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幼馴染と一緒に婚約者に復讐します 〜傷物才女は自分らしく生きる〜  作者: しきみ彰


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6/11

6.私は〝かわいそう〟なお人形

 *



『婚約者発表パーティー』まで、残り四日。


 フレイヤはその日の午前、侍女だけを連れて王都のある屋敷にやってきていた。


 そこは、ラフィーネ伯爵家のタウンハウスである。

 フレイヤがなぜここへ侍女を連れているとはいえ一人でやってこれたかというと、それはとある理由をつけたからだ。


『皆様がお見舞いに来てくださったのに、私は身勝手な理由でそれを断ってしまいました……どうか王都にいらっしゃる方だけは、私自ら赴き、招待状をお渡ししたいのです』


 そう涙ながらに懇願すれば、外聞を気にしがちな父はあっさり了承した。

 むしろ、フレイヤがパニックになり、ヒステリーを起こしていたあのときのことがかなり気になっていたのか、「そうだな、行きなさい」と言ってくれたくらいだ。


(我ながら、いい流れを作ってくれたものだわ)


 当時の混乱や痛みを思い出して自嘲しながらも、フレイヤは馬車に揺られる。

 今まではジェイムスも一緒に連れてきていたのだが、今日はどうしても当主補佐としての教育が被ってしまい、くることができなかった。


 もちろん、フレイヤがあえて日程を調節したためである。


(この話だけは、ジェイムスの耳に入るわけにはいかないもの)


 そうしてラフィーネ伯爵家に辿り着けば、伯爵は突然の訪問にもかかわらず歓迎してくれた。


「よくきたね、フレイヤ!」

「お久しぶりです、ラフィーネ伯爵。先日はお見舞いに来てくださったにも関わらず、お会いすることができずに申し訳ありません」

「いいんだよ! それに、そんな堅苦しい呼び方はやめなさい。昔のようにおじ様と呼んでくれ」

「……分かりましたわ。おじ様」

「ささ、こんな場所で立ち話もなんだ、くつろいで行きなさい」


 そう言うと、ラフィーネ伯爵はフレイヤを応接間に案内してくれる。

 南向きに作られた応接間の窓は大きく、外からの日差しがこれでもかと降り注いでいた。


 庭も広く、景色もいい。

 春ということもあり、淡いパステルカラーの花々が美しく、それでいて完璧な配置で咲き誇っていた。

 そんな中だからこそ、真紅の薔薇がよりいっそう目立っている。


(自慢の庭だと聞いたけれど、どうやら本当みたいね)


 応接間をこのような作りにしたのも、庭の美しさを自慢したいためだろう。

 その中でも特に赤いバラを好むのは、イフェスティオ公爵家の紋章に薔薇が使われているからだ。

 その上で赤い目を必ず持つとされているイフェスティオ公爵家は、『赤き薔薇の一族』と呼ばれている。


 遠縁とはいえ、その血を割と濃く受け継いでいるラフィーネ伯爵が赤薔薇を好むのは、それだけ野心が高い証拠である。


(それ故に、お父様はラフィーネ伯爵を遠ざけた。けれど私は、この方を利用する)


 利用する一番の理由は野心家だから、という点だが、この腐り切ったイフェスティオ家の血を継ぐ者の中でも、比較的まともな部類に入るから、というのもあった。


 何せ彼は、フレイヤを当主にすることを賛成した上で、自身の孫を伴侶にしようとしていた人なので。


 どうやら血に固執するタイプらしく、フレイヤの直系としての立場をかなり重要視しているようだ。


 扱いとしては家畜同然なので五十歩百歩だが、フレイヤを殺そうとしないというだけで十二分に安全だ。


 こうして応接間に意気揚々と案内してくれたのも、ラフィーネ伯爵がフレイヤのことを引き入れたいと思っているからであろう。


 そう思いながらも、フレイヤはにこりと微笑んだ。


「とても美しいお庭ですのね、おじ様。あの赤薔薇は特に素晴らしいです。まるで陽の光をそのまま灯したようですわ」

「そうだろう? よかったら帰りに持っていきなさい」

「よろしいのですか? でしたらお願いいたします」


 正直に言えばどうでもいいし、むしろフレイヤは薔薇が嫌いだったが、しかしこれを持って帰ってきたことが父に知られれば、きっと少しばかり機嫌を良くするだろう。ラフィーネ伯爵の赤薔薇好きは有名だからだ。

 そんな伯爵は、自身が育てた赤薔薇をおいそれと他人に贈ったりはしない。

 つまり、フレイヤのことを認めてくれているという証明にもなる。


(まあもしかしたら、分家如きがとでもいって機嫌を悪くするかもしれないけれど)


 どちらにせよ、フレイヤにとっては愉快そのものだ。

 そういうわけで頷きつつ、フレイヤはあ、と声をあげる。

 そして自身の侍女に向かって微笑んだ。


「だったら貴女、おじ様のお庭に行って赤薔薇に合う花を選んできてちょうだい」

「わたしが、ですか……?」

「ええ。それにおじ様の薔薇ですもの。それならば、私もより丁重に扱わなければ……ね?」


 それくらい、私は貴女のことを信用しているのよ、ということを侍女に伝えれば、彼女は少しばかり嬉しそうにしながら、ラフィーネ伯爵が呼んだ庭師に連れられて喜んで庭に向かった。

 あの庭師は話が長いことで有名なので、きっとそこそこの時間は稼げるだろう。


 そしてその行動からも分かる通り、ラフィーネ伯爵はフレイヤが二人きりになりたがっていたことを悟ってくれていた。


「……それで、フレイヤ。何かあったのかい?」


 そう、穏やかな声音で尋ねてくる。

 それに対しフレイヤは、少しばかり躊躇うような仕草を見せた後、ゆっくり口を開いた。


「そ、の。招待状をお届けに来たのはもちろん、大切な用事なのですが……私、どうしたらいいのか分からないのです」

「……ふむ。もしかして、婚約者のことかな?」

「……はい。その、ジェイムスが……」


 そこであえて切り、フレイヤは思わせぶりに口元に手を当て、視線を彷徨わせる。こうすることでいかにも、知ってはいけないことを知ってしまった、という態度に見えるはずだ。


 そして唐突に決まった婚約者に納得がいっていなかったラフィーネ伯爵は、少しばかり期待したような表情を見せる。


(……話すなら、ここね)


 そう思ったフレイヤは、伯爵のほうを見て、声を震わせた。


「……私、聞いてしまったんです。ジェイムスが……カジノに、借金があるということを」

「……借金だと? それは、本当なのか!?」

「は、はい。魔導通信機で、彼がご友人らしき方と話しているのを、耳にしました……」


 嘘をつくときのコツは、嘘の中に真実を織り交ぜることだ。


 そしてフレイヤは今回、ほとんど嘘をついていない。


 カジノに借金があることを知ったのはオデルからの情報を得てからだったが、ジェイムスが魔導通信機で語っていた相手はどうやらカジノ関係者らしいし、魔導通信機で会話していることを聞いたのも事実だからだ。


 そのほとんどが真実で形成された嘘ほど、質の良いものはない。


 そしてラフィーネ伯爵は見事、その餌に食いついた。


「そうか……婚約者殿に、まさかそんな裏があったとは……」

「そうなのです…‥私、それを聞いたときどうしたらいいか分からなくて。ですが、お父様がお決めになった方です。確実な証拠もないのにお伝えすれば、その……お父様の不興を買ってしまうかと思って、おじ様にご相談を……」

「……よく話してくれたね、フレイヤ。あとの件はわたしに任せなさい。婚約発表パーティーまでになんとかしよう」

「ありがとうございます、おじ様……!」


 そういい人のような振る舞いをしつつも、興味津々といった形で思案顔をするラフィーネ伯爵の視界に、フレイヤはすでにいないだろう。


(だってこの情報は、彼が目の上のたんこぶだと思っているリラック子爵の責任問題を問えるネタだから)


 リラック子爵の責任問題が確定すれば、次にその座につくのはラフィーネ伯爵である。

 そして父としては、イフェスティオ家を明らかに乗っ取ろうとしていたリラック子爵を退けるという功績を残した以上、今までのようにラフィーネ伯爵を遠ざけることができなくなる。親戚内とはいえ、外聞が悪いからだ。


 そしてついでにジェイムスのことを追い出し、自身の孫を伴侶にできる絶好の機会。ラフィーネ伯爵は、これを逃すような人ではない。


(野心の強い人間は、行動が予測しやすくて助かるわ)


 フレイヤがあえてジェイムスの借金の件だけしか話さなかったのは、それが一番『完璧令嬢』らしい情報の出し方だと思ったからだ。


 美しくそれでいて可愛らしく愚かな、『完璧令嬢』。


 取るに足らない。

 警戒など必要ない。

 食われる側の人間。


(ほんと、みんなが考える都合の良いお人形ね)


 いい感じに使えて、いい感じに使えない。

 その絶妙なライン。


 フレイヤは、使えるものはなんでも使う。

 それがたとえ自身の過去だとしても。


(さあ、これで準備は整ったわ。あとは……オデルが上手くやってくれることを願うばかりね)


 そう思いながら。

 フレイヤは光り輝く応接間の中で、何も知らない淑女のような顔をして、ただただ優雅に笑みを浮かべていたのだった。

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