前編!
◇
市内某所!
とある二階建てアパートの二階の一室を一組の男女が訪れていた!
「いかがですか? 築年数はちょっといってますけど、設備は新しくしてありますよ。駅はちょっと遠いですけど代わりに近くにスーパーと病院もありますし」
「ふんふん、なるほど」
不動産屋と内見の客である! ちなみに不動産屋の方が男性だ!
「あのところで」
客の方――これといった特徴のない若い女がおもむろに言った!
「ない、なんでしょう?」
「ご遺体はどのあたりに倒れてたんですか?」
愛想よく応じた不動産屋だったが! 客の女のその言葉に動きを止める!
「……はい?」
「隠したって無駄ですよ。というか告知義務があるはずです。知ってるんですから、この部屋の前の住人は腐乱死体で発見された、って」
得意げに胸を張って彼女は言う!
対する不動産屋は渋い顔だ! しかし痛いところを突かれたといった様子でもない!
「いや……何をおっしゃってるんですか。ありませんよそんなこと。どこか別の物件とお間違えでは?」
「え? あれ?」
思っていたよりはっきりと否定され客の女は困惑する! しかし引き下がることもなくポケットからスマホを取り出すと一本の動画を再生させた!
『えっと~、トモダチの家の近くなんですけど~。なんかすごい騒ぎになってま~す』
撮影主のものと思われるやる気のない声が流れる!
『例の怪人関係かと思ったんですが~、なんかどうやら異臭騒ぎみたいです~……パトカーも来てますね~。腐乱死体でも発見されたんでしょ~か~……?』
映し出されているのは昼と夜という違いはあれど間違いなく二人がいるこのアパートだった! ちなみに映像の方が夜だ!
「ほらこれ」
「あー、これですか……」
不動産屋は少しだけ納得したようにうなずいた!
「ここでしょう? あとスーパーのほうでも奥様方がうわさしてましたよ。死体が出たって」
「いやいや、デマですよ。まぁ確かに異臭騒ぎはありました。それは事実です。だけどそれは前の住人の方が料理中か何かでどこかに行ってしまって、それで食材が腐ってしまって起きただけのことです」
「どこかに行ったって、どこに?」
「わかりません、それっきり行方知らずです。でも少なくともこの部屋で亡くなったということはありませんから、間違いなく」
「ええ~……?」
客の女は残念そうに肩を落とした!
だが――そう! 賢明な読者の諸兄はすでにお気付きのことだろう! ここはギョウ・ザーン二号こと王谷将平が暮らし、そして爆死した部屋だということに!
「はぁ、せっかく良い事故物件だと思ったんだけどな」
ゆえに彼女の望んでいる通りではある! しかしそのことを知る者は誰もいないし気付けるようなヒントもない! 残念!
「まぁいいや。部屋自体は悪くないし、もうちょっと見させてもらいますね」
「はぁ」
あきれ顔の不動産屋を尻目に客の女はあらためて部屋の間取りや収納や水回りなどを確認していく! そして!
「……ん? なにこれ?」
彼女はついにそれを見つけてしまった!
いったいいかなる偶然が働いた結果であったのか! キッチンの隅に隠れるように転がっていた小さな金属球を!
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも!」
彼女は半ば無意識にそれをポケットにしまていた! 角度とタイミングが絶妙だったため不動産屋に見咎められることもなかった!
かくして! ここに!
事故物件好きの女子大生、王島照子とギョウ・ザーン・コアとの運命の出会いは果たされたのであった!
◇
その日! 県立豚原高校は沸いていた!
第三十八回――否! 第一回! 新生豚原高校学園祭の当日だったからだ!
「一年四組、おいしい焼き餃子だよー!」
「三の二、揚げ餃子ありまーす!」
「水餃子いらんかねー? 一年二組でやってまーす」
「二の三! クレープ風スイーツギョーザ! 安全確認済みだよー!」
出し物は劇や展示系を除いて餃子一色!
言うなれば世界初の餃子オンリー学園際!
そう!
この学園はすでに全員が! 生徒や教職員だけでなく用務員や出入りの業者や近隣住民に至るまで余すところなく! 全員が完食戦士ギョウ・ザーンに変えられているからだ!
どうしてそんなことになったのか!
それは第一話に登場した北川兄妹の両親が夫婦そろってこの学校に勤務する教員であることが関係しているのかもしれないが詳細は不明である!
ともかくそうして世界初の餃子オンリー学園祭は開催され! 食材が足りないなどの些細なトラブルは数件あったものの大きな混乱に見舞われることはなく! 盛況のうちに幕を下ろしたのだった!
今は後夜祭の時間!
校庭に焚かれたキャンプファイヤーをゆるく取り囲みながら祭りの余韻に浸る生徒たちの合間を一人の女生徒が立ち売り箱を抱えて歩き回っていた!
ちなみに立ち売り箱とは大きな駅や球場などで弁当の売り子が抱えている肩ベルト付きのケースのことである! 知らなかった!
「はいどーぞー。どうぞどうぞー。差し入れでーす。どうぞー」
これといって特徴のない少女だ! 立ち売り箱の中にたっぷり詰め込まれた紙コップを周りの生徒に手当たり次第に配り歩いている! そんな彼女に声をかける者がいた!
「長谷さん? 何やってんの?」
ごく一般的な男子生徒だ! そばには友人らしき別の男子もいる!
「あ、どーもー。郷土研からの差し入れだよ。はい玄米茶。そっちの人も、ね」
「あ、うん」
「ありがと」
とりあえず素直に受け取る男子とその友人!
「差し入れねぇ……それ全部配るわけ? 大変じゃない?」
彼女の持つ立ち売り箱には紙コップがぎっしりと詰められている! しかもよく見ると二段重ねだ! こぼさないためか一杯いっぱいに入れられている量は少なめとはいえかなりの重量になっているはず! こいつめちゃくちゃ力強いなゴリラかよと思いはしても口には出さなかったこの男子はまぁまぁ紳士であると言えよう!
「大丈夫だいじょうぶ! じゃーねー」
長谷と呼ばれた少女はなんでもない風に笑って別の生徒らの元へ駆けていった!
「……」
「知り合いか?」
「あ、ああ。去年同じクラスで、中学も一緒だった。でもあんな感じだったかな……?」
それは別人フラグだ! 飽食帝国の怪人が化けているのかもしれない! いったい何ヅ・ケーンなんだ!?
「ふーん」
友人は生返事をしつつ紙コップの中身をすする!
いけない! そんな得体の知れないものを飲んでは!
「あ、おいしい。なんかちょっと米の風味がする」
「マジ? あ、ほんとだ。玄米茶だからかな」
「ああ、言ってたな。よく見りゃ底に米粒みたいなの沈んでるし」
「おー……初めて飲んだけど、いいなこれ。ギョウ・ザーンになって餃子しか食べられなくなって、それはいいんだけど、やっぱ米は食いたいもんなぁ」
「どっかでライスギョーザ売ってたぜ。ライスコロッケ的なやつ」
「マジ? 早く言えよ」
しかし彼らは平然と他愛のない会話を繰り広げている!
罠ではなかったのか! 疑ってごめん!
やがてほとんどの生徒に紙コップが行き渡ったころ――しかし! やはり異変は起こった!
「ぐわああーーーー!!」
生徒の一人が突如爆発四散したのである!
否! 一人だけではない!
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
「「「「ぐわー!」」」」
学校内のあらゆる場所ですごくたくさんの生徒や教員たちが相次いで爆散した! その数は全体の九割にも及んだ!
「な、なんだこれは!?」
「いったい何が!?」
残った一割未満の者たちも混乱している!
「もしかしてこのお茶か!? 飲み物もダメになったのか!」
「いや、もしかしたら空気かも。空気は餃子ではないから……」
「そんな馬鹿な!?」
「チクショウ! 怪人なんかになっちまったばっかりに!」
自らがギョウ・ザーンであることすら忘れ助けを求める側に回る者共が大半を占める始末!
人は集団になると思考力が落ちると言われているがヒーローにもそれは当てはまるのか!
「おい! あいつどこだ!? お茶配ってたやつ!」
「え? 知らないけど……まさかこれ、あいつの仕業なのか?」
「知らねーよ! でも怪しいだろうが!」
「確かに……」
ぬ!
これはいけない! 一部の男子生徒が魔女狩りじみたことをしようとしている! 正義のヒーローがそんなことをしてはいけない!
「はっはっはっはっは! 無様だな、ギョウ・ザーンども!」
ほら笑われてるじゃないか!
「なにやつ!」
「どこだ!」
笑声を聞いた生徒たちが視線を巡らせ! うち一人がいち早く発見して指差した!
「あそこだ!」
「どこ!?」
「あそこだって! 屋上!」
そう! その者は校舎の屋上の隅に立ち居並ぶ生徒たちを見下ろしていた! 先ほど皆にお茶を配っていた女生徒だ! 確か長谷と呼ばれていた! 一部の男子の当てずっぽうが当たっていたということなのか!
「屋上だって!?」
「女子が!?」
「スカートで!?」
「ちょっと男子!」
「さいてー!」
「そんな場合かよ!?」
「どんな場合でも乙女のスカートの中を覗くのは許されないわ!」
それは確かにその通りだ!
「仕方ないだろ! あいつがあんな上に陣取ってんだから!」
「そんなこと言うなら女子だけで相手しろよな!」
「そーだそーだ!」
「わかったわよ! あんたらは校舎に入ってなさい!」
んんんん!
これは! そう! 欺瞞工作だ!
互いに声を掛け合い生き残った生徒たちは役割分担を完了したのだ! 敵には女子が直接相対し男子は後詰め! もしくは校舎内部から屋上に向かい強襲する! そのような役割分担を敵に悟られないやり方で完了したのだ! したのである! 間違いない!
「フフン、この期に及んで仲間割れとは、ますますもって無様だな!」
そんな彼女たちを屋上の女――長谷の恐らくは偽物は鼻で笑う!
「フン、際限なく増えるというからどれほどの脅威かと思えば、所詮は烏合の衆か。たかが下着ぐらいでそうまで取り乱すなど、戦士としての心構えがなっていないにもほどがある」
「余計なお世話よ! だいたいあんたがそんなとこにそんな恰好でいるのが悪いんでしょう!」
「というかその言いよう、あんたやっぱり飽食帝国の怪人でしょう! 正体を現しなさい!」
「というか降りてきなさいよ!」
「そうよそうよ!」
「本物の園子ちゃんをどこにやったのよ!」
自分がたった今多くの生徒を騙し討ちで虐殺したことを棚に上げて勝手なことを言う偽長谷に生徒たちも負けじと言い返す! それで形勢不利と見たかそいつはイヤそうに顔をしかめると露骨に話題を変えにかかった!
「この顔の娘か。どこかその辺の女子トイレで眠っているはずだ」
自分のほほをつるりとなでながら続ける!
「別に情けをかけたわけじゃない。お前らの死にざまはひどく目立つからな。餃子以外を食わせる以外でも爆散する可能性があったから、やむを得ずだ」
ツンデレのようなことを言っているがすでにオークの生徒たちを爆殺していることを忘れてはならない!
「好き放題言ってくれるわね……」
「というかそもそもみんなに何を飲ませたのよ! 飲み物は大丈夫なはずなのに!」
「いいかげん正体を見せなさい!」
「そうよそうよ!」
「ふむ、それもそうだな。頭の悪いお前たちにも理解できるよう、私の――否、ボクの正体を見せてあげるよ」
言いながら手を逆サイドの耳の下あたりに添え! ずるりと音を立てて顔を脱いだ!
「ボクだって!?」
「ボクっ娘!?」
一部の男子が何やら反応していたが置いておく!
少女の皮を脱ぎ捨てて姿を現したのは! 大方の予想通り異形の怪物だった!
膝から下は西洋風の甲冑に覆われ! きゅっとくびれた腰には太い革のベルトをゆるく巻き! 引き締まった腹筋の中央には縦に割れたヘソの穴が目立つ! 同じく鎧に覆われた腕の肘からはドリルが生え! 両肩にはビーム砲を搭載している! 体格からして恐らくは女性! しかしおっぱいはあまりない!
そして頭にかぶるマスクが模しているのはごく一般的な茶碗であった!
覆面を脱いだだけのはずなのに体まで変わっている!
「え、茶碗?」
「茶碗よね?」
「なんの怪人?」
茶碗であることはともかく下から見上げるアングルなのでその中身は女子たちからはうかがい知れない! 彼女たちを戸惑いが襲う!
「仕方ないね、名乗ってあげるよ。――ボクの名はオチャヅ・ケーン。飽食帝国四天王筆頭、フグランソウノサンネンヅ・ケーン様が率いる“ヅ・ケーン”の一派に属するものだよ」
悪役のくせに堂々たる名乗り!
しかしそんなものはギョウ・ザーンたる少女たちには響かない!
「え? なに? づけ?」
「なんて言ったの?」
「フグって聞こえた。みんな毒殺されたってこと?」
「てか結局なんの怪人なのよ?」
「待って。ヅ・ケーンて確か漬物の一派だわ。前に倒した怪人から聞いたわ」
「漬物……何漬けって言ってた?」
「えっと確か……オチャヅ?」
「お茶漬けってこと? お漬物じゃないじゃない」
そろって首をひねっている! まったく心に響いていない証拠だ!
「じゃあ、チャオズ?」
「ちゃおず?」
「チャオズって、あれよね? あのちっちゃいやつ」
「置いていかれるやつ」
「戦いについていけないやつ」
「キョンシーの子供みたいなやつ」
「お前ら……」
怪人は苛立った顔をしている!
「てかチャオズって」
「チャオズって確か」
「餃子じゃん」
「餃子だよね」
「「「「餃子じゃん!」」」」
ちなみに元ネタはドラゴンボールだ!
「お前らァーーーー!!!!」
怪人が怒りもあらわに叫んだ!
女生徒たちにビシィと指を突き付ける!
「オチャヅだ! お茶漬け怪人、オチャヅ・ケーンだ! この馬鹿ども! 餃子なんかとは何の関係もない! 二度と間違えるな!!」
一息でそこまで言って――
「それと! 確かにお茶漬けは漬物ではないけど! ラン姉さまは間違いなくボクのことを“ケーン”の一員として認めてくれたんだ! お前らにとやかく言われる筋合いはない!」
二息目でそこまで言って怪人は尊大に腕を組んだ!
「姉さまだって!?」
「百合っ娘か!?」
一部の男子が何やら反応していたが置いておく!
とにかくつまりお茶漬けということは! こいつがみんなに配っていたのは玄米茶に偽装したお茶漬けだったということなのか! 米がほんの数粒でもお茶に漬かっているならばそれはお茶漬けであると!
あとついでに怪人なのに人の姿に化けられるのはお茶漬けが鮭茶漬け梅茶漬け鯛茶漬けダシ茶漬けなどいくつもの顔を持っているためだと思われる! ギョーザが焼き蒸し茹で揚げといくつもの顔を持っているのと同じように!
「……まぁ、いい。どうせお前らみんな死ぬんだ。これ以上話しても時間の無駄だ。それに」
またしても自分勝手に話を切り上げると怪人はニヤリと口元をゆがめる!
「――時間稼ぎはもう、十分だ」
「「「「!?」」」」
その言葉に反応したのは生徒たちだ! 特に一部男子!
屋上へとつながるドアの前で待機していた者たち! 奇襲をかける隙をうかがうための時間を女子が稼ぐという作戦――それに気付かれたのかと思ったのだ! しかし違った!
「ボクたちが無機物を食べものに変えられるのは知ってるな? しかし一度に変換できる量には限りがある。大きな質量を対象にすればチャージにも相応の時間がかかるというわけだ」
「な、何が言いたいのよ?」
言っている意味はわかるが意図がわからない!
戸惑いと嫌な予感に足を止める生徒たちをもはや無視して! 両肩のビームを発射した!
その照準は校庭に居並ぶ女生徒たち――ではなく!
階段室出た様子をうかがう男子たち――でもなく!
女怪人自身の足元!
すなわち校舎そのものだ!!
「ハイパーメガお茶漬けビィーーーーム!!!!」