10.断罪劇終章・求婚
「……オデル? 一体何を言って……」
「困る、と言ったんだ。何せ俺はこれから――貴女に、求婚するつもりなのだから」
きゅう、こ、ん?
そう声に出す前に、オデルはその場で美しく跪いた。
まるで騎士が忠誠でも誓うかのような動作に、フレイヤはほうけてしまう。
しかしそれを気にすることなく、オデルはポケットから指輪の入った箱を取り出すと、それをフレイヤに差し出した。
「フレイヤ。どうか俺と共に、同じ人生を歩んでくれないか?」
時間がとまったのではないかと、フレイヤは錯覚した。
彼女が動揺のあまり言葉を出せないでいると、それに待ったをかける人が出てくる。
ラフィーネ伯爵だ。
「ま、待て! 君はスィエラ公爵家の跡取り息子だろうっ? 君では婿になれない!」
「ご安心を、ラフィーネ伯爵。今朝方、スィエラ公爵家の継承権を放棄して参りました。我が父、スィエラ公爵も、それを受理してくださいましたよ」
そう言うと、オデルは継承権放棄の旨が書かれた誓約書を見せてくる。
それを見て一番驚いたのは、ラフィーネ伯爵ではなくフレイヤの方だった。
(爵位継承権の放棄、ですって……!?)
それは、これから先滅多なことがない限り……たとえばオデル以外を残してスィエラ公爵家関係者が亡くなるといったレベルのことがない限り永続的に、スィエラ公爵家を継ぐ機会が失われたことを指す。
今までオデルと一緒に、同じ勉学をして努力をしてきた思い出が蘇る。
たくさんたくさん、競い合ってきた。
そしてそれが、フレイヤにとってどれほどの心の支えになったか――
それを考えると、自分が怪我を負い、傷痕が残ると知ったときと同じくらいの衝撃を受けた。
しかし誓約書まで用意したということは、オデルは本気だということだ。
そしてこの求婚を受けなければ、その本気を断るということで。
さらに言うのであればフレイヤは、唯一の味方を喪うことになる――
瞬間、これからは敵だらけの中で一人戦っていかなければならない事実を改めて実感し、フレイヤは震えた。
独り、ぼっち。
覚悟もした。決意も固めた。
けれどそれは、そばにオデルがいてくれるだろうという無意識のうちの思い込みがあったからで。
彼がそばにいてくれなくなることを考えるだけで、目の前が真っ暗になって足元が崩れていく。
(嗚呼……私。それくらい、オデルのことを大切にしていたのね)
様々なことが一瞬の間で頭に駆け巡り、通り過ぎ。
それらを天秤にかけ、フレイヤは決める。
「……分かったわ。その求婚、受けます」
「フレイヤ!? 何を言って……!」
ラフィーネ伯爵が焦り気味に声を上げたが、フレイヤはそれに対して鋭い視線を向ける。
「あら、ラフィーネ伯爵。何かご不満でも? 彼はスィエラ公爵家長男です。同派閥で同家格。派閥内の結束を高めるのであれば、これ以上にないくらいの方ですわ」
「そ、それは……っ」
「その上彼は、私と共に後継者教育を受けてきた方です。乱れたイフェスティオ公爵家を素早く立て直すのであれば、うってつけの方でしょう」
「…………」
「……それとも、彼以上の方をご紹介できるのですか? 傷物の私でもいいと言ってくれるような、酔狂な方が?」
「……っ」
そこまで言えば、ラフィーネ伯爵はようやく押し黙る。
ついでに、他の面々も似たようなことを言ってきたら困ると思い、フレイヤは周囲を見回した。
「……他の方も、異論はないかしら?」
異論はあっても、それ以上のものを提供できない以上、彼らは黙るしかない。
何より、フレイヤが傷物だという点が、彼らの行動を縛り付けているというのは、なんという皮肉だろうか。
(まさかこのような形で、親戚たちを封殺することになるとは思わなかったわね)
一番穏便に話が丸くおさまった。
そう思いながら。
フレイヤはオデルから指輪を受け取り、そしてほぼ決まったようなものである新当主としての権限を使い、父とリラック子爵、そして詐欺師ジェイムスとその一家を部屋からつまみ出したのだった。