トカゲの戦士3
俺は一体何をしているのだろう。
あれから何回死んだかもう覚えていない。
ただ俺は愚直に戦っていた。
もう痛みすらあまり感じなくなってしまっていた。
苦しみも悲しみも…。
俺はどうなってしまうのだろう。
なんで俺はこんな目に遭っているのだろう。
神のイタズラなのだろうか。
もしこれが夢ならば、早く覚めて欲しいものだ。
そんなことを考えながら俺は歩く。
肩をダラリと垂らし、顔は地面に向けたままだ。
背骨を曲げ猫背の姿勢でダラダラとただ歩いていた。
今度こそ…。勝つ…。
己の運命に抗え…。
そして、俺は何十回目かの戦いに挑む。ただ愚直に。だが、着実に前進している。
何回か追い詰めることができた。そのうち一回は相打ちにまで持ち込むことができた。もう少しだ。もう少しでやつを倒せる。
「よぉトカゲ女。待ってたぜ」
俺はお決まりのセリフを吐く。
・・
「貴様。只者ではないな。魔力が漲っている。人は見かけによらないものだ」
今女が発した魔力といいものがどういうものか俺にはわからないが、何回か死んだ後この女と対峙したとき俺も相手の周りに揺らめく黄金のオーラの様な物が見えるようになっていた。
おそらくそれがこの女の言う魔力なのだろう。
女は有無を言わさず臨戦体制に入り、腰を軽く落とし槍を両手で構える。女の体の周りに纏っていた黄金のオーラが下半身に集中する。この女の膂力を生み出していたのはやはり下半身によるものだったのだ。
と考えているうちに女は一瞬で間合いを詰め神速の槍を俺に突き出す。
だが俺はその攻撃を何十回と見ているため、難なくダッキングでかわし転がってさらにバックステップで距離を取る。カウンターを喰らわせたいところだが俺のスピードではこの女に届かないため、確実に狙える瞬間だけを拾っていく作戦だ。
おんなは体制を立て直し下から上に槍を振るう。
俺はその場から動かずヘッドムーブと上体のスウェーのみで攻撃を回避した。
「貴様。視えているのか?私の動きを。いいや、その顔は違うな。知っている者の目だ。」
「そりゃあな。何回も受けたからな」
女は少し驚きの表情を浮かべるがすぐに顔つきが変わる。
「お前と戦ったのは1回目のはずだが、まさか未来を見ることでができるというのか?ならばこれならどうだ?」
女はそう言うと踏み込みながら槍を横凪に振るう。
俺はさらにバックステップを踏みギリギリで回避して見せたが、女の攻撃はこれで終わらない。
槍を横に回転させた遠心力をそのままにさらに踏み込み俺に向けて尻尾を振るった。
当然俺はその攻撃パターンを知っていたため。小盾を両手で支え、この攻撃を完璧に防ぐ。
だが、俺が体制を崩しかけた隙を逃さず槍を右手に持ち替え溜めを作る動作をする。
来る….!
俺は最大限警戒をした。女が体に纏っていた黄金のオーラがガクンと減ったのだ。
女はこの大技をスキルと表現していた。先ほど言っていた魔力というものを消費して発動する性質の何かしらの攻撃のようだ。
「貫通撃!」
女の姿が真夏の陽炎の様に揺らめき、槍の矛先が俺に迫る。
ここだ!やるしかない!
俺は予め小盾を右半身側に向けた姿勢をとり、払いのける動作をする。
そうこれこそ俺が考えていた作戦だ。
大技を誘発し、それを弾き飛ばし崩れた相手に一撃を見舞う。これが作戦だった。
「うわああああああああああああ」
俺は叫び声と共にありったけの力を込めて小盾を横凪に振るう。
突如、金属同士がぶつかり合う衝撃と共に赤い光が衝突部分に生まれた。
その瞬間衝撃は霧散し、槍はあらぬ方向へと吹き飛んでいく。
驚愕の目をする女に俺はシュミレットではなく自身の右拳を女の下顎目掛けて振り抜いた。
理由はシュミレットを持つ手が疲労していたこととシュミレットを持ったままではスピードが出せなかったことだ。ならばと俺はシュミレットを捨てて今自身が出せる最速の攻撃を繰り出したのだ。
女はスキルのせいで勢いを止めることができず前のめりの姿勢になり、戻ることができない。
ガコンという鈍い音がしたのち、女は顔面ごと地面に叩きつけられた。
「はぁはぁ…」
額から大粒の汗が流れ落ちる中、死んでないことを悟った俺は右拳の痛みを遅れて実感し、真横で倒れた女を俯瞰していた。
相手が見えてないタイミングで打てたのでかなり効いたらしい。女は立ち上がることができないようだ。
「おいトカゲ女、まだ意識あるだろ。俺はお前の命を奪う気はない。なんであの集落を攻めに行くのか教えてくれ。それくらいは教えてくれてもいいだろ」
女はもぞもぞ動くがまるで生まれたての子鹿のように身体をガクガクと震わせている。
「貴様…この私に情けをかけるつもりか」
「いやいや、そんな訳じゃない。理由を聞きたかっただけだよ」
「ふん…おかしなやつめ…後悔することになるぞ」
「いいよ。はなから勝ち目があるとは思ってないし」
女は地面に手をつき、ゆっくりと膝をつく。
口が切れているのだろう。口の端から血が流れていた。
そしてその場に座り込んだ。
「貴様は本当にどうかしている。そもそも勝ち目なんて薄いはずなのにこんなにも堂々と私の前に立ちそしてこうして私を倒した。戦ったこともなさそうな身体をしているくせに私の攻撃を全て見切っていた。何者だ」
女は俺を一瞥する。
「俺はただの一般人だよ。何者でもない。ただ…そうだな。実は俺もわからん」
「力の大半を失ったとはいえ元七勇者の私を完封したのが一般人だと?バカを言え」
「本当だよ。俺は何も持ってない。あと七勇者なんて知らない」
「ふん。まぁいい。それで、私をわざわざ止めにきたのには理由があるのだろう?」
「お前がダンガサイザン地区を襲撃しにくるから止めにきたんだよ」
「なぜ知っているんだ?お前が私の宝玉を持っているのか?だとしたら返してもらえると嬉しいのだが」
「宝玉?なんだそれ。俺は単に死にたくないから止めにきただけだよ」
「ああ。私の大切な形見なんだ。そしてそれがないと私の本来の力を発揮できなくなる。その宝玉が盗まれてこの地に流れているという情報を耳にしたんだ」
「おいおい。それじゃその宝玉を奪還するためだけにあの集落を襲撃しにきたのかよ。たくさんの人が死ぬかもしれないってのに」
「当たり前だ。あれは私が最も大切にしている物だ。何人の命より優先される。それを取り戻すためならなんだってする。それに誰が持ってるか見当はついているからな。穏便には渡してもらえそうになさそうだから襲ったほうが楽だろう?」
「とんだ勇者もいたもんだな…。勇者ってのは人を守る者のことじゃないのかよ」
「元だ。間違えるな。それに7勇者は奉仕団体でもなんでもない。己の強さの桁が外れた連中が集まってるだけの傭兵集団だ。金で動くだけのごろつきだ。私たちがやった行動の結果がたまたま人々の役に立っていたから噂が広まって英雄扱いされたに過ぎない」
「なるほどね。あくまで名前だけってことか」
「そうだ。所詮人の域だ。私たちより強い奴らはごまんといる。単眼の英雄はかのダークビーストを屠ったというしな」
「だ、ダークビーストを屠った?冗談だろそれ。この世界に破滅をもたらした化け物じゃなかったのかよ」
「貴様そんなことも知らないのか?英雄は別次元だ。それにダークビーストと言っても強さはまちまちだしな。過去の戦乱で数多のダークビーストが打ち滅ぼされている。決して勝てないわけではないと思うが手を出さないほうがいいだろうな」
「そうなのか。てっきりやべぇ存在なのかと思っていたよ」
「まぁ間違いではない…。ふふ、こうして話してるうちに私のダメージは回復してきたぞ。いいのか?」
「げ、まじ?まだやる気なの?」
「冗談だ。戦士たる者敗北は認めなければならない」
「た、助かるよ…はは。宝玉を見つけるの手伝うからさ、集落襲うのやめてもらえると助かる。俺の住む場所無くなるから」
「いいだろう。とりあえずそこに行ってもいいかな?少年くん」
「いいよ。だけど暴れんなよ」
「善処はしよう」
そう言って勇者様は飛ばされた槍を拾いに行っていた。
どうやら俺はまた助かったらしい。