表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完食戦士! ギョウ・ザーン!  作者: 牛乳
正義のヒーロー! ギョウ・ザーン参上!
2/10

ヒーロー退場!


          ◇



 ところ変わって市内某所。

 二階建てアパートの二階の一室で、一人の青年が真っ昼間から餃子を作っていた。

 今はタネを仕込んでいるところだ。ハクサイやニラを刻み牛と豚の合い挽き肉と混ぜ合わせる。アパートは単身者向けのもので、実際に青年は一人暮らしのようだが、明らかに量が多い。軽く十人前はある。一人で消費するなら短くとも三日はかかるだろう。

 しかし青年はそんなことは気にも留めずに上機嫌に材料を混ぜ合わせている。


「フンフンフ~ン、タラッタタ~、ぎょうざ~ぎょうざ~ぎょうざっざ~、水ぎょうざ~に~焼きぎょうざ~に~蒸しぎょうざ~、大地の恵みより生まれ水と火と空気(蒸気)を制した餃子はこの世のすべてと言っても過言ではな~い~♪」


 皆さんすでにお気付きだろう。

 そう、この青年こそが、世界征服をもくろむ悪の組織『飽食帝国』から脱走した最初の餃子怪人からその意思と能力を受け継いでヒーローとなった者――完食戦士ギョウ・ザーンである!

 名を王谷(おうたに)将平(ショウヘイ)という!


「さぁってお味はどんなもんじゃろかい、っとね~」


 しかし無敵のギョウ・ザーンにも弱点は存在する!

 それは!

 餃子以外が食べられないということ!


「……ん~、もうちょっとショウガを足しても……うっ!?」


 その判定は意外なほどシビアだ!

 例えばオタマジャクシがカエルとは見なされないように! 組み立て前の家具にはものを収納できないように!

 皮に包まれる前のタネもまた決して餃子でとは認められないのだ! その気になればまだハンバーグあたりへ路線変更が可能であるがゆえに!

 つまり! 今将平が口にしたものは餃子ではない!

 ならばどうなるのか!

 その答えが――これだ!!


「う、うわああああああーーッ!!」


 ちゅどーーーーん!

 爆発! 四散!


 さらに散らばった破片もまたたく間にチリとなって跡形もなく消え去った!

 部屋に残されたのは作りかけの餃子十人前だけとなる!


 なんということだ! 正義のヒーロー、ギョウ・ザーンが死んでしまった!

 しかし悲しむことはないぞ子どもたち! 場面を元に戻そう!



          ◇



「完! 食!」


 再びの市街地!

 爆散するフォアグラ怪人を背景にギョウ・ザーンがポーズを決めている! しかしおかしなところが一つ!

 チリとなって消え失せるところは同じだが! 飛び散る破片の量が将平のものに比べて明らかに少ない! フォアグ・ラーンは体重にして彼の倍はあろうかという巨体だったにもかかわらずだ!

 やがて煙が晴れると爆心地に何かが横たわっているのが見えた! 人だ!

 それなりにたくましい身体つきの青年が怪人の立っていた場所に倒れている!


「う、うう……いったい何が――これは!? 元の姿に戻っているだと!?」


 うめきつつ上体を起こした青年が驚愕する!

 どうやら彼がフォアグラ怪人でありさらに元々は人間だったらしい!


「気が付いたか」

「ギョウ・ザーン! これはお前がやったのか?」

「人間に戻ったわけではない。しかしもはやお前はフォアグラ怪人でもない。今のお前は、俺と同じ、ギョウ・ザーンだ!」

「な、なにぃー!?」


 元怪人の青年が叫ぶ! しかしそこに敵意や嫌悪はない!


「変身できるはずだ。やってみろ」

「ヘンシン? ……いや、わかるぞ、どうすればいいのかが! こうだな、変身!」


 立ち上がってポーズをとる元怪人!

 するとその体がまばゆい光に包まれ! 0.1秒後には全人赤タイツのヒーローに変わっていた!


「おめでとう。これで今日から君も同志だ」

「ああ! よろしくな、同志!」


 二人になったギョウ・ザーンが互いに固い握手を交わす!

 なるほど! 飽食帝国の怪人は料理で相手を仲間にできる! もとはと言えば同じ出自を持つらしいギョウ・ザーンにも同じことができて不思議ではない!


「お、おじさん」


 ここで隠れていたお兄ちゃんが戻ってきた!


「ギョウ・ザーンだ」

「……ギョウ・ザーンさん」


 お兄ちゃんが戻ってきた! ギョウ・ザーンは振り返ってうなずく!


「うむ。見ての通りだ、少年。戦闘員同様怪人も元の人間に戻すことはできない。だが、さらに別のものに変えることならできる」


 発想の転換! 正にコペルニクス的転換である!


「じゃあケイコも、おじさ――ギョウ・ザーンに?」

「ああ。さっそく取り掛かろう」

「待ってよおじさん!」

「ギョウ・ザーンだ」

「ギョウ・ザーンさん!」


 しかしお兄ちゃんは止めようとする! 助けるためとはいえ幼女である妹が全身赤タイツの細マッチョに変えられてしまうとなれば戸惑いもしよう! 無理もない!


「悪いが――君の許しを待ってはいられない。帝国の尖兵となってしまった者をそのままにしておくわけにはいかないんだ。他に方法は――ない」

「そんな……!」

「すまない、少年。俺がトリュフなんかを食べさせてしまったばっかりに」


 もう一人のギョウ・ザーンが頭を下げる!


「え……あ、うん……」


 確かに言う通りなのだが! 姿はまったく同じだし喋り方も変わってしまっているのでお兄ちゃんも怒りを向けづらそうだ!

 あとトリュフと言ったがたぶんフォアグラの間違いだ! そのあたりの思い入れも完全に失せているということだろう!


「では始めるぞ。ギョウザーン・ボイリング・ナコォゥ!」

「あ、ちょ」


 そうこうしている間にギョウ・ザーンは黒タイツの一人に(コブシ)を食らわせていた。今度は水餃子だ!

 黒タイツは光に包まれたが爆発はすることなく元の姿に戻った! どうやら爆発は余分な体積を削ぎ落とすためのもののようだ!

 しかし! そうであるなら!


「え、だれ?」


 それは幼女とは似ても似つかない小太りの中年男性だった!


「ふむ、他の犠牲者のようだな」

「ああ、三日前に食わせたやつだ。三回もおかわりした図々しいやつだったから覚えてる」


 二人のギョウ・ザーンがそれぞれに言う! お兄ちゃんはびっくりした!


「じゃあ、もしかしてこれ全員!?」

「そうだな。まぁ――最初から全員に食らわせるつもりだった。問題ない」

「俺も手伝おう」

「頼む」

「あの、でも、それって手んだよね? 大丈夫なの?」


 いちいち細かい少年である!


「心配してくれるのか。ありがとう、少年――」


 心優しい少年である!


「でも大丈夫だ。今二回食らわせたが元に戻っているだろう?」


 握りしめた(コブシ)を見せつけながらギョウ・ザーンは力強くうなずく! お兄ちゃんは納得した。

 だが新しい方のギョウ・ザーンも疑問を口にする!


「とはいえ無限というわけじゃああるまい。上限はあるはずだ」

「ああ、一日百万回だ」

「えっ」

「えっ」


 百万回!?


「餃子は一日百万個だ。常識だろう」


 なるほど! 確かに!


「驚いたな。しかしそれなら上限は気にしなくてよさそうでありがたい。それではさっそく取り掛かろう」

「おう」

「えぇ……」


 そうして二人のギョウ・ザーンは手分けして残る十九人に餃子を食らわせた! 年齢も職業もバラバラな男女が喜び合う中! 幼い兄弟も喜び合う!


「お兄ちゃん! 怖かったよぉ!」

「ケイコ! よかっ……よかった、か? まぁあのままよりは……」


 麗しい光景! そこに水を差すのは申し訳ないという思いもあったことだろう! しかしギョウ・ザーンには言わなければならない言葉があった!


「みんな! 聞いてくれ!」


 元フォアグラ怪人も合わせて総勢二十二人が振り返る!


「君たちは――怪人の手によって飽食帝国の尖兵にされてしまっていた。これを元の人間に戻す手段はないため、やむを得ず俺の手で俺と同じ存在、すなわちギョウ・ザーンへとさらに変えた。つまり今の君たちは――怪人だ!」


 ざわっ! 戸惑いの空気が広がる!


「パンチでコンクリートを砕き時速百キロで走ることができる!」


 ざわっ! しかし口を挟もうとする者はいない!


「あ、それと餃子以外を食べたら死ぬ」

「「「「えっ」」」」

「爆発して死ぬ」

「「「「……」」」」


 口を挟もうとする者はいない! ギョウ・ザーンは話を続ける!


「やつらの洗脳を解くためにも止むを得なかったとはいえ、俺は君たちに断りなくこれを行った。このことをまず謝罪させてほしい」


 そう言って頭を下げるギョウ・ザーン! 両手をももに当てて腰の角度は三十度! とてもきれいなお辞儀だ!

さらにもう一人のギョウ・ザーンも腰を折る!


「そもそも皆さんをあんなふうにしてしまったのは、元フォアグラ怪人であるこの俺だ。帝国に服従させられてのこととはいえ、本当に申し訳ないことをした。すまない!」


 人々は互いに顔を見合わせあい! うなずき合うと! 代表する形で最初に元に戻された小太りのおじさんが前に出た。


「謝らないでください、ギョウ・ザーンさん。いやギョウ・ザーン一号。あなたは我々を救ってくれたんだ」

「そうだそうだ。あのまま怪人の手下なんてやってるよりはよっぽどましだぜ」

「そうよ。それに私、餃子好きだし」

「俺も」

「ワイも」

「君たち……」

「それに、元怪人さん。あなたも今や我々の仲間だ。過ぎたことは水に流そう」

「フォアグラ、美味しかったしな」

「それは俺も思った」

「ぼくも」

「皆さん……」


 彼らの心は一つだった!

 あたかも豚肉や牛肉やハクサイやニラやショウガやニンニクその他といったバラバラの食材たちが皮という絆で包まれて一つの餃子になるように! 皆が等しく笑顔だった!

 ギョウ・ザーンの胸に熱いものがこみ上げる!


「だが一つだけ訂正させてくれ。俺は一号ではないんだ。初代から数えて十八番目のギョウ・ザーンになる」

「なんと」

「そうだったのか」

「ってことは、あんたも」

「ああ、そこの元フォアグラ怪人と同じだ。かつての俺は、ナマコの内臓怪人コノワ・ターンだった」

「そうだったのか……」

「でも今は同志だな! 餃子バンザイ!」

「バンザーイ!」

「バンザーイ!」


 みんなで喝采を上げる!

 ただしお兄ちゃんだけは青い顔をしている! どうしてだろう! ほら笑って笑って!


「ちょっと待ってよ! 餃子以外を食べたら死ぬって、そんなのあんまりだよ!」


 笑う代わりにお兄ちゃんは叫んだ!

 同志たちは顔を見合わせる!


「確かに、毎日だと飽きるか」

「でも餃子だぞ?」

「焼きに(すい)に蒸しに揚げ、バリエーションは十分あるわ」

「店によって味も違うしな」

「中の具材も自分で調整できるだろうし」

「つけダレもいろいろあるし」

「基本の酢じょうゆ&ラー油」

「ポン酢もいいぞ」

「青じそドレッシングとか」

「梅じそもいけるぞ」

「逆に焼き肉のタレとか」

「いいね」

「俺マヨネーズ派」

「「「「それはない」」」」

「なんだと貴様らぁーー!」


 やいのやいのと言いあいながらも彼らに動揺の色はない!


「でもビールを飲めないのはつらいな……」

「それは大丈夫だ。飲み物は――例外だ。好きなものを飲むといい」

「そうなのか! だったら本当に何の問題もないな!」


 動揺の色はない!

 お兄ちゃんは焦った!


「け、ケイコ。ケイコはイヤだよな? 餃子しか食べられないなんてイヤだよな?」

「ワタシ ギョウザ スキ」

「ケイコぉーーーー!?」


 大丈夫だお兄ちゃん! 餃子は肉と野菜と炭水化物を同時に摂取できる完全栄養食だ! 青少年の健全な育成を阻害することはない! ギョウ・ザーンの肩書きである完食戦士というのもここからきているに違いない!

 だというのにどうして歯を食いしばっているんだお兄ちゃん!?


「くっ……こうなったら……ギョウ・ザーンさん!」

「む? 何かね少年」

「僕のこともギョウ・ザーンにしてください! その餃子を食べさせてください!」

「なにっ!?」


 ざわっ!

 同志たちに動揺が広がる!


「おいおい少年、何を言い出すんだ」

「そうだぞ少年。早まっちゃいけない」

「君みたいな小さな少年がこんな業を背負うことはない」

「そうだよお兄ちゃん。お兄ちゃん、ハンバーグもカレーも大好きなのに、食べられなくなっちゃうんだよ」


 そして口々に止めようとする! するとお兄ちゃんは我が意を得たりと叫んだ!


「ほら! みんな止めようとする! やっぱり良くないことなんだ!」

「「「「うっ」」」」


 うっ!

 同志たちが言葉に詰まり! ギョウ・ザーンの一人も小さくうなる!

 そんな中! もう一人のギョウ・ザーンがしゃがんでお兄ちゃんと目の高さを合わせて優しく肩を叩いた!


「少年」

「でも元には戻せないんでしょう! だったら僕も同じになるしかないじゃないか!」

「少年」


 肩を叩いた!


「ねえ、いいでしょう!? 僕もギョウ・ザーンにしてよ!」

「…………少年、名前は?」

「え? あ、マナブ。北川マナブ」


 そして力強くうなずく!


「良い名だ。ではマナブ――本当にいいんだな?」

「うん。うちは四人家族なんだ。なのにケイコだけが餃子しか食べられないなんて絶対ダメだよ」

「そうか――」


 その言葉にギョウ・ザーンは一度空を仰いだ!


「俺がギョウ・ザーンになったのは、いわば成り行きで、ある意味仕方なくだった。だが――マナブ」


 それからまたお兄ちゃんと目を合わせる! バイザー越しだが合わせる!


「君は自らの意思で、その道を選ぶというのだな?」

「うん!」


 お兄ちゃん――否!

 マナブは力強くうなずいた! その瞳に迷いはない! 覚悟を決めた(オトコ)の目だった!


「――わかった、マナブ。もう何も聞かない」


 ギョウ・ザーンもうなずき返す! 他の面々も静かに見守っている!


「きっとギョウ・ザーン二号も君のような(オトコ)だったのだろうな……」

「二号って?」

「最初の餃子怪人から選ばれた(オトコ)だ。いつか会う機会もあるだろう」


 否!

 ギョウ・ザーン二号こと王谷将平はすでに死んでいるためマナブが出会うことはない!


「それでは始めよう。リクエストはあるか?」

「リクエスト?」

「餃子の種類だ」

「ああ、じゃあ……揚げ餃子で」

「わかった。では――食らえ! ギョウザーン・フライド・ナコォゥ!」

「おいしいーーーーッ!!」


 そうしてここにまた新たなヒーローが誕生した!

 彼らの名はギョウ・ザーン! 世界征服をもくろむ悪の組織『飽食帝国』に立ち向かう戦士たちである!

 その()く道には幾多の困難が待ち受けていることだろう! しかし彼らが(くじ)けることはきっとない! その胸に餃子への熱い情熱がある限り!






つづく!

トゥビィコンティニュード!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ