第四話 エピソード
その日は息子と二人でお留守番の日だったんだ。
特にすることもないが早く起きてしまった私と息子は、のんびりとすごしていた。息子は私の膝の上に座りながら、積み木だったか?ブロックだったか?そんなかんじのおもちゃで遊んでいた。私はつけっぱなしのテレビに流れる番組をぼぅっと見ていた。
テレビから流れてきたのは、春の新作映画の情報だった。そこでは未来から来た動物型のロボットが少年と一緒に世界を救うアニメ映画が紹介されていた。私が子供の頃から続いているシリーズもので、劇場版は毎年作製され、名作ぞろいの有名な奴だ。
テレビでは、出演する声優さん達が旧作の中からお気に入りのワンシーンを紹介し合っていた。
そして私が子供の頃観て感動したシーンも紹介された。仲間を守るために命を懸ける少年達のその姿に私はつい、涙してしまった。
息子からしたら、それは生まれて初めて見た父親の涙だった。
息子はまだ幼く、感動して泣くという意味を知らない。息子にとっては、泣くというのは悲しいときや痛いときに行われる行為だ。
突然泣き出した父親を見て、息子は取り乱した。
「パパ!どうしたの?」
そう言って服の袖を引っ張って伸ばし、私の目を拭いてくれた。
取り乱した息子の手は、慌てていて、「優しく拭う」というよりは、目に弱い打撃として感じ取れたが、それでも私は嬉しかった。
息子は泣いている人が近くにいたら、涙を拭いてあげることができるくらいに、成長したんだなぁ。
そんな感動が、私の涙を加速させてしまう。
泣き止まない私を見て、息子は次の行動に移った。私の両眼を両手で塞ぎ、
「みなきゃいいじゃん!みなきゃいいじゃん!」
そう連呼した。
息子は私が涙した理由がテレビにあることを察知し、原因を排除しようとしたのだろう。
数秒後、私の目を塞いでいた手はゆっくりと開けられ、息子は私の目を覗きこんできた。
泣き止んでいないことを確認すると、また両目を塞ぐ。二、三回ほど繰り返された後、期待する効果が得られなかったためか?息子は次の作戦へ移った。
「パパ、びーるのむ?びーるのむ?」
ビールというのは私の大好物だ。息子の次の作戦は、大好物を口にすれば、悲しい気持ちなど吹き飛ぶはず、という考えからきたものだろう。
次から次へといろいろな作戦が出てくるところに私はとても感心した。ただの甘えん坊だと思っていた息子が、ここまでいろいろなことを考えているとは。
しかし、息子はまだ四歳であり、冷蔵庫から冷えたビールを持ってくることはできず、この作戦も残念ながら失敗に終わってしまった。
数々の失敗の先に、息子はついに最後の手段を使うことにしたようだ。
この言葉は、軽々に使うと、「汚い言葉を使ってはいけません」と怒られてしまうこともある。
しかし、上手くハマればどんな湿っぽい空気をも一瞬で笑いに変えてしまうこともできる。少なくとも、四歳の息子が知っている言葉の中では、最強のパワーワードだった。
息子は連呼した。泣いている私を笑わせるために、数回連呼したのちに、「ははははっ」と誘い笑いもつけて。
私は、 笑った。
久しぶりにこの言葉で笑った。まるで子供の様に大笑いした。
息子も大笑いした。泣いている父親を笑わせることについに成功して、とてもうれしそうだった。
この言葉は、笑うにせよ、怒らせるにせよ、いずれにしても、低俗なものだと思っていた。
この言葉は泣いている人を泣き止ませることもできるのか!
この言葉をこんなにも暖かく使うことができるのか!
この言葉はこんなにも人を感動させることができるのか!