第3戦線~まったく無駄に年だけ重ねても日に日に我侭が上塗りされるだけですな~
「こちら補給101小隊ッ・・・誰か応答無いかッ・・・こちら補給101小隊ッ・・・クソッ」
あれから毎日、本国や本部、部隊や大隊長に通信を試みているが通じない。
網膜下疑似マニュピレータによる衛星中継通信は音声データが1ミリも返ってこないのか雑音すら入らない。
相変わらず廃墟付近から出ることもなかったが、廃墟といえど多少の雨風は凌げたし、残された文字や文章も興味深い。そんな消えた文化の残滓を調査しながら、手を頭の上に掲げて振ってみたり、頭を擦ってみたりしたが、応答が返ってくることはなかった。結局何日経っていたのか、衛星のデータの日付もマップも接続時にリセットされていてわからない。
『これは実質ボクが大本営大隊長になったな』と考えたこともあったが、孤独で頭がおかしくなりそうだった。
しかし、慣れとは恐ろしいもので、有り余る時間がボクを独占し、ボクもまた、そのボクの有り余る時間を独占しているのだと気付き、どうせならその平和と言える余生を楽しむことにしたのだ。
手始めにボクは保存してあったデータベースを頼りに、ボクの活動源でもあるマイクロ原子炉を作ることにした。
とはいえ、それを作るための部品や材料、そしてボクの世界を破壊した原子力を利用するという葛藤の問題もあったけれども、そもそもマイクロ原子炉で稼動しているボク自身の存在を否定することにもなりかねないので、材料のことだけ考えることにした。
まず材料を作るための素材が足りない。原始的だが地中から金属や鉱物を採取し、加工し、組み立て、部品を作る。それを繰り返さなければならない。気の遠くなる日数と骨の折れそうな作業が待っている。
しかし、時間は余るほどある。今の現状把握もできていないが、それでも悠長に構えても釣りがくるような日々に、一旦別れを告げられる。
暇という地獄から解放されるのだ。
網膜下疑似マニピュレータに衛星写真を表示。鉱物をスキャン。
金属は廃墟に残っていた剣や鎧のようなものを拝借すれば少しは足しになろう。
それからは毎日、明るいうちに骨の山から金属を抜き取り、剥ぎ取り、なんとなく手を合わせる。気分的に。夜は洞窟に赴き、鉱物を採取。手掘りで。
材料さえあれば作業自体は簡単だ。データベースからプログラムされた設計図通りに、身体が勝手に動いてくれる。疲れることもない。休みことなく全自動で、手が、足が、指が動いてゆく。
そうやって小さな装置から作り始め、材料をまた集め、|大きな装置を作るものを作る、というのを繰り返した。
気の遠くなる作業が何年も続いたが、孤独を紛らわすのにはちょうど良かった。
そんな作業の合間には城の天井の無い天井に天井を作り、壁の無い壁に壁、床の無い床に床、いつの間にか廃墟だった城はボク好みの城ビルになった。
内部には石造りの場所は残るものの、良い感じだ。鉄の塊とプルトニウムの有難くもクソったれな集中豪雨に破壊された基地よりも、とても。クソメギドのクソ丘がクソ焼き尽くされる前のクソ当たり前だった穏やかな日常がここにある。
この場で唯一尊いと言える大本営大隊長閣下であるボクが、
儚くも可憐で孤独に毎夜枕を濡らすボクのために、
群雄割拠、獅子奮迅、一騎当千、天下無双、百戦錬磨、鎧袖一触、強大無比のボク自身が作り上げた憧れのマイホーム。頭金なし。いつもニコニコ労働払い。
短くて長いメギドの丘での勤務中唯一楽しみだった四季の移り変わりもここには無いようで、太陽が昇れば朝が来て落ちれば夜が来る、それだけの毎日だった。
そんな日々でも本当のピクニックや細々とした手芸じみた工作の繰り返しによって、無味無臭のゼラチンのごとく、のっぺりしたマップにも地形などのトッピングが少しずつ増え、結果、廃墟群は火山の痕か何か、クレーターのようなものの場所に作られたようだった。
廃墟群、旧市街跡に入るには谷を越え、川を渡り、山を越え、降くだらなければならない。
誰も住むものが居ない朽ちた街。きっと世界の記憶から忘れ去られた土地。
そんなところに来るのは、上官のシゴキに涎を垂らしてブヒブヒ鳴く変態下士官か、ケツの穴を隠して逃げる者とそのケツを狙う者か、それか、卑しくも悲しみの身の上話を誰にも出来ない可哀想でいたいけで斯くもいじらしいその孤独と愛し合うことしか出来ない悲劇のヒロインのボクくらいなものだ。
しかも、陽のあたるキラキラで暖かな祝福された山道側には、謎の見たことのない、いや、見たことのある動物に吐瀉物を混ぜてミキサーにかけてパイに仕上げたというべきあまりに素晴らしい造形物。
軌道砲を線路から外してトカゲの皮を伸ばして貼り付け、贅沢に吐瀉物を二度掛けしたようなやつ。
ケルベロスから頭二つを落として別の犬の頭を付け直し、贅沢に吐瀉物を二度掛けしたようなやつ。
羆と羆を足して2で割って羆を足したクマの権化に、贅沢に吐瀉物を二度掛けしみたいなやつ。
消し炭になった世界ののち、せっかく剣と盾のロマン溢れる原始人たちが汗水垂らして作り上げた社会を滅ぼしたであろう、これまた剣と盾のロマン溢れる原始人その2たちは、結局それを美味しくリベイクすることは出来ず、もとあった消し炭のカスほどにも何も生み出すことが出来なかったのだ。
いやその能力がなかったのだろう。ドブネズミでさえネズミ算は訓練する必要がない程に優秀だというのに。
ならば、自由に調理させてもらおう。良い料理人こそ素材を選ばずとも良い料理を作れるのだ。
そして、調理時間も腐るほどある。
*
「無理を仰らないでくださいませご主人様」
そう言って、きっちりと7:3に分けられた白髪に左右対称のハの字の髭、燕尾服姿の男が目を瞑ったまま、口元を押さえるようにコホン、と咳払いする。
燕尾服の立つ隣には、その身よりも一回りも二周りも大きく豪華な椅子に少女が腰掛けている。
深い緑色の軍用制服のような上下を着た少女が、足を投げ出すようにパタパタと前後させながら頬を膨らませる。
「いや~そろそろ動物性たんぱく質を摂らぬと肌に悪いじゃんか?」
「ご主人様に気になさるお肌は御座いませんので杞憂かと」
燕尾服は片目をうっすらと開けながらも微動だにしない。
「お肉が食べたいの!
お肉!
お!に!く!
お!に!く!
お!に!く!
今すぐにー!
ボクにー!
お肉をー!
食わせることをー!
よーきゅー!
するー!
おにくをー!
よーういー!せよー!」
参加者も聴衆もすらも居ない中で、まるでシュプレヒコールのように左手を挙げて喚く少女。
「はぁ・・・かしこまりました。まったく無駄に年だけ重ねても日に日に我侭が上塗りされるだけですな」
燕尾服は、その様子を前に目頭を指先で抑え、肩を落とした。
「なんだってぇ~?!まあよいバトラー。お肉に免じてその綿毛より軽いその口を縫い付けるのは勘弁してやる」
少女は今夜のディナーに並ぶ肉料理に思わず涎を垂らしそうになりながらも足を前後させたまま、挙げた手を下ろし燕尾服・・・バトラーを指して微笑んだ。
「しかし・・・・それにしても、そろそろ独りでテーブルに着くのも飽きてきたなぁ・・・。やはりここは食事相手でも探すか増やすか・・・」
少女はこの大きな城に長い間二人きりで過ごしてきた。
日中は専ら探索でのマップ埋めや機械設備の作製、研究などに時間を費やし、最近は食事のときだけがバトラーと接点とも言える。ほぼ独りで過ごしているといっても過言ではない。
つまり、少女は己の好きなことを好きなだけやって過ごし、それ以外のことは全てバトラーに丸投げなのだ。
「ここんとこ引きこもってばっかだったし、唯一無二のこの美貌とナイスバディがたるんじゃうッ!よし今日からまた外出で脱!引きこもりだー!」
少女が両足に勢いを付けて椅子よりも少し前に飛び降りるような格好で降りると、バトラーが背もたれにかかっていた大きな深緑の布を空中で広げるようにして、そのまま少女の背中側に回した。
少し着せられているように見える、大きなケープコートだった。