7.彼は〝食い出のありそう〟な金ヅル
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「俺からの要求は二つだ。従うも従わないも好きにすればいい」
……こんな、はずじゃ。
内心そう叫びながらも、カジノのオーナーであるカロイは斬り落とされた片腕を押さえて床の上で打ちひしがれながら、こちらを食らい尽くそうとソファの上で足を組み見下ろす美しい青年――オデル・スィエラを見上げていた。
その青年――当時はルーデスと名乗っていた――が初来店したのは、六日前だった。
その際にカロイが彼に対して抱いた感想は「食い出のありそうな金ヅル」である。
実際、ルーデスは金持ちの、しかし賭け事においては初心者といった体で、カジノも初めてといった様子だった。
しかしお忍びであろうと質の良い服というのは、カロイほどの人間になると一目で分かる。大抵、本当に庶民の服を着ることを、金持ち貴族は耐えられないからだ。
何よりルーデスは、服装では隠し切れないほど所作が美しい青年だった。従者らしき人間を必ず一人つけていたことから、彼の身分の高さが窺える。
カロイが目をつけたのも、必然と言えよう。
いいカモがきた。
そう思ったカロイはディーラーに裏で指示をし、ルーデスが勝つように仕向けた。
プロの詐欺師は、最初から相手を搾り取るような真似はしない。
逆に最初のほうは、賭け事における勝ちの楽しさを教えてやることが重要なのだ。
そうすることで、人は賭け事にのめり込んでいく。
相手が賭け事初心者であればあるほど、なお良い。玄人であれば引き時を知っているが、初心者はハマり出すと際限なく沈んでいくものだからだ。
しかし、ただずっと勝たせてやるわけではない。だんだんと負けを増やしていき、負けすぎてこなくなるギリギリのところで大勝ちさせる。その見極めが大事なのだ。
そうすることでその客はお得意様となり、カジノ側はどんどん潤っていく。
ディーラーによる勝敗調整などお手のものだ。
搾り取れるだけ搾り取った後は実家に脅しをかけるか、もしくは借金の返済を待つ代わりにより、大切なものを担保にさせる。
貴族といえど、人だ。今までもそうやって稼いできた。
そしてカロイは今回も、上手くいくと思っていたのだ。
その証拠に、ルーデスは初来店から今日に至るまで毎日、カジノに来店していた。
この青年は完全にカジノにどハマりしている。
そうしめしめと思っていたし、最後の賭けを行なうまで、カロイ側が圧倒的に優位だった、はずだった。
なんせこの青年は「これが自分の全財産だ!」と言って、今までの借金分を遥かに超える金額、百億ルワンもの大金を手に、一攫千金を狙ってカロイ相手に三番勝負を挑んできたのだから。
ルーデスは言った。
『僕がこの勝負に勝ったなら、このカジノを買わせてくれ。何から何までだ』
普段ならばそんな賭け事に乗る必要はない。
しかし今回は金額が金額だった。それだけあればカジノはもっと拡大できるし、支店も増やせる。
そうすれば、カロイのことをいいように使ってくるリラック子爵のことも、逆に鼻で使えるようになるかもしれない。
(全くあの野郎、人をなんだと思ってんだ。馬車に細工をして事故を誘発させろとか、人殺しの手伝いまでさせやがって!)
表面上は従っていたが、カロイはあの子爵が大嫌いだった。自分より下位の人間を自分と同じ生き物だと思っていないタイプの貴族だからだ。
何より利用されているとはいえ、公爵家の婿になった上に傷物とはいえ顔はイイ女までもらっている自身の友人がいい思いをしているのが、許せなかったのである。
何よりこのルーデスという青年は、弱い。
賭け事にこれっぽっちも向いていなかった。
だからカロイは、その馬鹿みたいな賭けに乗ったのだ。
勝負の内容は、ポーカーだった。
カードゲームは、イカサマがしやすい。
そう思い、カロイは明るい未来を想定して賭けに乗った。
一戦目、カロイが勝った。
二戦目、ルーデスが勝った。
そして最終勝負――ルーデスは、ロイヤルストレートフラッシュを出して勝利をおさめた。
なにが起こったのか、カロイはなにも分からなかった。
この俺が、自分が運営するカジノで、しかもポーカーで負けた?
そんな馬鹿なことがあるはずない……!
イカサマは、詐欺師の必須技能だ。故にカロイももちろん習得していたし、何よりディーラーがカロイに有利になるカードを配っていた。
それなのに負けた上、最後に出してきたのがロイヤルストレートフラッシュだ。運などでは到底出せない組み合わせである。
カロイは思わず叫んだ。
「イ、イカサマだ! ロイヤルストレートフラッシュなど出るはずがない!! だってディーラーは手札を操作できっ!」
そこまで言ってから、カロイはハッと我に返った。
しかしもう遅い。
その証拠に、向かいに座る青年は今までの気弱そうな雰囲気とは一変、まるで獰猛な肉食獣の如き笑みを浮かべ、首を傾げた。
「ほう? つまり? このカジノは、ディーラーが意図的に客側が負けるよう、イカサマをなさっている、と……まさか、カジノのオーナーである貴方がそんなことを仰るとはね?」
「あ、いや、これはちがっ」
「違う? ならこれを見せましょう」
そう言いルーデスが見せてきたのは、水晶玉だ。
しかしただの水晶玉ではなく、カジノでの様子を盗撮した映像が流れる水晶玉だった。
そこには、ディーラーが意図的に手札を操作していることが明らかに分かる動作や、ルーレットなど道具そのものに細工を施していることが分かる映像が記録されている。
明らかに前々から準備していたそれを見た瞬間、カロイはこの男が初めから『初心者を演じていた狩人』だったことを悟った。
カロイが顔を真っ青にして崩れ落ちると、ルーデス――否、オデル・スィエラは足を組みながら目を細める。
「なんだ。案外あっけなかったな」
それを聞いたカロイは、奥の手である手首にはめた魔導具を起動しようとした。
護身用で、詠唱なく瞬時に使える優れものだ。幻惑効果のある霧を一瞬で周囲に散らすことができる。
こういった緊急時に逃げられるよう大枚をはたいて買ったものだが、まさか使う機会があるとは思わなかった。
これを使えば、逃げる時間は稼げるはず……!
そう思った。
――腕ごと、腕輪をはめた手が宙に飛ぶまでは。
……え?
痛みは、遅れてやってきた。
「ああああああ゛あ゛ア゛ッッッ!?!?」
「騒々しいな。腕一本切れたくらいで」
そう冷めた声で言うオデルは、一歩も動いていない。しかし代わりに、彼の周りには氷でできた剣が数本浮かび上がっていた。
そしてそれらは、その場にいたカジノ関係者の首筋目掛けて飛んでいき、ギリギリのところで止まる。
無詠唱、かつ一瞬の操作。
物を一つ一つ、しかもまったく別の操作をさせることは、かなり難易度が高い。
それだけで、オデルの魔術の腕が並外れたものであることは容易に分かった。
これは、勝てない。
カロイはその瞬間、床に伏せて頭を下げる。
「な、なんでもします! ですからどうか、どうか……命だけは……!」
「……命だけ? 一人のなんの罪もない少女が事故に遭うように仕向けておきながら、自分は随分と虫がいいのだな」
「そ、れは、」
「俺からの要求は二つだ。従うも従わないも好きにすればいい」
鋭く研ぎ澄まされたような声が、氷の剣と共にカロイの喉元に突きつけられる。
「リラック子爵とこの店が関係しているという書類を渡すこと。そしてリラック子爵と共謀して、イフェスティオ公爵令嬢を殺そうとしたことを証言すること」
簡単だろう?
そう言いたげな顔をした美しい青年を前にして、カロイは項垂れる。
こちらに選択を与えてくれてはいるが、実質、答えは一つだ。ここで彼からの要求を飲まなければ、待ち受けるのは今よりも凄惨な何か。
死ぬよりも恐ろしいことが待ち受けていると、カロイは長年の経験から瞬時に悟った。
「要求に従うようなら、腕を治してやる」
そう言うや否や、鮮血を流していた腕が嘘のようにくっつき、元通りになった。
それを見たカロイはほうける。
「もし従わないようなら……」
そう言い、片手をあえて上げたオデルが何をしようとしているのか、分からないほどカロイは愚かではなかった。
もう一度、腕を斬り落とすつもりだ。
再度あの苦痛を味わうなど、とてもではないが耐えられない……!
何よりこの瞬間、カロイの心は完全に折れた。
ここまで鮮やかに傷そのものをなかったことにできるということは、きっとカロイを自白するように仕向ける精神系の魔術すら容易に使えるはず。
非合法的という理由から使用が規制されている魔術ではあるが、罪人はその限りではない。
そしてこの分だと、精神魔術を施したという証拠すら残さないかもしれない――
今のカロイにとって重要なのは、事実ではなく可能性があることだ。
そしてそれは、服従するだけに足る理由になる。
「ち、誓います……なんでも話します、話しますから……ど、どうか、たす、け……っ」
「なら今すぐ用意しろ。そして俺の前に差し出せ」
その言葉に、カロイは喜んで従う。
――そうしてカロイが経営するカジノは一夜にして、オデル・スィエラの所有物となったのだった。
*
すべてを終えたオデルは、ため息をこぼした。
「なんともあっけないな」
六日間。たった六日間の間で自分自身を餌として準備を重ね、最後に大きな賭けに出て全てをひっくり返す。
そして最後には全てを魔術による暴力で片づけた。
賭け事に興味はないが、何をどうすればより円滑に物事が進むのか、オデルは知っている。
そして、イカサマの方法も。
ここまであっさりと物事が進むのを見るたびに、オデルは人間に、そして世間に興味をなくした。
そんな中で唯一、自分の力ではどうにでもできないものがある。
フレイヤの傷痕だ。
オデルが使う高位の治癒魔術は、正確にいうと治癒魔術と時間魔術、空間魔術の合わせ技だ。
これらを合わせることで、オデルは難しいとされる部分欠損さえ治すことができる。
しかしもちろん、欠点はあった。
それは、時間が経過し過ぎると治せなくなることだ。
今のオデルだと、二十四時間経つと元通りにはできなくなる。
もちろん、死んでしまった人間を生き返らせることも不可能だ。人が死ぬということは一度魂が体から離れることを指す。その複雑さを掌握することは、今のオデルにはできない。
(……一ヶ月も、俺が王都を離れていなければ)
フレイヤの体に傷痕が残るようなことはなかっただろう。
彼女があんなにも苦しむ必要はなかったはず。
「これだけの力があっても、一番守りたいものを守れないなら、意味がない」
だからこそ、オデルは今度こそ守り抜くのだ。
フレイヤのことを。
彼女の幸福を。
そう思いながら。
オデルは魔導通信機を使って、フレイヤに「任務完了」の連絡を入れたのだった。
――決戦まで、残り一日。




