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第2戦線~ピクニックのつもりがとんだ大雨で予定がおじゃんだ~

 山々には鮮やかな緑、時々吹き上がる爆発と煙、炎、タタタッとけたたましい銃の囀り。


「失礼します!」


 勢いよく駆けて入ってきた男は、黒いヘルメットに黒いガスマスク、黒を基調とした迷彩服にブーツ。肩からは自動小銃ライフルらしきものを提げている。

 そしてその男が入ってきた部屋は、その身なりとは似つかわしくない、窓のない石造りの壁に赤い絨毯の敷かれた床、正面に大きな玉座のある部屋だった。天井まで積まれた石壁と小さな火が揺れる燭台が陰湿な雰囲気を演出している。


「魔王様、帝国兵たちが遂に退いていくようです!」


 『魔王』と呼ばれた者は大きな玉座に似つかわしくない、この世界では成人になるかならないか、はたまた草原を走り回り花冠を作っているのが相応しいような、そんな可愛らしさの残る少女だった。


「ふむん。弾はまだ間に合うか?周辺住民の血と糞尿に塗まみれた帝国のクソ虫どもと言えど、街までは如何に這いずり回ろうとも近寄ってはこれまい」


 『魔王』と呼ばれた少女は玉座の肘掛に組んだ両腕を乗せ、その上に顎を乗せる。それは退屈そうに。


「はッ。帝国の者と言えどあの山岳、城壁も易々とは越えられなかったものと思われます。弾薬は・・・前線のライフルの弾薬、山岳遊撃部隊の催涙弾とゴム弾を"3台分"づつ賜れば、追撃し国境まで押し戻すことが可能かと」


「わかった。んー、1時間半、いや2時間・・・むー、1時間半後には用意する!近寄るクソ虫どもは向こうが透けて見える程度には風通しの良い身体にしてやれ!」


 *


―――データを 消去 しますか?―――


 file:36:14:23 xx:xx:xxxx




 遠くに爆発音と銃声が絶え間なく続く。




「ここも・・・もう駄目だ。後退して補給を待とう」




 大隊長は冷静さを装っているが、後退したところで味方からの補給は絶望的だろう。




 本隊への通信も繰り返し続けているが、全く反応が無い。

 敵側の通信妨害も考えられるが、前線の隊からの悲鳴に似た応援要請は幾度となく入り続けている。 


 そもそも補給・輸送を担う我々の中継兵站基地が壊滅的であることから、前線への補給は難しい。


 応援を待ちながら抵抗を続ける仲間たちの通信が少しづつ減っていくのを身に沁みるほど感じても、この基地を放棄するほか無いのだ。




 冷えた酒が恋しい。


 今日は煙草で裾に穴を開けてしまった。




 file:21:01:19 xx:xx:xxxx




 今日も爆発音と銃声が絶え間なく続く。

 あれから何日が経っただろうか。


 大隊長の退避命令も虚しく、最終決戦地となったメギドの丘の空には、数え切れない程の黒い雨が降り注いでいる。


 そして、つい今しがた、もう逃げる場所も隠れる場所すらも無くなった戦場に、核の炎が放たれたとアラート。


 核の炎はきっと、世界の全ての終わりだっただろう。核の弾丸の応酬として核の弾丸を返し、限られた極小数の者たちの虚栄・矜持・自惚・驕りによって、全てがその炎によって蒸発し、跡形も消えてなくなるのだ。

 ある日夜通し酌み交わした。

 ある日ボクを庇って目の前で爆散した。

 そんな仲間たちを思い出しながら、背中の瓦礫の冷たさと尖った鋭さに、こんな時でもそんな小さなことが気になってしまうとは。

 真っ赤に燃え盛りながら大気圏外から落ちてくるモノを見ながら、もはや祈ることしか出来ない。誰に?何を?こんな世界を許容した神に?誰も救わなかった神に?いや、もう、どうでもいい。死が目に見えるこんな世界で拾う神なぞいない。居るわけが無い。


 ピクニックのつもりがとんだ大雨で予定がおじゃんだ。


 ボクはただ、ただ、その死の炎を見上げ続け、刻々と近づいてくる死を直視することしか出来ない。


―――データを 消去 しますか?―――


 *


 強い光に目を閉じ、瞼の向こうに皮膚が、肉が、身体が焼かれるのを意識したその一瞬に、ボクは蒸発したのか、それとも。


 とにかく、次に目を開けたときには、何故だか星が無数に輝く空の下に居た。いつだか本当の雨が降り始め、そこでやっと正気を取り戻した気がする。ボクは天井の無い崩れた壁に囲まれた場所に居て、身体の所々に違和感がある。


 その正体は、足元を覆い隠すほどの苔と脇の下で餌を待ってピヨピヨと騒がしくしている何かの雛、指という指に絡まって生え散らかした蔦・・・と今までに経験したことの無い状況のせいだった。


「草生す屍を遂に体現するまでになったか」


 幸か不幸か、身体に備えられた各装備は無事だったらしく、ボクは生きながらえ続けた、らしい。


 戦闘補助機能を持つ兵站部隊で良かったと言っていいものか、一部を除いて機械化されているため飲食は基本必要としない。補給を担う兵が消費しないために。


 頭の先から足の爪先まで、その感覚と動かし方を思い出すまでに三ヶ日かかった。


 絡まった蔦を取り払い、苔を剥がし、鳥の巣を壊さないように移動してやり・・・。


 ようやく身体に自由を取り戻し、辺りを探索する。敵の姿は無い。


 そのかわり、核によって消えてしまったはずの緑がそこにあった。


 ・・・網膜下疑似マニュピレータ起動。

 目の前に透過された画像やコンソールが表示される。


 ・・・基地本部にアクセス。

 読み込み中、ERRORの文字。再度アクセスを試みる。


 しかしアクセスできない。衛星基地にアクセス。

 読み込み中の表示とともに進捗を示すバーが右に伸びていく。

 ・・・成功。


 どうやら衛星は生きているらしい。


 ・・・衛星から現在地の地形と地図データを照合。


 データは存在しない、と返答。


 取得した衛星画像によると、ボクが今居る場所は朽ち果て棄てられた宗教施設か城のようだった。


 地点データを網羅しているはずのマップには、ボクがいる場所を示す赤い点が表示されているだけだ。


 ボクは、その仮に城とした場所を拠点として探索の日々を過ごした。城の周りの廃墟には、見知らぬ言語が刻まれた壁や、剣や斧が刺さっている骨が転がり、衣類だったであろう布が絡まった白骨が山積みになっていた。

 廃墟、街だったと考えられる場所の出入り口の先は木や草が生い茂り、長い間、人や生き物の出入りが無かったことが想像できた。


 つまり、ボクがここに居ようとも、生活しようとも、何をしようとも、誰にも迷惑はかからなそうだ。

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