雷竜ガイガルキン
俺たちは関門の前に集結していた。
飛竜対策用に高い壁を築いており、その上には弓兵が配置されている。
中にはちらほら魔法も使えるものがいるようで、飛竜を中に入らせないようにする仕組みだ。
とは言っても相手は飛竜。そう易々と撃ち落とせるなら苦労はしない。本来であれば飛竜の襲撃を受けた時点で敗色は濃厚だ。
そう、本来であれば。
なぜこう言ったかというと、今こちらにはシトがいるのだ。闇の眷獣にはダークマジックは効かないが、闇の眷獣が従えている他の飛竜にはダークマジックが効く。支配する数に制限があるものの中に入ってきた飛竜を操り逆に手駒にすることができる。それをそのまま戦力として運用すれば敗色濃厚が一瞬で勝勢になりうる。
あとは闇の眷獣が直接きた場合はシトが従えた飛竜、ダイガサイザン地区の面々で総攻撃するしかない。
おそらく何百人も死ぬだろうが、闇の眷獣相手に何百人の犠牲ならばむしろ安い方だ。
正直俺は今すぐにでも逃げ出したいが、おそらく逃げたら何かしらのペナルティで殺される可能性が高い。未だ謎の覆面の男が突然現れ俺を殺すかもしれないし、逃げきれずにそのまま飛竜の餌食なるかもしれない。
むしろ関門を破りにきたのが覆面の男なら良いのだが。
奴が唱えていた「金剛力」なるものを使えば関門の破壊など造作もないだろう。
覆面の男である可能性も捨てきれない。
「敵襲ぅううううううううう!!!!!!」
兵士の叫び声と共にいきなり緊張が走る。
その後一拍置いて突如として関門が轟音と共に破壊された。
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俺は咄嗟に身構える。
おいおい、関門から兵士が監視してたんじゃないのかよ!いくらなんでも早すぎる。
土埃がもうもうと立ち込め関門を支えていた柱がとてつもない音を立てて一気に倒れる。
その余波で関門に登っていた弓兵、関門の前で待っていた兵士が無惨に木っ端微塵になった。
戦場はパニックだった。重症で血を這う者、血反吐を吐きながら叫ぶ者が阿鼻叫喚を産む。
すると砂埃に人影があった。
「あいつだ…!」
俺は確信する。砂埃の真ん中にロングソードような物を持ち、頭に角、背中に翼を生やした齢20くらいの顔の整った無表情の青年が立っていた。
覆面の男じゃない。
しかも人だ。
闇の眷獣ではなかったのか!また当てが外れてしまった。
カンカンカンカンカンカン!!!!!!
金属と金属を当てるような音が周辺に木霊する。
現場に緊張感が漂う中、青年は優雅にだが、力強く歩く。
「幻惑」
瞬間どこかからシトのダークマジックを発動する声が聞こえる。
だが青年は歩みを止めない。
「なぜだ!?」
シトが驚愕したような声が聞こえた。
ダークマジックが効かないということは、十中八九あれが雷竜ガイガルキンなのだろうことがわかる。
その直後青年の後ろから矢のように飛竜たちが低空飛行で兵士たちを巻き込みながら落下する。
ドチャっという鈍い地響きがたちまち連続的に起こり、現場はさらに阿鼻叫喚と化す。
(こいつ!飛竜を肉爆弾にしやがった!!!!)
飛竜たちは自ら落下して自重で兵士を巻き添えにしているのだ。
おそらく関門が破られたのは飛竜が体当たりしたからだと理解した。
そしていつの間にか空は飛竜が飛び回っていた。
「幻惑」
シトは青年から対象を切り替え空飛ぶ飛竜にダークマジックを当てに行く。
そうこうしているうちに青年はどんどん進む。
「狼狽えるな!進め!!!!!」
リンデが声を張り上げる。
それと同時にバルデッタが超速でスキルを叩き込んでいた。
「貫通撃!!!!!!!」
陽炎のように青年に肉薄し、音速のような突きを繰り出す。
だが、ガキンと鈍い音が響き、バルデッタの槍がロングソードに止められた。
「な…に…!?」
完璧に勢いを止められたバルデッタの顔に驚愕の文字が浮かぶ。
すると青年は止めた槍をロングソードで横凪に弾き、こう発した。
「雷球」
刹那眩い閃光がバルデッタの懐を襲い、そのまま体をくの字に曲げて建物に吹き飛ばされ、瓦礫を巻き込みながら砂埃の彼方へと消失する。
俺はその光景に驚愕する。
なんという膂力、なんという暴。勝てない。これ…無理だ。
「いけ!飛竜ども!」
諦めかけた俺を叩き起こすようにシトの声がこだまする。
支配下に置いた飛竜を青年に消しかけたのだ。
だが、青年は余裕の表情で応対する。
「雷属性付与」
手から自身の黄緑色のオーラをロングソードに塗る。そして、
「雷蒼」
そう言うと青年は一瞬で消えた。
その刹那、青年に向かっていた飛竜たちがたちまち地面に激突しながら絶命する。
あまりの異次元すぎる光景に俺は言葉をなくす。
闇の眷獣…こんなに強いのか!?!?!?
強すぎる!!!!
「はぁあああああああああああ!」
その間隙を突くようにリンデが2本の巨大な湾刀を持って襲いかかる。
しかし、
「雷撃」
青年の指先から放たれた閃光がリンデを直撃し、リンデを吹き飛ばした。
そして青年はシトめがけて歩き出す。
まずい!シトがやられる!!!!
俺は思わず走り出す。
恐怖で足が引き攣りこむら返りを起こしていたかもしれないが決死の覚悟で青年に向かった。
「シト!逃げろ!!!!!」
俺は思わず叫ぶ。
その声に反応し、青年はこちらを一瞥する。
「雷球」
青年はそう唱えて俺に攻撃を仕掛ける。
だが俺は恐怖の中で己を鼓舞し、小盾でバルデッタの貫通撃を弾いたアレを無意識に発動させた。
「攻撃を弾く魔法!!!!!」
俺は左腕を思いっきり横凪に振るう。刹那、眩い雷の閃光が小盾にぶつかり俺の赤褐色の魔力が混ざり合う。そして青年が出した雷球を空の彼方へと弾き飛ばした。
青年はその光景に少し驚いた表情を見せたが、すぐに真顔に戻りこう言った。
「左腕、厄介だな。雷蒼」
一瞬のうちに俺との間合いを詰め、ロングソードを下から切り上げるように振るう。
左腕を横凪に払った体制から俺が復帰するまでのコンマ何秒かの瞬間だった。
刹那、左肩にとてつもない熱を感じた。
俺の左腕は俺から切り離され宙へと鮮血を巻き上げながら舞う。
そして、痛みが俺を襲うその瞬間だった。
「雷球」
俺の視界は超速の世界へと誘われ、建物の壁を巻き込みながらクズキレのように吹き飛ばされた。
一瞬何が起きたのかすらわからなかった。
頭を強く打ったのか酷く意識が混濁している。
俺、何してんだろ。
もはやなにも思考することができない。
痛みも音も視界すらも感じることができない。
あれ…俺…誰だっけ。
あれ…シト…シト…?誰だ。
動けない。
俺…死ぬのかな。
暗い。冷たい。寒い。寒い?
そうだ。俺…寝てたんだ。スマホいじりながら。
本当に大したことない人生だった。
何も生み出さず、何も行動しない怠惰な日々。
ああ…もっとまともに生きていれば…よかったな。
あれ…なにも…かんが…え…。