポーションの材料になる薬草だ」
「ほぇぇ。これが…全くわからん」
正直ただの雑草にしか見えなかった。ていうか草の種類なんてさっぱりわからん。
「お前は貴族のぼんぼんみたいなことを言うな。草にも形状や匂い、触感など様々な情報があるに決まっているだろうが」
「それはそうだけど…」
「ほら、つべこべ言わずお前も探してこい」
「お、鬼だ!幼女改め鬼!」
「はぁ?おに?なんだそれは。なにか悪口を言われた気がするな」
「い、いえ何もごじゃりましぇん」
「ほらサンプルは渡したんだからさっさと探してこいヘタレめ」
「へいへい。探せばいいんだろ…」
俺はそそくさと森の中に入った。
森の中は大きな木々が多く。低木が生えておらず、草もあまり生えていない。木と木の間隔がかなり離れており見晴らしもよく歩きやすい。
シトはというと荷馬車で休んでいる姿が見えた。
あんのやろうあとで絶対泣かせてやる。
全くもって羨ましい。
心の中で毒づきながら奥へと進んでいく。
にしても乾季だっていうのに力強く生きている植物様はすごいものだ。葉が照りつける日光を遮り、蒸散によって気温も外よりは低い。割と快適だ。
だからこそ薬草も育つのであろう。
雨季には薬草が生えやすくなり安価だが、乾季の今はこの森まで来ないと薬草が見つからないためかなり高価らしい。俺みたいな何の力も持っていないやつにはうってつけの依頼だ。
おそらく魔獣討伐や護衛の類の方が稼げるため薬草採集とかいうめんどくさい地道な依頼を受けたがる義勇兵がいないのも薬草が高価な理由であろう。
俺はどんどん奥へ進んでいく。かなり奥まで来たけど、シュミレットの先で木に傷をつけておいたから帰り道は問題ないだろう。
そういえばシュミレットと小盾を返すの忘れていたな。はは。
にしてもデカい動物が全然いないな。
俺がいた世界の森にもあんまり動物はいなかったからここも同じようなものかもしれない。おそらく頻繁に冒険者が出入りするからっていう理由もありそうだけど。
どちらにしても俺にとってはその方がいい。デカい動物に襲われたら俺1人だけじゃ死んじまうし。
そんなことを考えながら俺は黙々とシュミレットで木を傷つけながら進んでいく。
すると少し開けた場所に出た。
太陽の木漏れ日が水に反射していた。
「オアシスだ」
俺は思わず呟く。
オアシスと言ってもかなり濁っていて綺麗とはいえない。それにワニみたいな巨大な水棲生物がいるかもしれない。気をつけないとな。
オアシスの周りは草が生い茂っていて中々進みづらい。
ここなら薬草が期待できそうだと思った矢先、ビンゴだった。
シトにサンプルとして渡された薬草とよく似た形状の草が所々に生えている。
「あーよかった。手ぶらで帰ったらシトに何言われるかわかったもんじゃないからな」
俺は背負っていたカゴを地面に置き、薬草を根本からちぎって投げ入れる。
この依頼でいくらもらえるかわからないからなるべくたくさん取っていこう。
俺は一心不乱に薬草をカゴに詰めていった。
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「よぉ。戻ったぜ」
俺はシトの元へ戻った。薬草をカゴいっぱいに取った俺の手は草の体液で真っ青だった。
「意外と早かったな。こっちもそこそこ集まったぞ」
俺が戻ってきたのでシトは荷馬車から降りる。
とりあえず重かったので俺は地面にカゴを置いた。
シトがそのカゴの中を覗き込む。
「これはすごい。やるじゃないかあのる」
普通に褒められたので悪い気はしない。
「ま、まぁ?俺にかかればこんなもんよ」
「調子に乗るな。だがこれは十分な量だ。撤収して納品してもまだあまりある量だから近場のポーション職人のところか商人にでも売りに行くか」
「よっしゃー。これでしばらくやらなくて済む」
「何を言っている。明日もやるんだぞ。路銀は必要だろうが。まったく」
「え、明日もやるんすか」
「当たり前だ」
「そ、そ…っすか…」
それを聞いて俺はガックリ肩を落とした。