勘違い
俺は目を覚まし、硬いベッドから起き上がる。あまり眠ることができなかったがもう仕方がない。薄汚れたカーテンを開け古びた窓から白み始めた日の光が差し込み、俺は軽く目を細めた。
思えば、ここに来てから現実の時間軸では1日しか経ってないのか。もう何回もやり直したから軽く1ヶ月は経ってるかもしれないが。
これはいつまで続くのだろうか。俺はもう元世界へ戻ることができないのだろうか。そんな不安がまた俺を襲う。
(はぁ。もう死にたくないなぁ。あと風呂に入りたい)
思わず心の声が漏れてしまうが、今の俺にはどうすることできない。かゆい頭をボリボリかき俺は部屋の扉を開けて鍵をかけ、宿の外に出た。
どこかに川でも流れていればそこで体を清めるんだけど。
俺はとぼとぼ街を歩く。時折り人とすれ違うが人間の様な種族の方が少ない。主にオークのような者が多く、その中にちらほらと獣人がいる程度だ。誰しもが身なりがボロボロで靴すら履いてない者が多い。シトに靴を買ってもらったが、意外とあいつはいいやつなのかもしれない。とは言っても、さきのバルデッタとの戦いで靴はすでにボロボロなんだけどな。
あとは靴擦れも酷い。靴下は使い物にならなくなったから捨ててしまったが、いやでも履いておくべきだったか。
そういえばなんで俺外に出たんだっけ?
カンカンカンカン!
何か聞き覚えのある音が俺の耳に響いた。
金属を硬い何かで叩くような音だ。
そして俺は一気に現実に引き戻され、目を覚ました。
夢から覚めるとやけに外が騒がしい。俺は周りを見渡し真夜中であることを確認した。そして外がやけに騒然としていた。
俺が飛び起きたと同時に部屋の戸が叩かれた。
俺はすぐに扉を開けた。
シトが焦ったような表情を浮かべて扉の前に立っていた。
「奇襲だ!逃げるぞ」
俺は「え?」と言ったが、シトは俺の手を取り走り始める。走るたびにシトの尻尾が腕にあたり少しこそばゆい。
「待て待て!何があったんだ」
俺は走りながら問いかける。
「わからん!だが何者かが攻めてきた。単騎でだ。かなりの手練れだぞ。関門が突破された!」
断片的ではあるが、シトは的確に答えてくれた。
俺はあまりに混乱していた。
だがあのシトの顔の血相があまりも違っていた。
とりあえず逃げなければ。
俺はシトを追いかけるように走る。
人々が逃げ惑う中を縫うようにかける。
そこで俺はなぜか冷静になりふと思った。
(あれ…これデジャv)
刹那、ヒュンという音がした。
その音に反応し俺は無意識にシトを突き飛ばしていた。なぜ突き飛ばしたのかわからない。そうした方がよさそうだったからしたのだ。
瞬間俺の視界がぐらりと揺れて地面に激突する。
とてつもない痛みが右腹部を襲った。
「あああああああああああっ」
俺はあまりの痛みに絶叫をあげる。
四つん這いの姿勢のまま俺はゴロリと回転し空を見上げる姿勢になる。俺は必死右手で患部を押さえるがあまりの痛みで意識が飛びそうになる。右手にドクドクと伝わる振動は血管なのかそれとも血なのか見当もつかないが俺の右脇腹は無事ではないことだけは理解できた。
「痛い!痛い!痛い!」
俺はあまりの痛みに脂汗と鼻水を流しながら絶叫する。それも束の間、口の中に鉄と血生臭い香りが広がり、俺は嘔吐してしまう。
「ゲボッゲハッガポッ」
「あのる!!!!!」
突き飛ばしたはずのシトが俺に駆け寄る。俺は涙と自分の血でシトの姿を正確には視認できなかったが、シトの悲痛な表情が今の俺の状態を物語っていた。
俺は「こひゅぅこひゅぅ」と必死に呼吸するが次々と食道を伝って血反吐が口の中に供給される。幾度となく吐き出して気道を確保しようとするがうまくいかない。
失血によるけたたましい耳鳴りが俺を襲い意識が遠のく。
だが、薄れゆく意識の中で俺は強烈な答えを見出していた。
(バルデッタじゃ…ない…!)
何が起こったかはわからないが俺はシトが無事なことに思わず安堵し、そしてこの気づきを絶対に忘れないと記憶に刻みつけ…
死んだ。