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完食戦士! ギョウ・ザーン!  作者: 牛乳
正義のヒーロー! ギョウ・ザーン参上!
3/10

戦慄の飽食帝国!


          ◆



 そこは誰も知らない場所……

 薄暗くも広大な空間に、パイプオルガンの荘厳な音色が響いている……


「……フォアグ・ラーンがやられたそうデスネ」


 暗がりにわだかまる影のような存在が、口を開いた……

 甲高い声……

 人の言葉だが、シルエットを見ただけでわかる……人とはかけ離れた異形の姿だ……


「……なんだと?」


 応える形で別の影が問い返す……

 そのシルエットもまた異形……


「例の裏切り者の仕業らしいデス。イヤハヤ、まさか四天王の一角まで落とされるとは」

「……いや、聞こえん。なんて言った?」


 パイプオルガンの荘厳な音色が響いている……


「いえデスから、例の裏切り者にフォアグのヤツが……」

「え?」


 パイプオルガンの荘厳な音色が響いている……!


「デスから……」


 パイプオルガンの……! 荘厳な音がッ!


「え??」


 響いているッッッ!


「やかましいデスヨこのマカロニ野郎が! 今すぐ演奏を止めなサイ!」

「あ、はい」


 パイプオルガンの音色が――止んだ。

 空間に静寂が訪れ――は、しない。

 ぱくぱくもぐもぐむしゃむしゃもぐもぐという何者かの咀嚼音が静かに、しかし途切れることなく続いている。それほどの音量でもないので最初のシルエットもそちらは特に気にしない。


「まったく、BGMなんか必要ないデショウが」

「え、でも」

「やかましいと言ってイマス! せめて我々が話しているときは音を下げなサイ!」

「はぁーい……」


 叱責に不満げにうなずくのは、ぶっとく柔らかな筒状のマスクをかぶった異形の怪人だった。

 その名はマカロ・ニーン。ありとあらゆる管状のものを自在に操るという能力を持った恐るべき使い手である。出番はもうない。


「あと電気もつけなサイ。暗いんデスヨ」

「あ、おいやめろ」


 一人目の命令に、二人目の抗議は無視され明かりが灯される。


「ぎゃあ! まぶしいっ!」


 光に照らし出された空間は――なるほどパイプオルガンの荘厳な調べにふさわしい荘厳な様相であった。

 まず連想するのは王のおわす玉座の間だろう。そこに豪華な食堂が合わさったような、あるいは宇宙戦艦の艦橋を思わせる物々しさもある。


「うう、俺は光に弱いってのによぉ……」


 そこにいたのは真っ黒い塊のようなキノコのマスクをかぶった怪人と。


「知ったこっちゃありませんネ、アナタの都合など」


 チョウザメのマスクをかぶった怪人と。


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」


 周りを一切気にせず目の前の料理の数々を食らい続ける太った小男と。

 そんな彼の傍らに立ち給仕をするフグのマスクをかぶった怪人。以上の四人であった。最後のフグ怪人だけは身体つきからして女性だろう。

 あとマカロニ男もまだいるが彼のことは忘れていい。


「クソ、偉そうにしやがって軟骨魚類が……で? なんのハナシだって?」

「フン。フォアグのヤツが例の裏切り者にやられたという話デス」


 チョウザメの返答に黒キノコは眉をひそめた。こいつの眉ってどこだ。


「ああ? マジかよ。アイツ四天王の中じゃ二番目に強いだろうがよ」

「そうデスネ。ワタシには劣りマスガ、我らの一翼であることに違いはありマセン」

「ざけんな。お前より俺の方が強えぇ」

「キャッキャッキャッ、馬鹿なことをおっしゃる。なんデシたら今日こそ決着をつけてあげマショウか?」

「望むところだ!」


 チョウザメと黒キノコが睨み合い、一触即発と思われたそのとき。


「やめよ」


 それまで黙っていたフグマスクの女が口を開いた。


「陛下の御前である」


 ただその一言だけで、言い合っていた二人は静かになる。


「陛下は争いを好まれぬ。皆に食料が行き届き、植える者がいなくなれば自然と争いも消える……亡き先帝陛下が(のこ)された理想を否定するつもりか?」

「……滅相もナイ。こんなものはただのじゃれあいデスヨ」

「そうだぜぇ、姐さん。妙な言いがかりはよしてくれや」

「減らず口を……」


 フグ女は目を細めるが、チョウザメは無視して声を張り上げた。


「そんなことより! 今は例の裏切り者の件デス」


 そして席を立ちひざまずく。黒キノコもそれにならい、フグ女は給仕を続ける都合上立ったまま腰だけを折った。


 三人の視線の先には、豪奢なテーブルについて贅を尽くした料理の数々を食らい続けている小太りの小男。全員の視線を受けてようやく食べるのをやめると、グラスに注がれた水を一息に飲み干し、満足げに息を吐いた。その所作は見た目の印象に反して洗練されたものだった。

 ナプキンで口元をぬぐいつつ、小男――大帝は言う。


「餃子、か」


 見た目の印象以上に甲高い声だった。


「久しく食ろうておらぬな」


 それだけを言って、また食事を再開する。

 あまりにも短い言葉だった。しかしもう何も言う素振りはなく、他の者に目をくれもしない。

 それでも何かを汲み取ったのか、フグ女が残る二人へと口を開いた。


「聞いての通りだ。連れ戻せ」

「生け捕りってことかい?」

「問わぬ。どうせ煮るなり焼くなりするのだ。コアさえ原形をとどめていればいい」

「ではその役目――」


 チョウザメが立ち上がる。


「ぜひともこのワタシ、“塩”のキャビ・アーンにお任せくださいマセ。先ほどお見苦しいところをお見せした失態、挽回したく思いマス」

「おおっと待ちな」


 そこに黒キノコも立ち上がる。


「そういうことなら俺にもチャンスはあるはずだぜ。陛下! どうかこの“森”のトリュ・フーンにお命じを!」

「……」


 大帝は二怪人をちらりと見やり、横のフグ女に視線を流した。彼女はその意図を過不足なく汲み取る。


「わたくしには給仕という役目がございますれば」


 頭を下げたまま恭しく述べて、視線だけを主に向けた。


「もちろん陛下の御下命とあらば話は別にございます。むしろ望まれるメニューを提供することもまた給仕の役割にございましょう。どうぞこの、最強の珍味、“毒”のフグランソウノサンネンヅ・ケーンをお使いください」

「ふむ……」


 大帝は食事を続けたまま視線を斜めに飛ばす。

 しばしそのまま沈黙し、やがて前に向き直ると飲み込んで水を飲んで口を拭く一連の工程をはさんで、口を開こうとした。そこに五人目の声が割り込んだ。


「お待ちください」


 マカロニ男ではない。彼のことは忘れろと言ったはずだ。

 玉座の間に新たに踏み入ってきたその者は、チーターのマスクをかぶった異形の怪人だった。

 縦に長いテーブルの斜め前、大帝からも見える位置にひざまずき、(こうべ)を垂れた。


「無礼を承知で申し上げます。四天王の御三方には申し訳ありませんが、かの裏切り者粛清の任、フォアグめと同じ“ラーン”の名を持つこの私めにお預けいただきたく存じます」

「アナタは……」

「おいおいおい、なんだ手前(てめぇ)は。いきなり出てきやがって、なんのつもりだ」


 黒キノコが不愉快そうに言いながらそちらに歩み寄ろうとする。

 しかしチョウザメがそれを止めた。


「よしなサイ。陛下の御前だと言われたのをもうお忘れデスか」

「……うるせぇな。理由を聞いただけじゃねぇか。――おい、手前」


 肩越しに振り返り舌打ち交じりにそう言って、また前に向き直った時にはもうチーター男はそこにはいなかった。


「ああん? おい、どこ行きやがっ――」

「皆様のお怒りはごもっともです」

「うおっ!?」


 声は黒キノコの真後ろから聞こえた。彼は驚きその場を飛びのく。


「手前、いつの間に!」

「無駄デスヨ。そいつの俊足は帝国随一。ノロマなアナタでは捕まえられマセン」


 応えたのはチョウザメだった。


「なんだと!?」

「落ち着きなサイ。それ以外ではアナタが勝りマス。アナタの方が強いデスよ、そいつよりは、ネ」

「……チッ」


 大きく舌打ちを漏らし、黒キノコは元の位置に戻った。チョウザメは話を続ける。


「同様に、フォアグのヤツとも競り合い、負けた。ゆえに四天王にはなれなかったわけデスが……」

「ご存じいただけていたとは光栄です。そして――そう! 奴が後れを取った相手を討ち倒す! 奴と同じ“ラーン”の名を授けられし者として! その栄誉、たとえ四天王の方々が相手だとて譲るつもりはございません!」


 両手を上げて高らかに宣言するチーター男。その目をぎらつかせているのは、野心か執着か。

 四天王の三人が、気圧されるとはいかないまでも注目してしまう中、大帝だけは何ごともなかったかのように食事を続けている。やがてフグ女が振り返ってきたのに対して、目を合わせて小さくうなずいた。

 フグ女は背筋を伸ばす。


「お許しが出た! チーズたら怪人チータ・ラーンよ、見事逆賊を討ち取り、そのコアを大帝陛下に献上せよ!」

「はっ!」

「成功の暁には、“(はやて)”の称号を授け、四天王の末席に加えてやろう」

「はっ! 謹んで拝命いたします!」


 ひざまずいたままなお一層(こうべ)を垂れた――次の瞬間にはもう、チータラ男の姿はそこにはなかった。ただ一陣の風だけが吹き抜けていた。





「……よろしかったのデスか、陛下?」


 チョウザメが疑問を呈した。

 不満げな顔だ。マスクをかぶっているのに。黒キノコもそれに同調する。


「そうだぜぇ。今の野郎はフォアグのヤツに負けたんでしょうや。そんなヤツを仮にもアイツに勝った野郎のところに向かわせても意味があるとは思えやせんぜ」

「陛下の決定に異を唱えるなど……」


 フグ女が目を細めて言おうとしたところを、当の大帝が手を振って制した。

 少しの沈黙をはさんでから、言う。


「どちらでも構わぬ」


 ただそれだけを。

 チョウザメと黒キノコは首をかしげたが、フグ女だけは得心したように大きくうなずいた。


「なるほど。首尾よく勝てればそれでよし。よしんば負けたとしても、その際のデータが次に生かせる――そういうことですね? あの程度の珍味であるなら捨て石にちょうど良い、と」


 これに対し大帝は否定も肯定もせず、ただ黙々と食事を続けていた。

 別にそこまで考えてないだろこのデブ、とは誰も思わなかった。



          ◇



 飽食帝国は世界征服を目論(もくろ)む悪の秘密結社である!

 その目的は人類から飢餓と闘争を取り除くこと! 本来ならヒトの栄養足りえない無機物を料理に変える能力を備えた怪人を生み出す技術をもって彼らはそれを為そうとしている!

 一見すればそれは善なる行いに思えるかもしれない! しかしその手法は非人道的な洗脳と人体改造によるものであり、何より彼らはうんこだけは食べ物に変えることができない!


 大帝はたいていのものなら食べものに変えることができる! 大帝だけに!

 しかしうんこだけは例外なのだ!

 うんこが無機物か有機物かは意見の分かれるところであろうが、それ以前の問題として彼はうんこにだけは能力を使わない! 試そうとしたことすらない! 配下たちにもうんこの食物化だけは禁じている!

 なぜならうんこなんか食べたくないからだ!


 納得できる話ではある! しかしものを食べたら出るものが出るのは必然!

 ならば彼らを放置しておけば最終的に地球がうんこの惑星になってしまうこともまた必然! だから彼らを放置しておいてはいけないのだ!

 しかし普通の人間では、武術の経験者やプロの警備員などでも奴らには歯が立たない!

 実はすでに政府の中枢が乗っ取られているため警察や自衛隊も動けない!

 ゆえに! 怪人を倒せるのはヒーローだけなのだ!


 がんばれ僕らのギョウ・ザーン!

 ナコォゥを食らわせ仲間を増やし、帝国を滅ぼすその日まで!

 うんこの惑星より餃子の惑星の方がきっとまだましだから!



          ◇



 夕暮れに染まる瓦礫の町を幼い兄弟が手をつなぎ歩いている。


「ケイコ」

「なぁに、お兄ちゃん?」

「帰ったら、お父さんとお母さんもギョウ・ザーンにしてあげような」

「……」

「それで、四人でずっと餃子を食べて暮らそうな」

「……」

「な、ケイコ?」

「……うん。そうだね、お兄ちゃん」






 第一話! 正義のヒーロー! ギョウ・ザーン参上! 完!



 次回予告!

 増殖を続けるギョウ・ザーンの前に、俊足怪人チータ・ラーンが立ちふさがる!

 しかし立ちふさがっていてはせっかくの俊足が生かせない!

 どうするチータ・ラーン!?


 次回! 『新たな脅威! 中華料理はスピードが命!』 ご期待ください!

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