2!
そうして説明されたところによると! 餃子禁止法とは以下のようなものだった!
ひとつ! 相手の同意を得ずに餃子を喫食させることを禁ず!
ふたつ! この場合の相手とは意思疎通が可能であれば人間も非人間も問わない! 犬猫や虫なら好きに食わせろ!
みっつ! 餃子の作成そのものは自由だが他者に提供する場合はそれが餃子であると事前に通達すべし!
よっつ! これに違反した者は二か月以上六か月未満の禁固刑に処す!
以上四点、餃子を食することで心身に不可逆な変容を来す事件がここ数か月で爆発的に増えていることを受けて定められたものである!
「――と、いうわけだ。わかったかね?」
「むぅ……! しかし、では飽食帝国の怪人どもはどうなのだ。やつらの料理も人を変容させる」
食い下がるギョウ・ザーンを検事は鼻で笑う!
「そういった話も聞いてはいるよ。しかし餃子だけが突出して件数が多いそうじゃないか。まぁ、調査中、もしくは審議中といったところなのだろうね。どちらにしても関係ない」
「なんだと!」
「そちらに対してどうするという結論が出たところで、それが君への裁きの如何に影響をすることはないということさ。この審議とは別件なのだからね」
「くっ……!」
歯噛みするギョウ・ザーン!
確かに相手の言い分は正しい! いや実際の裁判とか法律とかよくわかっていないのだがまぁ何となく正しいのだろうなとは思う!
サイバンチョが木づちを鳴らす!
「それでは審理を再開します。原告は求刑を行ってください」
「はい。えー、被告は正義を僭称する独善者です。これを放置することは大変に危険であり、与えうる最大限の罰をもって処する他ないと我々は考えます。よって規定にのっとり禁固六か月を求刑します」
「意義あり!」
「黙りなさい」
すかさず手を挙げるギョウ・ザーンだったが当然のように切って捨てられた!
「では弁護人、反対弁論を」
「あ、はい……」
促されてのっそりと立ち上がったのは弁護士の男だ! さっきも言ったがなんともしょぼくれた頼りない男である! 先に言っておくが実際最後まで頼りにならない!
「えー……被告は、これが初犯でありまして、それから……ええー。先ほどから、ですね、見ていただいておわかりになったと思いますがー……自制の利かない性格でありまして、えー、未熟と申しましょうか、えー、つまり責任能力が十分にあるかという点で言いますと、これが乏しいと言わざるを得ないわけでして……よって、その、情状を酌量してですね、罪自体は明白であることも合わせまして、最短の禁固二か月までの減刑を、わたくしどもとしては望むところであります、はい」
なんの気概も感じられないもしょもしょとした語りだった! ギョウ・ザーンは吐き捨てるように言う!
「話にならん」
「私語は慎みなさい」
すかさず叱責が飛んで来るがそんなことではひるまない!
「いいや言わせてもらう。死刑宣告を受けて黙っていられるほどお行儀良くはないのでな」
「な、何を言っているのですか」
サイバンチョが眉根を寄せる!
「求刑されたのは禁固刑です。死刑などと――」
「白々しい!」
「なっ!?」
セリフを一刀両断されて動揺するサイバンチョへとギョウ・ザーンが白手袋に包まれた人差し指を突き付ける!
「知らないとは言わせないぞ! 俺が――俺たちギョウ・ザーンが餃子以外を食べたら死んでしまうということを! 無論食わねば飢えて死ぬ! そんな俺を二か月も閉じ込めるなどと、ほら見ろ、死刑も同然ではないか!」
「な、何を馬鹿な。そんな話は知りません。そんな馬鹿な話があるものですか。虚偽を述べると偽証罪になりますよ!」
「貴様自身が知らずとも、そこの検事やこちらの弁護士、裁判員の面々、そもそもこの法律を成立させた国会議員たち! その全員が一人残らず知らなかったなどということがあるものか!」
「せ、静粛に! 静粛にしなさい!」
「黙るのはお前だ! こんな裁判があるものか! これは俺を抹殺するための飽食帝国の陰謀だ! 貴様らはその尖兵だ!」
「意義あり! 被告の発言は明らかに法廷を侮辱している!」
検事が叫ぶ!
弁護士もギョウ・ザーンの腕をつかんだ!
「ぎょ、ギョウ・ザーンくん、やめて、落ち着いて」
「俺は落ち着いている。本分を見失い踊らされているのは貴様らだ」
「いいから! ちゃんと聞いて!」
手を振り払われてもひるむことなく縋り付いてくる!」
「受刑者の中には重いアレルギー体質の人もいるんだよ。施設で出される食事のメニューはそんな人たちへの配慮もちゃんとされるから。君の場合も大丈夫だよ」
「ほう?」
延ばされた手を振り払いながらもギョウ・ザーンはそちらを振り返る!
「餃子を出してくれると?」
「う、うん」
「他の受刑者たちを差し置いて、俺だけに特別なメニューを提供するというのか?」
「いや、それは……いや、うん。君がそういう体質であるのなら、やむを得ない事情があるということだから……」
口ごもりながらも言うべきことは言い切る弁護士! そんな彼をギョウ・ザーンは正面から見下ろす!
「そもそも人に餃子を食らわせようとして今こうなっている俺に、餃子を食わせるというのはおかしくないか?」
「そ、それはその……さっきも聞いたでしょ? それは君が相手の同意なしに――」
「なら俺も同意しない」
「え?」
「こんな、明らかに俺たちを狙い撃ちにした法律を定める貴様らの出す餃子など、安心して食えん。ゆえに俺は、貴様らからの餃子を拒絶する」
「そ……」
「わかるな? つまり今度は貴様らが餃子禁止法の違反者になるわけだ」
「受刑者は服役規定に従う義務を負う!」
検事が割って入った!
「定められた服を着て定められた食事をとる、それが受刑者の義務だ! これは同意に替わるものである!」
「つまり、貴様らに禁止法は適用されないと?」
「そうだ」
「出された飯はたとえ毒入りであっても黙って食えと?」
「いい加減にしろ! 毒など入っているわけがないだろう!」
バン! 机に手のひらを叩きつける!
もちろんギョウ・ザーンはそんなことではひるまない!
「わからんぞ? いやむしろ確実に入っていると断言できる。なにせ帝国の最高幹部は毒のスペシャリストだそうじゃないか。確かフグの肝の漬物がモチーフなのだったか。そんなものを流通させるなんて、食品衛生法はどうなっているのやら」
「静粛に!」
サイバンチョが叫んだ! 木づちを打ち付けながらひときわ強い声で!
「被告に法廷侮辱罪を適用し、退廷を命じます!」
ざわりっ!
傍聴席のみならず全法廷がどよめいた!
「フン。主役を追い出して欠席裁判をしようというわけか」
「再三にわたる警告を無視したのはあなたです。さぁ、出ていきなさい」
隅に控えていた警備員二名が証言台に歩み寄りギョウ・ザーンの両肩をそれぞれに掴んだ!
「やれやれだな」
促されるままに素直に出口に向かうギョウ・ザーン! その背に向けてサイバンチョが口を開く!
「最後に――フグ卵巣の三年漬けはちゃんと法に従って流通しています。マウスに試食させ無毒だと判断されたもののみが販売許可を得るのですよ」
瞬間!
ぴたり! ギョウ・ザーンが足を止めた!
「お、おい。何を止まっている」
「さっさと歩け」
警備員たちが肩を推すが微動だにしない! ゆっくりとサイバンチョの方へと振り返る!
「……なぜ知っている?」
サイバンチョはくだらなそうに鼻息を吐いた!
「この頭脳はすべての法令条例を網羅しているからですよ。法職王国最高幹部、サイバンチョ・ウーンの名は伊達ではありません。――早く退出しなさい」
「そうじゃない。なぜ、俺の言った怪人のモチーフがフグ卵巣の三年漬けだと、貴様が知っているのだ!」
「はっ!?」
ギョウ・ザーンの指摘にサイバンチョは目を見開く!
しかしそんな焦りの表情を見せたのはほんの一瞬! すぐさま厳粛な面持ちに戻った!
「なんの話だか――」
「とぼけるな! 今明らかに動揺しただろう!」
しかしその一瞬で十分だった!
「サイバンチョ……」
「サイバンチョ……」
検事と弁護士が不安げな声を出す!
「そんな動揺など……あなたが漬物と言ったからです。フグの漬物と言えば私は三年漬けしか知りません。それだけのことです」
「だったら動揺などするはずがない! ここにいる全員が見ていたはずだ! 貴様が飽食帝国とのつながりを指摘されて息をのんだ様を!」
ざわざわざわざわ!
どよめく傍聴席! 彼ら彼女らの視線を受けてサイバンチョはたじろぐ!
「ぐっ……!」
「ああそれと、偽証は罪――違法行為なのだったな」
「ぐぐっ……!」
「それを踏まえた上で――さあ! もう一度自分が何者なのか言ってみろ!」
ざわざわざわざわざわざわざわざわ!
――ッカァン!!
ざわめきを遮るように! 木槌が高らかに打ち鳴らされた!
そして!
「静粛に!」
決して叫んだわけではない!
それでも法廷の隅々にまで行き渡る!
それはそんな声だった!
とたん!
ざわめきがぴたりと止む!
まるでスピーカーの電源を落としたかのような! それは不自然な沈黙だった!