第13戦線~皆と等しく一国民として忠義を尽くしてくれたまえ!!~
魔国の城は外観もそうだったが、内装も異様だ。
継ぎ目のない床と壁が続く廊下。窓も桟の無い大きな一枚窓。
通常、床や壁は切り出した板状の石を貼り付けていくものなのだそうだが、そういった形跡がない。窓もあれだけ大きなガラスは見たことがない。強度的に大丈夫なのだろうか。
天井も、そのものがとても明るく、燭台なども見たところなさそうだ。
長い廊下で時折すれ違うのは、多種多様な使用人たち。帝国では城に立ち入ることさえ許されない亜人たちが、ここではにこやかに仕事をしている。衣類も上等なものだ。
騎士団の先輩方は貴族出身が多かったが、俺たちは決して育ちがいいと言えず、それ故に雑用に回されていた。友人や知人に亜人も多く、他の帝国民より亜人に対して忌避の感情はあまりないと思う。
そもそも、平民であれば、亜人の行商や冒険者と触れ合う機会も多く、極端に嫌っているのは貴族たちだけだろう。
「なんとも不思議なところだ」
つい口から出てしまったが、建物、そこで働く人、物、すべてが見たことのないような光景なのだ。
団員の目にもきっとどれもが不思議に映っているのだろう、コソコソと小声で喋りながら辺りを見回している。
ブウン、と風を切るような音ともに、いつの間にか到着していたドアが真横にスライドし、開く。
「お待たせしました、こちらの中へどうぞ」
ドアの向こうはホールになっており、たくさんの料理や飲み物がテーブルいっぱいに並べられていた。
「カールって言ったっけ、君はボクとこっちに来てもらおうか」
メイドの少女が、立てた親指を顔の横でクイクイと動かす。
「?!!・・・君、いくら我々が亡命者とはいえ不敬ではないか?」
「だんちょ、いいからいいから、ここは言う事を聞いておとなしくしましょ」
殿下が肩を軽く叩き、メイドの後ろについていく。
「団長、ヤツ・・・顔だけは良いから衣装も別で、連れていかれたんですかね。南無」
「いや、そういう事じゃないと思うぞ」
*
幼いメイド、老執事、黒ずくめの兵士らしき者に連れられ別室に案内される。
「カール、率直に聞こう。貴殿らは亡命してきたと言ったが、スパイの類ではないと誓えるか?」
幼いメイドが顔めがけて人差し指を向ける。
「ええ、俺たちはスパイなんかじゃありません。俺が皇子だとバレてるなら尚更ッスね」
「ふむん。じゃあ皇族が帝国と民を捨ててきた、と?」
「まぁハッキリ言われると心に来るものがありますけど、実際はそうッスね、そういうことッス」
事実を突きつけられて多少イラっと来たが仕方ない。事実なんだから。
「とはいえ、帝国はすでに国として機能してないッス。父、皇帝の我儘で国の中枢はイエスマンで固められてますし、民もそんな皇帝に忠誠を誓う酔狂な物しか残っていないでしょう」
「容量を得んなぁ。改めて聞くんだけど、君たちはスパイじゃないのかい?」
幼いメイドのメイド服のボタンを、老執事がポチポチと外していく。その下からは肌着ではなく、濃い緑色の礼服に似たものが現れる。
「我は魔国を統べる魔王、とでも言っておくか」
帝国が相手にしていたのは、そして、毎回苦汁を飲まされていたのはこんな幼い少女だったのか。
「失礼いたしました。ロアメ帝国第13皇子、カーン・ロアメと申します。この度は我々帝国騎士団の亡命を受け入れていただき感謝申し上げます」
膝をつき、頭を下げる。
「ふむん。今日はカーン皇子として対応しようと思っていたところだよ。ただ、君が帝国を本当に捨て、魔国に忠誠を誓うというのなら、全員の亡命を認めよう」
「もちろんです。既に皇子としての立場も捨ててますし、そこに未練もありません」
そもそも廃嫡とも言われていて、前線に放逐された時点で未練なんてあるわけがないのだ。
「私、カーン・ロアメは祖国と加盟を捨て、ただのカールとして、仲間たちとともに魔国に亡命を求めます」
「よかろう」
魔王が頭をくしゃくしゃと撫でる。咄嗟に顔を上げると魔王は満面の笑みを浮かべていた。
「カールちゃん!あんたも無事だったんだね!」
懐かしい声が魔王の後ろから聞こえてくる。俺をカールちゃんと呼ぶのは・・・。
「飯屋のおばさん!なんでここに?!」
「カールちゃんが騎士団に連れてかれた後に廃村が決まってね。魔国に火を点けてこいなんて言われてイヤんなっちゃってサ。村のみんなで逆に助けてもらったのさ」
村の肝っ玉かあさん。領主とはいえ寂れた村だったから、俺も畑仕事を手伝ったり、そのあとみんなで飯食ったり酒飲んだり。
おばさんには飯を食わせる相手に貴賤は無いと、分け隔てなく対応してくれた人だ。そして、みんなもそうしてくれるきっかけにもなった人。
俺の前で同じように膝をつき、涙を流しながら抱きしめてくれた。
「カーン様!ようご無事で!」
気が付くと村の面々が取り囲んでいる。
「今日から君は、ただの魔国民のカールだ!皇族、貴族、そんな身分を捨て、皆と等しく一国民として忠義を尽くしてくれたまえ!!」
元カーン皇子だったカールや元村民たちの和やかな雰囲気の中、元騎士団たちだけは青い顔をしていたのだった。