後編!
それはまさしく地獄だった!
四階建ての鉄筋コンクリートの建物! 渡り廊下でつなげられたそれら二棟が丸ごとお茶漬けと化したのだ! 内部に空洞も多いとはいえその総質量はとてもとてもたくさんになる!
校舎内にいたもちろん校庭の女生徒たちも残らずごはんとお茶の濁流に飲み込まれてしまった!
「うわー!」
「きゃー!」
「ぐわー!」
しかも凶悪なことにお茶の温度は煎茶に最適な九十度! ほとんどの者はたちはこの熱にやられ! あるいは単純に溺れ! もしくはうっかり飲み込んでしまって爆散した!
なんということだ! たった一人によって学校丸まる一つ分のギョウ・ザーンが全滅してしまった! これが帝国怪人の底力だとでもいうのか!
そして当のお茶漬け怪人はというと!
生徒たちを道連れに自滅したかと思いきや!
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……ハアッ……! さ、流石にきつかった、この量は……! ハアッ……ハアッ……!」
生きている!
全身ずぶ濡れでかなり消耗もしている様子だがそれ以外は無傷だ!
いったいどうやって逃れたのか! 答えは意外と単純だった! ビームの反作用を利用して飛び上がり校舎から独立した構造だったプールへと着水したのだ! 屋上からプールに飛び込むなんて普通なら怪我ではすまないところだが怪人だから大丈夫だったのだ!
「ハァ……さて、倒して餃子はざっと八百といったところか。十分な戦果だな。あとは次元城へ帰るだけだけど……」
ザバリとプールサイドに上がった怪人が周囲を見渡しながらつぶやく。
「そんな簡単に運びそうにはないかな」
その目に映るのは――赤! 赤! 赤赤赤!
熱き血潮を思わせる真っ赤なスーツに身を包んだ者たちの群れであった!
言うまでもないだろうがギョウ・ザーンに変えられた近隣住人たちである!
「貴様か! この惨状を作ったのは!」
「よくも子供たちを!」
「私たちの母校を!」
その目は例外なく正義と怒りに燃えている!
そんな光景を前に! 後ろに! 四方八方に置いて! お茶漬け怪人オチャヅ・ケーンは「フッ」と皮肉げに笑みをこぼした!
「さすがにこれは、どうしようもないな……」
勝つことはもちろん逃げることさえできそうもない! そんな諦めの笑みだった!
プールを囲うフェンスを彼らが乗り越え自分の元に到達するまで! どれだけ長くとも一分を上回ることはあるまい!
もはや抵抗は無意味!
そのわずかな時間でできることなど――否!
一つだけあった!
「でも大丈夫だよ、ラン姉さま。ボクはあなたを裏切ったりなんかしないから……」
言いつつオチャヅ・ケーンは懐から注射器を取り出した!
「む! 何か出したぞ!」
「武器か!」
「いや! あれはまさか――毒だ!」
勘がいい! 目がいい!
流石は量産型のようなものとはいえヒーローだ!
「使わせるな! 取り押さえろ!」
一斉に怪人へと殺到するギョウ・ザーンたち!
だが間に合わない! どう考えてもオチャヅ・ケーンがそれを自らに打つ方が早い!
「姉さま、さようなら――飽食帝国に栄えあれ! ケーン族に誉れあれ!」
「「「「やめろォーーッ!!」」」」
パリィィィイン!!
ガラスの割れる音が響き渡った!
……、……え!?
ガラス!? なんでガラス!?
「悪くない覚悟だ」
注射器を持つ――否! 持っていたはずの手に若干のしびれを自覚するのと同時! オチャヅ・ケーンは自身の傍らに何者かが立っていることに気が付いた!
「だが――いや。だからこそここで死なせるのは惜しいな」
「お前は……駄洒落男!」
それはチーズとタラに加えてチーターの力をも与えられた異形の怪人、チータ・ラーンであった!
「誰が駄洒落だ。そういうことはあのイカレた科学者どもに行ってくれ」
「どうして貴様が!」
抗議を無視して怒鳴るオチャヅ・ケーンにチーター頭はやれやれとため息をついた!
「別に、偶然さ。初代ギョウ・ザーンの足取りを追っていたらたまたまこの状況に出くわした。それだけだ」
そんな偶然が起こりうるのか!
ヒーローものにおける偶然のエンカウント率はかなり高めなので十分にありうる! なんならこの場にギョウ・ザーンコアを受け継いだ王島照子が居合わせていてる可能性すらある!
「そうじゃあない! どうしてお前がボクを助けるんだ!?」
「言っただろう、死なすには惜しいと。帝国の戦力を維持するため、それ以上でも以下でもないが?」
「くっ……!」
歯噛みするオチャヅ・ケーン!
死にたいわけではなかったがこの男に助けられるのは屈辱――といったところか!
ちなみにギョウ・ザーン軍団は空気を読んでいるのか動きを止めている! たとえ敵が相手でも気遣いを忘れない! ヒーローの鑑だ!
「……けど、どうするっていうんだよ、ここから」
そんなギョウ・ザーンたちを眺めまわしながらオチャヅ・ケーンが問う!
さすがの彼らも逃がす気まではないだろう! いくらチータ・ラーンがスピードに優れているからと言ってこの包囲網を突破するのは不可能なはずだ! ましてやオチャヅという足手まといまでいる!
これでは捕まる者が二人に増えただけだ! 自決用の毒ももうない!
だというのにチータ・ラーンは笑みを浮かべるでもなく淡々とした口調で言った!
「気持ちはわからんでもないが、その心配は無用だ。なぜなら――」
手ぶりで周囲のギョウ・ザーンたちを指し示す! そして次の瞬間!
「もう終わっている」
「「「「ぐわああああああああああ――――ッ!!」」」」
周囲に響き渡る断末魔と炸裂音!
すさまじい音の洪水に思わず目を閉じ耳をふさぐオチャヅ・ケーン!
「な、何が……」
そして再び目を開けたときには自分たちを取り囲んでいたギョウ・ザーンたちは跡形もなく消えていた! 一人残らずだ!
いったい何が起こったのか! 傍らに立つ男を見上げる!
彼、チータ・ラーンはそれだけで彼女の疑問を察してこともなげにうなずいた!
「なに、お前と同じことをしただけだ。無理やり口にねじ込むという方法をとったため、スマートさには欠けるかもしれんがね」
その手の人差し指と中指のあいだには一本のチーズたらスティックが挟まれている!
「ウソだろ・・・・! あいつらが何人いたと思ってる! その全員に、抵抗する暇すら与えずにそんなの、いくらチーターだからって速すぎる!」
「別に俺はチーターじゃない」
チーター頭の男は言いつつチーズたらスティックを自分の口に放り込んだ!
「チーターのようにスピードに特化した、怪人だ」
そんな理屈にもなっていない理屈で納得できるものではない!
とはいえギョウ・ザーンが全滅していることは否定のしようのない事実! これだから言ったもん勝ちの能力バトルは!
「とはいえ俺もこれ以上はきびしい。この町にはまだまだギョウ・ザーンどもがいるはずだ。さっさと退散するとしようじゃないか」
「そうだな。……触るな。自分で歩ける」
チータ・ラーンに言われてオチャヅ・ケーンがうなずく! 差し伸べられた手を払いのけこそしたものの異存はないようだ!
そうして二人の怪人は夜闇の中に姿を消した!
そういえば夜だった! 後夜祭の時間だったから!
◆
そこは誰も知らない場所……
次元城の玉座の間であり大帝の食堂でもある場所……
「ふむ、なるほど。学校一つ分を殺しつくしてもまだ残っている、と」
お茶漬け怪人オチャヅ・ケーンの報告を聞いてうなずくのは、彼女の直属の上司である帝国最高幹部フグランソウノサンネンヅ・ケーン、略してフグヅ・ケーンである。
大帝は話を聞いているのかいないのか、並べられた料理を黙々と食べ続けている。まず間違いなく聞いていない。そんな存在意義の低いトップをよそに、フグヅ・ケーンは言葉を続ける。
「想定以上だな。いや、大幅な認識の修正が必要だ。裏切り者の始末がどうというレベルの話ではもはやない。新たな抵抗勢力の台頭、と見るべきか……」
「それほどまでのことかねぇ?」
疑問の声を上げたのは四天王の一人、黒キノコ怪人トリュ・フーンだった。
これに今一人の四天王、チョウザメの卵の塩漬け怪人キャビ・アーンが答える。
「敵の戦力を過小評価するのは感心できませんネェ。そもそも連中と直に対峙したことのないワレワレは余計な口を出すべきじゃないでショウ」
「ああ? ……チッ」
声を荒らげかけたトリュ・フーンだったが、舌打ちを一つ漏らすと黙った。相手の言い分の方が正しいと認めたのだろう。
フグヅ・ケーンはそちらをちらりと見たのみで何も言わない。大帝は見もしない。
ちなみにこの部屋には今、大帝と三人の四天王に加えてオチャヅ・ケーンと、そしてチータ・ラーンの計六人がいる。BGM係のマカロ・ニーンもいるが彼のことは気にしなくてよい。
チータ・ラーンがおもむろに手を挙げた。
「発言の許可を願います」
彼ら一般怪人と四天王のあいだには明確な格差が存在する。プライベートに近い場でならともかく、今のように大帝までもが同席しているような状況では好き勝手にしゃべることなどできようはずもない。
フグヅ・ケーンは大帝を見た。彼は彼女とチータ・ラーンをちらりと見ると、無言で小さくうなずいた。
フグがチーターに向き直る。
「好きに発言してかまわん。お前は今から四天王の一員だ」
「おや」
チータ・ラーンは肩眉を上げた。
「私はまだそのための任務を達成しておりませんが」
「状況が変わった。連中がよほどのバカ揃いならともかく、コアの奪還はもはや敵の殲滅と同義と言っていい難事だ。この私ですらそれほどまでのことは為していない」
「なるほど……」
「よって今日までの働き――特に今回だな。敵数十名を単独で退け、そこなオチャヅ・ケーンを救出したこと、倒された同胞たちのコアを奪還したことを十分な功績と認め、ここに貴様を四天王の一員として新たに迎え入れるものとする。これからは“颯”を名乗るがよい」
フグヅ・ケーンが殊更に格式ばった口調で言うと、ついでのように大帝も声を発した。
「はげめ」
チータ・ラーンの方を見るでもなく、食事を続けたままで、であったが。それでもチーターはしばし硬直したように動きを止めると、その場にひざまずいて首を垂れた。
「は! ありがたき幸せにございます! 御身にいただいたこの身と力! 全ては大帝閣下の御ために!」
それを聞き届けると、フグ女は残る二人の四天王へと向き直る。
「異存はないな? キャビ、トリュ」
一拍置いて、まず答えたのは“森”のトリュ・フーンだった。
「正直言って気に食わねぇが……」
「陛下のお墨付きですからネ」
後半をキャビ・アーンが引き継ぐ。
「四天王の一角をいつまでモ空席にシテおくわけにもいきませんし、ネ」
「失望させるんじゃねぇぞ?」
「ええ。お任せください、先輩方」
まったく平然としたまま応じるチーター。
丁寧な態度ではあったが、早くも尊称が下方修正されている。キャビアとトリュフの顔に苛立ちが浮かぶ。が、
「――それで。言いたいこととはなんだ、チータ・ラーンよ」
緊迫しかけた空気にフグヅ・ケーンが割り込む。
だが、そう。もとはといえばチーターがそう言って手を挙げたのだった。彼はうなずき口を開く。
「ええ、はい。――連中の増殖速度は異常です。奴らのうち一人が以前に得意げに語ってくれましたが、一日に百万人まで増やせるそうです」
「あ?」
「ハイ?」
「……なんだと?」
それぞれ、トリュフ、キャビア、フグ漬けの声である。フグはそのまま大帝を見た。
彼だけは何ら動揺することなく食事を続けており、合間に一度だけ退屈そうに鼻を鳴らすのだった。話を聞いていなかっただけでないとするならその意味するところは――
「……なるほど、陛下が手ずから創造されたコアであるならそれだけの力を有していても不思議ではない、いやむしろ当然ということですか。なるほど……」
フグがチーターへと向き直る。気を取り直したようだ。
「で、ありましょうな。つまり恐らくは、連中の一人一人が一日百万を増やせるのではなく、全体の合算ということでしょう。それなら元ネタとの整合性も取れます」
「とはいえ驚異的な数字であることに変わりはありませんよネェ? ソレで? この脅威に何か有効な手立てがあるんですよネェ?」
そう問うたキャビアだが答えが返ってくるとは思っていないようだった。彼自身何も思いつかないだろうからだ。頭脳派みたいな雰囲気出してるくせに。
しかし、
「ええ、あります」
チーターはしっかりとうなずいた。
「ヘェ……?」
目を細めるキャビアに、彼はニヤリと笑みを向け口を開く。
「我ら飽食帝国の組織力は決して連中に劣るものではありません。数だけなら今はまだ上回っていることでしょう。しかしその性質は少数精鋭と多数の雑兵というべきもの。束になってようやく相手の一人を封殺できるという程度の者共が大半を占めるこの構成では、殲滅作業は長期化を免れませんし、そうなれば本来の至上目標である世界統一政府の樹立も遠のいてしまいます」
「だから! わかってんだよンなこたあ! 結論を言え結論を!」
トリュフが怒鳴る。チーターは肩をすくめた。
「これは失礼。では結論を。我々だけではらちが明かないのであれば、外部に協力を求めよう、ということです」
「……外部だぁ?」
「いるでしょう? 我らには、頼れる提携先が」
はた、とフグが顔を上げた。
「王国か!」
チーターがニヤリと笑う。
「そうですそうです、流石は筆頭閣下。彼らに戦いのルールそのものを変えてもらいましょう」
「なるほど、良い手だ。――キャビ」
「了解デス。彼らはワタクシの管轄ですからネ。……フン、確かに上手い手ですヨ。コチラからはほんの些細な投資をするダケでギョウザどもの動きを大きく制限できル。持つべきものは友、とはよく言ったものですヨ」
おそらくは嫉妬からくる不満もあらわに、しかし素直にキャビアはうなずく。
一方トリュフはよくわかっていない様子だ。
「おいおいおい、お前らだけで納得してねぇで、説明しろよ。誰に何をさせるって?」
代表して答えたのはやはりチーターだった。
「つまりひとことで言うなら――そう。奴らから『正義』を奪ってしまうのですよ」
次回予告!
恐るべき刺客オチャヅ・ケーンを取り逃したギョウ・ザーンたちに迫る新たな試練! 飽食帝国の狙いとは! 提携先の王国とはなんなのか! 実は以前にちょっとだけ名前だけそれっぽいのが出ているのだがそんなことを覚えてくれている読者がどれだけいるというのか!? とにかく頑張れギョウ・ザーン! 仲間はたまに減るが確実に増え続けていくぞ!
次回! 帝国の卑劣な罠! 禁じられた餃子!
ご期待ください!