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8.断罪劇序章・婚約破棄

 作戦決行日当日。

 その日の空は、雲一つない快晴で。

 すべてを終わらせるにはぴったりの陽気だと、フレイヤは思った。



 *



『婚約者お披露目パーティー』は、午後のティータイムの時間に開くことになっている。

 そのためフレイヤは朝から、ジェイムスと共に使用人たちが行なった屋敷の飾り付けをチェックしたり、料理の確認したり、と忙しなく動いていた。


 それが終われば自身の身だしなみを整えるために風呂に入り、ドレスに着替え化粧をする。

 これだけで二時間ほどかかるため、本当に大変だ。


 しかしこれから先のことを考えると、むしろこの時間さえも楽しくなってきた。


(準備は整えた。タイミングよくオデルのことを呼ぶために、魔導通信機のピアスもしているわ。彼なら難なくこのお屋敷内に転移できるから、大丈夫)


 やれることはやり、するべき準備は済ませた。

 あとは、舞台が思い通りに動くことを願いつつ、誘導していくだけだ。


(それでも、最後まで気を抜かないようにしなければ)


 用心するに越したことはない。

 そう考え事をしながらも、フレイヤは美しく飾り立てられていく。


 この日のために用意したドレスは、真紅。

 そのドレスに、オデルが贈ってくれた赤いラナンキュラスの髪飾りをつける。


 鏡の前の自分は、想像よりもずっといい顔をしていた。

 これから戦いを始める、戦士の顔だ。


(このドレスが、化粧が、そして今まで培ってきたもの全てが、私の戦装束)


 そんな気持ちを胸に秘めながら、フレイヤは親戚たちの到来を玄関で待っていた。


 緊張した様子のジェイムスが、気の抜けた笑みを向けてくる。


「き、緊張するね、フレイヤ」

「そうね、ジェイムス。なんていったって、あなたのお披露目パーティーだもの」

「う、うん。みんな、僕のことを認めてくれるかな……」

「お父様がお認めになられたんですもの。異を唱える方はいらっしゃらないと思うわ」


 そう嘯き、フレイヤはにこりと微笑んだ。








 そうしてすべての親戚を迎え入れ、飾りつけた大広間に通してから、フレイヤはジェイムスと一緒に大広間の前方に立っていた。


 片手にシャンパンの入ったグラスを持った状態で、フレイヤは美しく礼をする。


「皆様、この度はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」


 フレイヤがそう言うと、拍手が起きる。それに笑みを浮かべて答えてから、彼女はスッと空いている方の手でジェイムスを指し示した。


「そしてこちらが、この度私の婚約者となりました、ジェイムスです」

「ジェイムス・ウェーバーと申します。どうぞよろしくお願いします」


 ウェーバー伯爵家の人間も招いていたこともあり、ジェイムスは彼らに向かって照れ笑いを浮かべている。

 ウェーバー伯爵家の人たちもそれに対して嬉しそうにしていた。息子が婿になるのだから、喜ばない手はないだろう。


 しかし、彼らは気づいていない。

 イフェスティオ公爵家の関係者たち――父とリラック子爵以外――が、まばらにしか拍手をしていないということを。

 そして、ジェイムスを見る目が、やけに冷たく冷めているということを。


(私ならば……この辺りを狙うかしら)


 フレイヤがそう思い、目を伏せたとき。


「――申し訳ない。その婚約だが、少し待っていただけませぬか」


 予想通りに。

 ラフィーネ伯爵が、鋭い目を向けたまま声を上げた。







「……何事だ? ラフィーネ伯爵」


 そう口にしたイフェスティオ公爵は、フレイヤの想像通り大変不機嫌だった。

 それもそのはず。なんせ今日は、彼が公爵家に君臨し続けるために必要な記念すべき儀式の日である。相手が警戒し、嫌っているラフィーネ伯爵ならば尚更。


 そしてラフィーネ伯爵も、それを理解していた。

 そのため、下手な芝居を打つようなことはせず、はっきりと結論を述べる。


「このようなめでたい席に水を差すようなことはしたくなかったのですが……ですが公爵閣下。婚約者殿は公爵家には相応しくないと、わたしは思いまする。何せその男は――多額の借金を抱えているのです!」

「……借金、だと……?」

「はい。ですので、婚約は今すぐにでも破棄されるのが良いかと」


 流石のイフェスティオ公爵も、その発言は看過できなかったのだろう。怪訝な顔をしてジェイムスを睨みつけている。

 一方のジェイムスは、顔を真っ青にしながら声を張り上げた。


「な、何を言うんです! い、一体、そんな証拠がどこに……!」

「もちろん、証人も連れてきております。……連れて来い」

「はっ」


 指示を出されたラフィーネ伯爵の執事が連れてきたのは、ジェイムスと同年代の若者たちだった。


(ジェイムスのご学友だった方々ね)


 一歩下がった位置でそれを確認しながら、フレイヤが成り行きを見守っていると、友人たちが口々に証言を始める。


「僕はジェイムスに百万ルワンを貸しました」

「私は百五十万ルワンです」

「返す伝手はあると言われたので、待っていました」

「借用書もちゃんとあります」

「そ、それは……!」


 友人たちからの冷めた視線と、それと同時に淡々と語られる言葉に、ジェイムスがたじろぐ。

 一方でジェイムスの実家であるウェーバー伯爵家は、顔を真っ青にしていた。

 ジェイムスが反論する隙を与えないまま、ラフィーネ伯爵が叫ぶ。


「このタイミングで借金を返済する当てがあるとなりますと……考えられる答えは一つかと、公爵閣下」

「ッッ!」


(やっぱり、ラフィーネ伯爵のほうが一枚上手ですこと)


 今まではっきりと結論を述べていたラフィーネ伯爵がここであえて結論をぼかしたのは、イフェスティオ公爵に結論を出させるためだ。

 表面上は公爵に対しての敬意を示すためのものだが、二人の関係性から言って裏の意味――『それくらい、公爵の立場についているならば分かりますよね?』というほうが強いだろう。


 つまり、盛大な嫌味だ。

 その証拠に、イフェスティオ公爵は憎々しげな顔をしていた。

 それでも苦言を呈さないのは、ここで咎めることは得策ではないということくらいは理解できているからだ。


「リラック子爵。これは一体どういうことだ……?」


 代わりに、その怒りは腹心――リラック子爵に向いた。

 リラック子爵がわずかばかり唇を引き攣らせる中、ラフィーネ伯爵が余裕たっぷりの笑みを浮かべる。


(ラフィーネ伯爵は、父の心理を操るのがお上手ね)


 ここで自分がリラック子爵を言及することも十二分にできただろうに、彼はあえてイフェスティオ公爵のことをあおったのだ。


 花を持たせるため、と言えば聞こえはいいが、要は『公爵としての責任を果たせ』と言っているようなものである。

 その一方で、リラック子爵の判断は早かった。


 彼はすぐさまその場に伏せると、イフェスティオ公爵に対して土下座をしたのだ。


「申し訳ございません! 公爵閣下! わたしの調査が甘かったばかりに、公爵家の顔に泥を塗ってしまいました……!」

「謝って済む問題だと思っているのか!? この、このぉっ!!!」


 一応人前ということもあってか、イフェスティオ公爵はリラック子爵を踏み付けにすることはなく、ただその場で地団駄を踏んだ。

 その顔は真っ赤に染まって、明らかに怒りをあらわにしていたが。


 そんな公爵の代わりに、とでも言わんばかりに、ラフィーネ伯爵が片手を上げる。

 瞬間、彼の私兵がリラック子爵とジェイムスを拘束した。


「話は、後ほどゆっくり聞きましょう。それでいいですかな? 公爵閣下」

「……ああ。連れて行け」


 瞬間、ウェーバー伯爵が息子の前で座り込み、頭を下げる。


「息子が大変申し訳ありませんでした! 公爵閣下! しかしわたしは何も知らなかったのです、ですのでどうか、ウェーバー伯爵家にはご寛大な措置を……!」

「ち、父上……! ち、ちがうんだ、僕は騙されて……!」

「うるさい! お前は黙っていろっ!」

「……ええい! こいつらも摘み出せ!」


(……ああ、なんて醜いことでしょう)


 イフェスティオ公爵は、自身の保身のためにリラック子爵を切り捨てた。

 リラック子爵は、口をつぐむことで自身の罪を軽くした。

 ウェーバー伯爵は、自分の一族は知らなかったことを伝え、息子を切り捨てて一族の存続を守ろうとした。


 そしてトカゲのしっぽであるジェイムスは、誰にも庇われることなく捨てられた。

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっているのを見て、いい気味だと思う。


(けれど、これですべてではないのよ)


 フレイヤがそそのかし、ラフィーネ伯爵が前準備をした舞台。

 しかしこれらはあくまで序章にすぎない。


 ――さあ、準備は整った。


『オデル、始めるわ』


 そうかすかに囁き、合図を出してから。


「お待ちください。そのお二人の罪の清算は、まだ終わっておりません」


 フレイヤはそう高らかに宣言し、一歩前に踏み出した。

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