第12戦線~良い意味で擦れてないっていうか~
「いやぁ団長、こんな広い風呂なんて久しぶりスねぇ~」
首元まで湯に浸かり、ほのかに顔を赤らめた一番若い団員が、ため息のように漏らす。
亡命を希望したとはいえ、まだ承認されていない。ここは敵地のど真ん中なのだ。
「まぁ、なんというか、至れり尽くせりではあるが。投げ捨てたとはいえ、魔国からして見たら敵の帝国騎士団なのは変わらない。まだ気を抜けないな」
この後、食事が用意されているというが、期待はできないだろう。一般市民ではない俺たちは捕虜として利用されるだろうし、それは当然のことだ。
「家族が生きていて、平和に暮らせているならいい。俺の首一つで、こいつらだけでも生かしてもらわないとな」
「だんちょ~、声に出てますよぉ~。俺はここにゃ知人も友人もいないんで、団長こそ生きてくださいよ~。俺の首と帝国の情報差し出しゃあ何とかなるスよ~」
首だけ出したまま、くるんとうつぶせになり、湯面から尻を出す団員。何してんだ。
端正な顔つきで、女性と言われても気づかないかもしれない。
「お前はただの新入りだろ、お前の首じゃ何の役にも立たん」
「だんちょ、なんで一番若い俺が、一番新人なんだと思います?」
尻を突き出しフリフリと揺らしながら湯船の端で腕を組み、顎を乗せながら言う。
我々全員が新人なのは間違いない。だが、俺たち元雑用係は、若いとはいえそれなりの期間を騎士団に所属している。だから、人手が足りないからと言って即配属というのは珍しい。それにまだ若い雑用係は詰所の留守番で残されている。
「さぁな、俺も含め、今の騎士団は寄せ集めだからな。皆の名前を覚える前に出発させられたしよ」
実際、剣を持たせてもらえずに、洗濯や食事の用意など雑用ばかりだった俺たちが、こうやってゆっくり顔を合わせて慣れ合うなんて時間が有るはずもなく、それぞれお互い『顔は見たことがある』程度だったし、人員不足で剣を持ったことがあるという理由だけで団長にされちまうんだからどうしようもない。
どこも人手不足だとして、若くて使い道があるのなら、こんな所じゃなく近衛騎士団や衛兵に配属されるのならまだ納得がいく。
「で、今更だが、お前何て名前なんだ?名前を聞く暇もなかったな、すまん」
「カーン。カーンでいいスよ、今は」
「カーン・・・もしかしておま、いえ、え?殿下?」
カーン・ロアメ殿下。帝国第13皇子がなぜここに。素行がよろしくないとかで蟄居を命じられたと随分前に聞いたことがある。
「政治のことにちょ~っと口を出したら離れに幽閉されちゃって~。そのあと廃村目前の田舎で領主を命じられたんだけど、そこがすご~くいい村でしてねぇ~、でも魔国には居なさそうなんスよねぇ・・・みんな」
カーン殿下は13位とはいえ皇子であることに違いはない。その皇子が掃き溜めの騎士団に入れられ、最前線で斥侯とは。
「あ、でも騎士団も意外と居心地が良かったんスよ~。良い意味で擦れてないっていうか、誰も俺が何者なのか~とか詮索もしないし、タメ口で平等に扱ってくれた。村のみんなと今の騎士団だけッスよ、俺自身を見てくれてたのって」
さてと、と殿下が湯船からあがる。
「今の俺は皇子でもなんでもない、”ただのカーン”ッス。だけど、みんなのためなら皇子役だってなんだってやりますから、そんな気負わないで、これからの運命に身を任せましょ~、だんちょ」
「いえ、殿下にはこの亡命した者たちの旗印として、これからもお導き頂かなければなりません」
公になっていないだけで、この処遇はもしかしたら廃嫡となっているのかもしれない。そんな殿下を神輿にするのは申し訳ない気持ちもあるが、亡命してきた帝国民や我々のような者の身分を確立させ、不自由の少ない生活をするためだ。
ほかの団員たちは・・・安堵感からか、随分ときゃあきゃあ騒いでいる。呑気なもんだ。
*
風呂から上がると全員客間に通され、メイドたちが上等な衣類を用意してくれたり、無精髭や髪を整えてくれた。
用意された礼服は、自前の一張羅よりも随分上質な布で出来ており、何より軽い。歓迎されているようにすら感じる。それに、もとより事情を把握していたのか、それとも風呂での会話を聞かれたか、カーン殿下の装いはひと際豪奢なもので、他の団員たちは不思議がっている。
「新入りだけやけに豪華だな?お前華奢だから、合うサイズがそれしかなかったんだろうな・・・」
「いやぁ、俺もみんなとおんなじヤツが良かったス~」
事情は分からずとも、変に羨むわけでも馬鹿にするでもなく、それよりも自分たちが上等な服を着せられ、しっかりと一丁前に仕立てられていることに困惑しているのか、似合うだの似合わないだの、照れながらキャッキャウフフしている様はまるで乙女だ。
メイドたちからカッコイイだとかイケてるだとか言われ、満更でもなさそうなあたり、新人騎士たちの初々しさが見て取れる。
さっきまで帝国を捨てて生きるか死ぬか、なんてシリアスな時間を共に過ごしていた奴らに、まだまだこんな少年らしさが残っていたことに気づき、悲しくもなった。
ノックの音で一瞬にして部屋は静かになる。
メイドたちは仕事に戻り、俺たちも現実に戻される。果たしてこの衣装の意味はなんなのか。俺たちの待遇はどうなるのか。
扉が開くと、幼いメイドの少女が頭を下げる。
「お待たせいたしました。お食事のご用意が整いましたのでホールまでご案内いたします」
「これはご丁寧に。では、ご案内よろしく頼みます」
緊張で声が上ずりそうになりながらも、こちらも頭を下げる。それに続き、殿下や他団員も下げていく。
「もったいないお言葉ですわ。ではこちらへ」
少女に連れられ、一列に並び進んでいく。きっと今までで一番、きれいに行軍しているだろうな。