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5.オデル・スィエラは躊躇うのをやめた

 *



フレイヤ(貴女)が幸せになるのであればそれでいい』と。

 オデル・スィエラは本気で思っていた。

 ――ほんの、一ヶ月前までは。


 しかしオデルが宮廷魔術師として最初の地方研修を終えた後に届いた情報は、それはもうひどいものだった。


(……は? フレイヤが死にかけて? しかも、婚約者まで決まった?)


 怒涛のような情報量に、思考が停止する。

 魔導具の開発が進む中、距離の問題や研修情報が外部に流れないよう連絡手段を絶っていたことが、ここにきて最悪の形でオデルの身に襲っていた。


 たった一ヶ月だと思っていた。地位を高めるためには必要な一ヶ月だと割り切っていた。

 しかしフレイヤにとっては、人生を変える一ヶ月だった。


 怪我人には見舞いの花を持っていく、という常識すら頭から抜け落ちた状態で駆けつけたオデルを待っていたのは、明らかに痩せ細り、疲労の色が色濃く現れている……けれど、今までないくらい美しい目をした、フレイヤ・イフェスティオで。


『というわけだから、力を貸してくださる? オデル』


 怒るでもなく、憎むでもなく。

 しかしその真紅の瞳の奥に燃えるような熱を宿して告げられた報復への協力を望む言葉に、オデルは息を呑んだ。







 ――オデルがフレイヤと初めて顔を合わせたのは、公爵家同士の交流会でだ。


 当時から、オデルは大抵のことはすんなりできる子どもだった。

 むしろ、どうしてそんなにも手をこまねいているのかが分からない。

 自分と他人との間に、決定的とも言える考え方や見方の違いを実感した瞬間、オデルは他人への興味をなくした。


 フレイヤとの出会いは、そんな最中のことだ。


『はじめまして。フレイヤ・イフェスティオと申します、公子様』


 六歳にして大人顔負けの礼をした少女に、オデルは一瞬で目を奪われた。


 凛々しく気高く、それでいてやわい。

 太陽の下がよく似合う、光り輝くような美しさだ。

 自分にはないものが、フレイヤにはあった。

 それでいてオデルが惹かれたのは、努力を決して怠らないその姿勢だった。


 そうして交流を深めていくうちに、オデルはフレイヤが時折見せる花が綻ぶような満面の笑みを、待ち望むようになった。


 本人は「淑女らしくないから」という理由で気付き次第すぐやめてしまうのだが、そんなものどうでもいいではないかとオデルは思う。


(こんなにも、魅力的なのに)


 そんなフレイヤがずっととなりにいたものだから、他の子どもと交流をすることになっても彼女以外が眼中に入らなかった。


 そもそも、オデルの実力を見た者たちは大抵妬むか、羨むか、擦り寄ってくるかの三択だ。一緒に切磋琢磨しようと努力し、その上で同じ位置にいられたのは、同世代ではフレイヤだけだったのだ。


 自分と同じだけれど、でも自分よりも美しく愛らしい少女。


 そんなフレイヤにオデルが恋をするのは、ある意味必然だったかもしれない。


 だが、オデルがフレイヤと肩を並べていられているのは、同じ『次期後継者』という立場だからで。

 おそらくそれがなければ、オデルはフレイヤのとなりにはいられないと、そう彼女の家の事情を小耳に挟むたびに実感させられた。


 他家の事情に首を突っ込めるほど不躾ではなかったが、そのせいで彼女がすり減っていたことは知っていて。

 だからオデルはフレイヤと一緒にいて、そんな彼女を支えるためという理由で、次期後継者という立場に居続けることにした。


 ――ぽちゃん。


 オデルにとって一番の幸福はきっと、家族がそれを呆れながらも認めてくれていたことだろう。


(けれど、フレイヤの家にはそんな家族の温かさすらないんだ)


 となりで一緒に成長していくたびに、それを実感させられる。

 フレイヤは歳を重ねるごとにそれはそれは美しさを増していっていたが、同時にほのかな闇も垣間見せるようになっていたから。


 それを見るたびに、オデルの中に苛立ちが募っていく。


 ――ぽちゃん。


 それはまるで、コップの中に水が溜まっていくような感覚だった。


 フレイヤのことを大切にしないイフェスティオ公爵への不快感、不信感、苛立ち。

 そして、それを知っていながらも口を挟めない自分の無力さ。


 何より、今のままで本当にフレイヤのためになるのだろうかという疑問。


 それらは、オデルの心中に水のように降り注いで溜まっていく。


 ――ぽちゃん、ぽちゃん。


 そして。


 ――ガシャーンッ!!!


 事故に遭ってからフレイヤの身に降り注いだありとあらゆる不幸を彼女の口から聞いた瞬間、堰き止めていた容器ごとそれはあっさり壊れた。


(これ以上、今の立場のままでいる必要なんてない)


 何よりフレイヤはもう、今のままでいるつもりはないのだ。

 だからオデルは、フレイヤの提案を飲んだ。


 もっと確実に、フレイヤを守れる立場になるために。






 ――そうしてフレイヤとの一ヶ月ぶりの邂逅を経て、オデルは自身が持つ情報屋から関係しそうな情報をすべて持ち込ませていた。


 スィエラ公爵家が情報に精通しているのは、独自の情報網を持っているから。それはある意味正しい。

 しかし正しくは「年頃になったスィエラ公爵家の子どもに、自らの力で情報を集めさせる」からだった。


 従来の情報屋を頼るでもよし、新たに独自の情報部門を立ち上げて育てるのもよし。

 とにもかくにも、一つの情報屋のみを使わないのが、スィエラ公爵家の伝統だった。

 そうすることで、子どもの自主性を育て上げるというのが方針らしい。


 それは他の教育分野でも同じで、才能があるのであれば後継者順位第一位の人間でなくとも、等しく後継者教育を施すのがスィエラ公爵家だった。

 また、子どもたちが持つ能力を最大限活かせるようにもしてくれる。


 伝統や格式といった体面ばかりを気にする貴族社会において、その教育方針はなかなか最先端と言っても良いだろう。ある意味、イフェスティオ公爵家とは真逆と言っていいかもしれない。


 そんな教育方針の中で、オデルは自身で情報部門を作り上げ、育ててきた側の人間だ。

 八歳の頃からコツコツと積み上げ、教育を施してきたメンバーは優秀で、その上オデルがフレイヤに関してのことを知りたがると知っていたからなのか、帰る頃にはすでにある程度の情報が出揃っていた。


 主人が求める情報をあらかじめ用意しておくなど、できた部下たちだ。

 それを見たオデルは、今回の一件を仕組んだのが誰で、誰が実行犯なのかを把握した。


 黒幕は、リラック子爵だ。

 イフェスティオ公爵の腹心。


 そしてそんなリラック子爵の命を受けてフレイヤの乗る馬車に仕掛けを施したのは、彼が経営するカジノのオーナー・カロイだった。


 フレイヤの婚約者・ジェイムスとは旧知の仲らしい。

 友人をカジノに誘った挙句、借金まで作らせているところを見るに、友人というよりもカモのような扱いを受けているような気もしたが、オデルの知るところではなかった。必要なのはそういった個人的な情報ではないのだから。


(それにしても。自身の従者ではなくオーナーにやらせるとは、なかなか用心深い)


 しかもこのカジノも、リラック子爵の名で経営しているわけではない。相手がイフェスティオ公爵くらいならば、もし事故が事件だと悟られたとしても、リラック子爵に害が及ぶ心配はなかっただろう。


 もちろん、相手がイフェスティオ公爵だったのであれば、だが。


(だが、物事には順番がある。残念極まりないが、リラック子爵の息の根を止めるのは最後だ……俺が手始めにやるのは、カロイだからな)


 そこまで確認してから、オデルはフレイヤに連絡を入れ、情報共有する。

 しかし敢えて、誰が実行犯なのかは伏せた。

 実行犯に関しては、オデル自身が仕留めたいと、そう思っていたからだ。それがフレイヤの耳に万が一でも入るのは、避けたい。


(さて、パーティーは一週間後。それまでに終わらせる)


 そして、フレイヤが負った痛みと同じだけのものを、刻み込んでやるのだ。


 一度、たがが外れたオデルを止められるのは、フレイヤだけ。

 そしてそのフレイヤが望んで茨の道を突き進むことを決めた以上、彼が止まる理由はもうなくなった。


 あとは、何もかもを巻き込み、飲み込み、破壊し尽くしていくだけ。


 そのために、オデルはその足でカジノに向かったのだった――

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