最速の怪人!
「食らえ! ギョウザーン・スチーミング・ナコォゥ!」
ギョウ・ザーンの拳がうなる! 今回は蒸し餃子だ!
「ぐわああうまいーーーーっ! ちくしょうこの俺がぁー! “ラーン”の名を授かりし高貴なるこの俺がぁー!」
咀嚼! 嚥下! 爆発四散!
今日もまた一つの悪が滅びた! ありがとうギョウ・ザーン!
だがまだ終わってはいないぞ!
「ああっ、テンプ兄さんがやられた!」
「くっ、流石はフォアグ様を下した相手。なめてかかれるはずもなかったか」
まだ怪人は二人も残っている!
ちなみに場所は関東近郊の某採石場である! 周りに人はいないから多少なら暴れても迷惑はかからない! 採石会社以外には!
「よし、同時に仕掛けるぞ。合わせろ、レバニ!」
「わ、わかったよ。バッテ兄さん!」
「よし! 食らえ、バッテラ拡散ビーム!」
「同じく! レバニラ拡散ビーム!」
兄弟怪人の放ったたくさんのビームが四方八方からギョウ・ザーンに迫る! これは空でも飛べなければ避けられない!
「ギョウザーン・ウィーング!」
「「なにいー!? 羽が生えただとおー!?」」
そう! 正にその瞬間! ギョウ・ザーンの背中に羽が生え、彼の体を大空へと舞い上がらせた!
「これが羽根つき餃子だ!」
直後! 兄弟怪人の放ったビームがお互いに交差し! 化学反応を起こし! 大爆発を起こした!
「「ぐわー!」」
吹っ飛ばされてもんどりを打つ兄弟怪人!
ちなみにもんどりとは宙返りのことだがきれいに着地できたわけではなく二人とも無様に転がった! そこにギョウ・ザーンが急降下をかける!
「右手にバーニング! 左手にボイリング! 食らえ! ギョウザーン・ダブルツイン・ナコォゥ!」
「うーまー!」
「いーぞー!」
ちゅどーん!
「完!! 食!!!!」
二人と違って華麗に着地したギョウ・ザーンがポーズを決める!
こうしてまた二つの悪が滅びた! ありがとうギョウ・ザーン!
「……ふむ……」
その様子を、採石場の崖の上から見下ろす者がいた!
チーター頭の怪人、チータ・ラーンである!
「アレがギョウ・ザーンか……下っ端の“ラーン”をけしかけたのは正解だったな。まさか空まで飛ぶとは」
誰に聞かせるともなく語る怪人! その顔に焦りの色は見られない! マスクをかぶっているからだ!
「しかし知ってしまえばどうということもない。あの程度なら――私の方が“速い”。それより気になるのは……」
眼下で展開される光景にチータ・ラーンは眉をひそめた!
倒された三人の怪人たち! 彼らが爆心地から立ち上がったそのとき! その姿が一変してしまっていたからだ! その姿は彼らがいつも随伴させている黒い全身タイツに酷似しており! しかし色だけが違う! その色は燃える情熱の赤だった!
「これからよろしくな、同志!」
「「「ああ、よろしく!」」」
そしてあいさつを交わして先んじて片付けていた黒タイツたちにも餃子を食らわせていく! もちろんその全てもギョウ・ザーンになる!
「増える。これはいったいどういうことだ? 確かに我々は生成した料理で手下を増やすことができる。しかしそれはあくまで雑兵の戦闘員であって、自分と同じ怪人を作ることなど不可能だ。それができるのは我らが大帝陛下だけのはず……」
誰にも聞かせていないのに活舌よく理路整然と語るチータ・ラーン!
「しかも今あそこにいるやつらの大半にはコアがない。我ら帝国怪人ならば必ず宿しているはずの、メイン料理コア、もしくはメイン食材コアが……」
メイン料理コアもしくは食材コアとは! 詳細は不明だが飽食帝国の怪人の生命と能力の源となる物質である! 怪人化手術のときに埋め込まれるのでこれを持たない怪人は存在しない!
「今やられた盆暗どもならともかく、このチータ・ラーンのチーター・アイはごまかせんぞ。それに私のチーズたらコアにも共鳴が感じられるのは下っ端どもの分だけだしな」
チーターマスクの大きな目玉がぎょろりと光る!
そう! 帝国の怪人たちは自分たちのコアを通じてお互いの存在を感知することができるのだ! つまりチーターアイとやらはあまり関係がない! 本当にそんなものが機能しているかすら怪しい!
どうして見栄を張ったんだチータ・ラーン! 誰も聞いていないのに!
そもそもお前はあくまでチーズとタラの怪人であってチーターではないだろう!
「まあいい」
よくないが!?
「まずはここにいるやつらを始末しておこう。コアは後から探せばいい」
そうつぶやいた次の瞬間にはチータ・ラーンの姿はその場から消えていた! どこに行ったんだ!?
いや! 今の彼の言葉を考えればその行先など考えるまでもない!
下だ!
◇
「それでは今日のところはこれで解散としよう。あとは各々の正義に従って行動してくれ」
「「「「おう」」」」
「いや、そういうわけにはいかないな」
うなずきあうギョウ・ザーンたちへと、横合いから声がかけられた!
「「「「なに!?」」」」
「「「「誰だ!?」」」」
全員がいっせいにそちらを振り向く! 採石場なので一般人はいない! 日曜日なので採石会社の社員もだ!
「「「「あ、あなたは!」」」」
そこにいたのは言わずと知れたチーター頭! ギョウ・ザーンたちの半数強が目をむいた!
「「「「チータ・ラーンさん!」」」」
そしてその名を呼んだ!
当然である! ギョウ・ザーンに変えられたということはもともと飽食帝国に属する怪人もしくは戦闘員だったということなのだから! 特にテンプ、バッテ、レバニの三兄弟は同じ“ラーン”の名を授けられた者であったからその驚きもひとしおだろう! “ラーン”の名とは何なのか! それは知らない! あとあまり驚いていない何人かは戦闘員に変えられて日の浅い一般人だったのであろう!
「ほう、記憶は元のままなのだな。だとすればなおのこと厄介だ。帝国の情報が筒抜けになってしまうではないか。一匹ぐらいは生かして連れ帰るべきかもしれんな」
「くっ! 意図はわからんが何やら不穏なことを言っているのはわかるぞ!」
「たとえあなたが相手であっても、もう俺たちは飽食帝国には従わない!
「何だか知らんがお前もギョウ・ザーンにしてやる!」
「「「ギョウザーン・トリプルストリーム・ナコォゥ!」」」
近くにいた三人がチータ・ラーンめがけて拳を放つ!
「無理だな。何故なら――」
しかし次の瞬間にはその姿は掻き消えていた! 三つの拳は空を切る!
いや! 三人とも同じ位置を狙っていたので三つの拳は互いにぶつかり合ってしまった! この場合の拳とは餃子のことであるため衝撃でつぶれて地面に散らばってしまった! もったいない!
「遅すぎる」
同時に拳を失った三人のギョウ・ザーンは、これまた同時に口腔内に違和感を覚えた!
何かがある! 何かを食べさせられている!
この味は!
触感は!
乳と魚の風味は!
チーズたらだ!!!
「「「ぐわあーーーーッ!!」」」
爆発四散! 三人の体は木っ端みじんとなりさらにチリとなってこの世から消え失せた! あとに残されたのは一つの手のひらサイズの金属球のみ! これがコアだろう!
「ほう。本当に餃子以外を食らったら死ぬのだな」
感心したように言うチータ・ラーン!
そう! 彼は聞いていたのだ! ギョウ・ザーンの先輩が新入りたちに語った説明を! 餃子以外を食べたら爆発して死ぬという注意点を! 崖の上から!
「ふむ。バッテのコアか」
「ば、馬鹿な! 一瞬で三人も」
「三人? 何を言っている?」
驚愕の声を上げるギョウ・ザーンの一人にチータ・ラーンは不思議そうに問いかけた!
いや演技だ! 声と表情に嗜虐的な感情がにじみ出ている!
「――お前以外全員だ」
「なに……?」
意味がわからなかったのはほんの一瞬! 次の瞬間には言われた通り自分以外の全員が爆散する光景を目にすることとなった!
「「「ぐわあーーーーッ!!」」」
「みんなー!?」
その場に残されたのは立った二人! 恐るべきチーター怪人とまだ新米のギョウ・ザーンのみ! 餃子とほかほかご飯の組み合わせは最強だがそれは今は関係ない!
「フン? こいつは、カルボナーのコアか。見当たらないと思ったら、あいつまでやられていたとはな。そしてこっちはテンプとバッテの分」
いつの間にか三つの金属球を手につぶやくそいつの立ち位置は先ほどのところから少しズレている! つまりこの短時間で散らばったコアを全て拾い集めたということ! いったいどれほどのスピードだというのか!
「三つしかないということは、おまえがレバニか」
「チータ兄さん……」
「よせ。帝国を裏切ったお前に私をそう呼ぶ資格はない」
「くっ……」
目を合わすこともなく冷たく断じるチータ・ラーンに元レバニラ怪人であるギョウ・ザーンは歯噛みする!
「まぁ安心しろ、おまえは殺さん。あのイカレた科学者どもの手土産にはなってもらうがな」
「くっ……」
絶望!
無力感に抜けかけた力が!
「……いや」
ゆるみかけた拳が!
「そうは、ならない!」
再び握り締められる!
「今ここで! あなたを倒せばいい!」
「フン。やれるものなら――」
対して余裕の態度を崩さぬままつぶやいた次の瞬間! チータ・ラーンの姿が掻き消えた!
「そこだ!」
しかしギョウ・ザーンは慌てることなく振り向きざまに手を払う!
すると――パシィッ!
何かをはたく手ごたえだ! そして目をみはるチータ・ラーンの姿!
「なんだと!?」
「見切った! 食らえ! ギョウザーン・バーニング・ナコォゥ!」
その顔! 開かれた口めがけてナコォゥを放つ! しかしまたもチータ・ラーンの姿は掻き消えた!
「むう!」
気配を折って振り向くと! チータ・ラーンは今度は少し離れた場所に立っていた! 息を乱したりこそしていないものの! その表情は険しい! 不審げでもある! マスクをかぶっているのに!
「……どういうことだ。なぜ餃子ごときがこれほどのスピードを」
「あなたは中華料理屋に入ったことはないのか?」
ギョウ・ザーンの静かな問いかけにチータ・ラーンは小首をかしげて沈黙を返す! ギョウ・ザーンは構わず話を続けた!
「複数のメニューを頼んだとき、どんな組み合わせであっても必ず一番最初に出てくる料理がある!」
「……それが、餃子だと?」
「そのとおり!」
店により、あるいは厨房の状況により異なる場合もあるが! おおむねその通りと言って差支えはないだろう!
「つまり餃子には料理としての“早さ”がある!」
「フン……」
その理屈はおかしくねぇかなとチータ・ラーンは思ったが同時にこいつは何を言っても聞かないだろうなとも思ったのでまともに相手をするのはやめようと心に決めた! なんて奴だ!
「疑うのなら近くの店に入って確かめてみるがいい!」
「近くと言われてもこんな辺鄙な場所に中華料理店などないがな。それより良いのか? 私を料理店中に入れて。チーズたらを注文してしまうかもしれんぞ?」
「そういうのは店に迷惑だからやめろ!」
「なんだっていいさ。今ここで示すべきは言葉ではなく強さ――いや、速さだ!」
次の瞬間、チータ・ラーンの姿が掻き消えた! すごい速さで動いて背後に回り込んだのだ!
「望むところだ!」
しかし彼がチーズたらを構えた次の瞬間、ギョウ・ザーンの姿が掻き消えた! もっとすごい速さで動いて背後に回り込んだのだ!
「……なかなか使いこなしているではないか、料理としての“早さ”とやらを。ついさっきその姿になったばかりだというのに」
「それは……きっと、俺が元レバニラ怪人だからだ。元が中華料理だったから、餃子との親和性も高いのさ。そして中華料理はスピードが命! でなければ餃子一日百万個など為し得ない!」
ギョウ・ザーンが拳を放った次の瞬間、チータ・ラーンの姿が掻き消えた! さらにすごい速さで動いて背後に回り込んだのだ!
「全店舗の合算だろう、それは!」
「そんなことはない!」
そしてチーズたらを放った次の瞬間、ギョウ・ザーンの姿が掻き消えた! いっそうすごい速さで動いて動いて背後に回り込んだのだ! そして拳を放った次の瞬間、チータ・ラーンの姿が掻き消えた! なおいっそうすごい速さで動いて動いて背後に回り込んだのだ!
「くっ……! そもそもあなたにとやかく言われたくはない! あなたはあくまでチーズとタラの怪人であってチーターとは関係ないだろう!」
「フン、私に言われても困るな。あのイカレた科学者どもの悪ふざけなのだから」
「有効活用しているくせに! フライド・ナコォゥ!」
叫び、振り向きざまに拳をふるうが、すでに相手はその場にいない!
だがそんなことはギョウ・ザーンとて予想済みだ! もう半回転振り返って迫っていたチーズたらを裏拳で弾く!
「無駄だ! もうあなたの動きは見切った! それにあなたは確かに速いが力はそれほどでもない!」
「ほう?」
チータ・ラーンが小首をかしげた次の瞬間、ギョウ・ザーンの脇腹に衝撃が走った。
「ぐうっ!?」
死角から放たれた右フックだ!
「だったら避けられないような攻撃をすればいい」
「がっ!?」
「そもそもさっきまでのが全速力だと、いつ言った?」
「ぐうっ! ぐわっ! ぐわあっ!」
左、右、左! 続けざまにパンチが放たれる!
ギョウ・ザーンの全身を衝撃が襲う! 攻撃が速すぎて全身を同時に殴られているかのようだ! とっさに必死に口だけはガードできたがどれほどの意味があるのか怪しいものだ! 餃子以外のものを食らわなくても殴られ続ければ死んでしまうのだから!
全身を襲う全周囲からの総攻撃から逃れるすべはないのか!?
いや!
ある!
「ギョ、ギョウザーン・ウィーング!」
できる最速で翼を展開し、ギョウ・ザーンは真上に逃れた!
打ち下ろしの攻撃がなかったことが幸いした! チーターがいくら速くとも空は飛べない! そう思ったのに!
「その翼は、さっき見させてもらった」
「なにっ!?」
見下ろすと足首を掴まれていた!
すごい速さでギョウ・ザーンが飛び上がったところをチータ・ラーンはそれよりもさらにすごい速さでジャンプして足首を掴んだのだ!
「くっ! 落ちる!」
ギョウ・ザーンがうめく! 空を自在に飛び回ることのできる翼だが流石に二人分の体重を支えるだけの力はない!
ではなぜ飛び上がることはできたのか!? 地面を蹴ったからだ! わかるだろうそれぐらい!!
「ぐはぁ!!」
なすすべもなく地面に叩きつけられるギョウ・ザーン! 苦悶の声を上げるも心折れることなく立ち上がる!
「ふほうっ! ろこらっ! ――ハッ!」
敵の姿を再補足すべく周囲を見回しながら呼び掛けたその声が! 不自然にくぐもった!
いや! これは!
口の中に何かがある!
この味!
この触感!
乳と魚の風味と多少の塩気!
チーズたらだ!
「い、いつの間に!? ぐわああああーーっ!!」
咀嚼! 嚥下! 爆発四散!
最後のギョウ・ザーンも奮戦むなしくその場に散った!
「まいったな。うっかり殺してしまったじゃないか。認めざるを得んということかな。餃子の、料理としての“早さ”とやらを」
爆風を背中に浴びながらチータ・ラーンは語り掛けるようにつぶやく!
肩越しに爆心地を振り返り、さらに言う!
「だが所詮は人としてのスピード。チーターの、野生の獣の素早さには、まったく及ばなかったということだ」
つづく!
トゥビィコンティニュード!