狐の少女
俺はドラゴンに見つからないようにすぐに屈み、その屈んだ姿勢のまま墨になった建物の物陰に移動した。
そこから恐る恐る様子を伺うと、ドラゴンは1体だけではなく複数体いることがわかった。
「なんなんだよ一体…」
俺は未だ状況が読み込めずそんな本音を漏らす。
確かにドラゴンにはビビったがまさか複数体いるなんて。あまりに絶望的だ。
周りの惨状から察するにおそらくあのドラゴンたちがやったのだろう。
熱を帯びた空気を切るようにポツポツと雨が降り始める。
俺は息を潜めてドラゴンたちをこのままやり過ごすことに決め、今のうちに状況の整理をしておこうと思考を目まぐるしく回転させる。
疑わずにはいられないが、おそらくここは現実だ。これが今小説で流行っている異世界転生、異世界転移というやつだろうか。よりにもよって自分がそうなるなんて思いもしなかった。小説では転生ボーナスがあるみたいだが、今の自分にそんなものはないように思える。ただの人間だ。願わくばチートの一つや二つ欲しかったがこの状況下ではない物ねだりだ。
(ああ…帰りたい…)
ドラゴンたちは雨が降り始めてから数が減ってきている。どうやらここに止まっていたのは正解だったらしい。
お腹がキュルリと鳴った。
お腹すいたな。
安心したのか空腹だったことを思い出す。
そういえば昨日食べたのはポテチだけだったな。こうなるのを知っていたらもっといいもの食ってたのになあ。
周りには墨になった木屑が散乱しているだけで食べ物のようなものはもちろんない。
と思考しているうちにいつの間にかドラゴンたちは姿を消していた。
「行ったか」
俺は足に力を入れて立ち上がり、辺りを見渡す。
「これはひどい…」
大きくはないがちょっとした街か村だったのだろう。
今はその面影もない。
俺はそのまま歩き始める。
パチパチと火が燻る焼け野原をどこのあてもなく歩いていた。始めから向かう場所などない。今はここから離れなくてはいけない気がする。
靴下しか履いてないため、雨で灰と土が混じってぬかるみすぐに泥だらけになる。
その不快な感覚を無理矢理思考の外へ追い出しひたすらに歩みを進める。
どれだけ歩いただろうか。
さっきよりも雨が強くなってきて服に染み込んでぐしょぐしょだ。
「ひぐっ…」
何かが聞こえた。
「助けて…」
やはり声が聞こえる。
俺はその声の方向へ走り出す。
誰もいないと思っていたので寂しかったのか、嬉しかったのかわからなかったが、ただその方向へ向かった。
するとそこには13、14歳くらいに見える大きな狐耳と尻尾が付いた少女が泣いて俯いていた。
その少女は俺に気づいたのかハッという感じで振り向いた。
俺はその有り得ない光景に声が出せなかった。
耳と尻尾が生えた人間なんてアニメや漫画以外でみたことがないからだ。
これ本当に夢じゃないよな?
「ぐすん…」
俺は目の前の”獣人”と思われる少女に遭遇し、思わず固まってしまった。
少女は俺に気付き、すぐさま振り返る。
俺と少女の視線が交錯し、時が止まったような感覚が走る。
俺がその間を嫌い、やあと声をかけようとしたとき、少女がいきなり俺に飛びついてきた。
俺はいきなりの出来事に面くらい、その場に尻餅をついてしまう。
少女はその場に倒れた俺に抱きつきながら「怖かったよぉ」と泣きながら言った。
俺はいきなり起きたこの状況に困惑してしまい、「え?お?え?」としか声を出せない。
「幻惑」
少女が何か言ったように聞こえた。
だが俺はそんなことに耳を傾けている余裕などなかった。
何しろ、女の子に抱きつかれたことなど今の今までなかったのだから。
「こ、怖かったねぇ。よしよし」
俺は精一杯の慰めを口にして、少女の小麦色の頭髪を撫でる。
すると少女の震えが収まり、先ほどの泣き顔が嘘のように無くなり、逆に驚きようなの表情を浮かべてこちらを見つめる。
俺はその豹変ぶりに思わず固まってしまう。
その目はまるで獲物を狙うようなギョロリとした目だったからだ。
俺は本能的な恐怖を感じ、少女を思わず突き飛ばす。
「お前、なぜ効かない?」
突き飛ばされた少女はすぐに立ち上がり意味不明なことを言う。
「き、効かないって何が?」
俺は状況が読み込めず間抜けな返事をする。
「まさかダークマジックが効かない人族がいるとはな。驚きだ」
ダークマジック?なんだそれ。何を言ってるんだ?
「おいお前、名前は?」
「え?」
「だから名前だよ」
「い、伊藤亜ノ流…」
「そうか。いとうあのる。面白いやつが居たものだな」
これが最初の現地人と接触した一生忘れられない出来事だった。