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4.久方ぶりの安らぎ

 本当ならば顔を見ただけで首を絞め殺してやりたいほど恨んでいるジェイムスと、何故一緒にパーティーの準備をしようと言ったのか。

 それは、ジェイムスの行動を制限するためである。


(午前は当主補佐としての教育、午後は私と一緒にパーティーの準備をすることになれば、ジェイムスの自由時間は自然と夕方から夜になる。外出は滅多なことがない限りできなくなるし、何より魔導通信機を使うときのやりとりを傍受もできるわ。利用しない手はないもの)


 そう思いながらも、フレイヤは夕食後に届いたオデルからの花束を見て、表情を綻ばせた。


 ラナンキュラスの花束だ。赤を中心に、色とりどりのラナンキュラスがあふれんばかりに咲いている。


 彼の執事が直接フレイヤに手渡してきたそれには、『先ほどは花もなくすまなかった。お大事に』と書かれたメッセージカードと小さなピアスほどの大きさの魔導通信機がおさめられている。


 花の香りを嗅ぐついでにそれを袖に忍ばせ、フレイヤは花束を使用人に渡して「花瓶を用意して頂戴。私の部屋に飾っておいて」と頼んだ。


 そしてメッセージカードと魔導通信機のみを手に持ち、私室へ。そこで少しだけ表情を綻ばせる。


(執事にでも代筆させればいいでしょうに……相変わらず、律儀なんだから)


 メッセージカードに書かれていた字は間違いなく、オデルの筆跡だった。

 彼はこういうところで、手を抜かない。

 その真面目さに、今回は心が救われる。


 何より嬉しかったのは、彼がラナンキュラスの花を贈ってくれたことだ。


(私の一番、好きな花)


 この幾重も重なる柔らかいふんわりとした花が、フレイヤのお気に入りだった。

 特にお気に入りは赤いラナンキュラスだ。それを多めに入れてくれたのを見て、より気持ちは舞い上がっていた。

 フレイヤのことをここまで喜ばせることができるのは、オデルくらいだ。


 だって、「好き嫌いを見せるなど淑女にあらず」と言い聞かされて育ってきた彼女の好みを知る者は、この屋敷にはいない。


 親も、使用人も、親戚も、婚約者も。

 誰一人、味方ではない。


 それを忘れてはならない。


(唯一の味方は、オデルだけ)


 そう、使用人が花瓶に飾って持ってきた花束のそばで考えていると、ピアスがほんのりと光り輝くのが分かった。


 オデルから連絡が来たことを悟ったフレイヤは、慌てて今つけているピアスを外して取り替えてから、こっそり防音の魔術を自身の周りに張る。


『――オデル?』

『フレイヤ。よかった、無事に届いたんだな』


 それを聞いたフレイヤは、思わず笑った。


『何言ってるのよ、貴方が私に届くよう、執事まで使って届けさせたんじゃない。彼を疑っているの?』

『まさか。彼は優秀かつ有能な執事だ』

『……ええ、本当。メッセージカードもありがとう。けれど、ピアス型の魔導通信機はやり過ぎなのではなくて?』


 魔導通信機に使われる宝石には、等級と大きさが存在する。当たり前ではあるが、等級が高いものであればあるほど価値が高く、小粒でも十二分に力を発揮するのだ。一級が価値が高く、五級が一番価値が低い。


 ジェイムスが使っている魔導通信機は両手に乗るほどの置物サイズなので、等級は高くない。その上、登録できる魔法陣も片手ほどだ。

 あれと比べると、今回送ってくれたピアスは一級かその次の準一級クラスだろう。魔法陣も両手ほど組み込めるはず。


 そんな高価なものをこの短期間でポンッと渡せてしまうところは、なんというか。

 そう思い思わず言ってしまったのだが、向こうから不思議そうな声がしてくる。


『しかし、貴女としてはそれくらいの大きさのほうが使いやすいだろう? 安全性を考えれば最適解だったと思うが』


(……こういう、仕事が絡むところだとかなり気遣いできるのよね。視点の違いというものかしら……)


『それに、そのピアスの色は貴女の目の色と同じだ。似合うと思う』


 フレイヤは、そっと口元に手を当てて目を逸らした。

 不意打ちだった上に、今日一日連戦続きだったため、今の発言はなかなかにきた。


(……オデルが今、目の前にいなくてよかったわ……)


 でなければ、顔を真っ赤にしつつも喜んでしまったことを、知られていたはずなので。

 フレイヤはなんとか持ち直した。


『……そういうことは、私ではなく未来の婚約者に仰って? だけれど……ありがとう。嬉しいわ』


 それらしく取り繕いつつも、少し寂しく思ってしまうのはフレイヤがわがままだからだ。


(私と彼は、同じ次期公爵という立場になることはできても、男女の関係になることはないのにね)


 そう思い、苦笑していると、少しおいてから『早速情報を得た』とオデルが言う。

 瞬間、フレイヤの頭が切り替わるのを感じた。


『……いいわ。教えて頂戴』

『ジェイムス・ウェーバーが通っていたカジノだが、このカジノの運営者がリラック子爵だった』

『あら……それは愉快ね。確かなの?』

『代理の人間を立てて別名義にしていたが、間違いない』


(そんな情報を一体いつ、どうやって知ったのかに関しては気になるところだけれど……スィエラ公爵家ならなんら不思議ではないわね)


 フレイヤを後継者と立てた上に、公爵本人の実力が立場にそぐわず落ちぶれてきているイフェスティオ公爵家とは違い、スィエラ公爵家の現当主は敏腕かつやり手で知られている。彼を慕う人間は数知れず、また『スィエラ公爵家に知らないことはない』と言われるほどの独自の情報網を形成しているのだ。


 父とは同級生だと聞いているが、きっとスィエラ公爵に対する対抗意識のようなものはありそうだなとフレイヤは思っている。


(それよりも、リラック子爵……やはりね)


 リラック子爵は、父の腹心だ。そしてフレイヤの件を事故だと判断したのも彼である。

 そして、『ジェイムスの素行に問題なし』という調査結果を渡したのも彼だ。


 最終的に事故だとして早々にこの一件を片付けてしまったのは外聞ばかり気にする父だが、リラック子爵とジェイムスに接点ができた以上、彼がフレイヤを殺そうとした首謀者と見て間違いないだろう。


 腹心。

 つまり、イフェスティオ公爵家の血を継ぐ人間の中では、第二位の立場に位置する人。

 本来であれば厄介極まりない相手だが、今回は逆にそれを上手く利用できそうだ。


 そう頭の中で計画に若干の修正を入れつつ、フレイヤはオデルに話しかける。


『オデル、有益な情報をありがとう。いただいた情報をもとに、私はリラック子爵の次に我が家で権力を持っているラフィーネ伯爵を焚き付けることにするわ』

『……なるほど。確かに、リラック子爵共々イフェスティオ公爵、そしてジェイムスを一緒に引き摺り下ろすには、最適の人物だな』

『お墨付きがもらえて嬉しいわ』


 元から親戚の誰かに話を持ち込み、「フレイヤ(この小娘)は利用できる」と思わせた上で父を当主から引き摺り下ろす作戦だったのだが、思わぬ形でそれ以外のものも釣れそうだった。


 何より、スィエラ公爵家次期当主であるオデルからのお墨付きがもらえたのであれば、この線から攻めるのは大いにありだ。


『オデル、実行犯のほうはどうかしら』

『そちらの特定には少し時間がかかりそうだ』

『分かったわ。拘束するにしてもパーティーギリギリがいいだろうし……』

『そうだな。他にも何か使えそうな情報があり次第、連絡するよ』

『……何から何までありがとう』

『気にするな。俺が好きでやっているだけだから』


 声の質だけで、オデルがどんな表情をしているのか分かる。きっと少し優しい顔をしているのだろう。


『……貴方が私と友人で、本当に良かったわ』

『…………俺も、貴女のおかげで何度も助けられている。お互い様だ』

『そう……もう遅いから、切るわね』

『ああ、おやすみ、フレイヤ』


 いい夢を。


 オデルのその言葉を残し、ふつりと通信は途絶えた。

 オデルが贈ってくれたラナンキュラスの花束を愛でながら、フレイヤは目を伏せる。


「……友人、か……」


 まるで、自分自身に言い聞かせるような口振りだったなと、フレイヤは思った。


 だけれど。


(本当なら、こんな私の姿、見られたくなかったわ)


 オデルは気にしていないと言ってくれていたが、今のフレイヤはさぞかし醜いことだろう。


 大切な人には、自分の綺麗なところだけを見ていてほしい。


 そう思うのにままならないのは、フレイヤが弱いからだ。


「……強くならなくては」


 そう呟き。

 フレイヤはオデルの最後の言葉とラナンキュラスから漂う芳しい香りを抱き締めながら、眠りに落ちた。




 ――その日は久しぶりに、悪夢を見なかった。


 馬車で死にかけたときの激痛も、命が尽きかけていると悟り胸の奥底から湧き上がってきた恐怖も。

 父親に理不尽になじられたときの悲しみも、救いの手だと思っていた婚約者からの裏切りに絶望した夢も。

 今まで苦しめてきたものすべて、何もかも。


 まるで魔法の言葉だと、フレイヤは目を覚ましたとき思った。

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